0-4

「ぼくたちは人という存在を理解するために、寿命の売買を行っている」


と、少年は言った。


「まるで人間じゃないみたいな言い方だな。人の寿命を売買できるくらいだから、神か死神か、そんなところか」


しかし、彼らは答えない。


「人はなぜ、生まれてきた理由や生きている理由に悩む? 君たちが生まれてきたことは、君たちの両親の、人の種としての本能にすぎない。君が生きていることもまたしかりだ」


「猿のままだったら、そうだったんだろうな。火を使うことを覚え、道具を作ることを覚え、コミュニティを作り、物々交換から金銭でのやりとりに変わった。

気づけばこんな社会が出来上がっていた

人は中途半端に頭がよくなりすぎたんだ。だから、生まれてきたことや生きることに意味を必要とし、その答えを自らだせるものもいれば、だせないものもいる。

答えなどどこにも存在しないのに、自己解決したり、悩み続けたり」


「くだらない生き物だ」


「俺もそう思う。

答えが存在しない……つまり俺が生まれてきたことにも生きていることにも、種の保存以外に意味はない。

俺が今死んだところで、人が滅びることはない」


「だけど、君は悩み続けている」


「もっとうまく生きたかった。

もっと早く、こうなる前になんとかするべきだった。

ここから這い上がることはもう不可能だ」


「そうか……

君のおかげで、少しだけ理解が深まった。

君にやり直すチャンスを与えたなら、ぼくは君という人間から、さらに人を理解することができるというわけか」


「やり直す?」


「君が戻りたい時間の肉体に、君の今の自我と君のもつ記憶や経験を持った状態でやり直しの機会を与える。

そうすれば、うまく生きられるのだろう?」



ゆっくりと、だが、確実に、青年の意識は失われていき、


そして、青年は目を覚ました。



ここは……


青年は、自分の着ている服や、頭にかぶっているもの、そして乗り物を確認する。


ガクランに、自転車、ヘルメット……


中学の頃か?


自転車に貼られた持ち主の名前は、確かに彼のもので、橋本洋文とあった。





それから、25年の時が過ぎた。


青年は、自殺をはかろうと靴を揃え、遺書を起き、フェンスを登ろうと足をかけ……


そして、そんな青年を、車イスに乗ったブレザーの少年と、夏服の白いセーラーの下に、スク水とニーハイの少女が、青年を見つめていた。


フェンスを乗り越えた青年は、下を見て目眩をおこし、フェンスにもたれかかる。


「待ってたよ、比良坂ヨモツ」


「なぜ君がまた、ここにいる?」


「なんでだろうな……うまくやれると思ったんだけど……やり直したらうまくいく、そんな簡単な問題じゃなかったみたいだ。前の俺と、違う選択をするたびに新しい問題が山ほどでてきて、押し潰された……そんなところかな。

ただ、今回はちゃんと前の倍の高さのビルにしたよ。

アプリももう、売買契約を成立させといた。

金は親と、前のときと同じ子に渡してくれ」




それじゃあな。



少年と少女の視界から、青年の姿が消えた。



そして、命が壊れる鈍い音がした。




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遺作 ―残された1年の寿命で、ぼくには一体何ができるか― 雨野 美哉(あめの みかな) @amenomikana

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