深更

明日波ヴェールヌイ

なさそう で ある 日常

実家より少し狭いリビングで私はテレビを見ながら寛ぎ、彼を待つ。外は未だに暑いがクーラーの効いた部屋はひんやりとしていて十数分前に浴室から出て、火照った体を心地よく冷やしてくれている。すると廊下から足音が近づいてきた。

「あー良いお湯でした」

スライド式のドアを開け、私よりも大分短くて黒い髪の毛を拭きながらソラ、私の同居人は入ってきた。ハンドタオルを首にかけ、私の横に座ろうとする。

「早かったね。ドア、早く閉めてよ」

少し切れ気味にそういうと彼はキョトンとして、

「なんでです?」

と聞いてきた。彼はやっぱり少し鈍感。そんな彼にこの過ごしやすい環境を守るよう言う。

「クーラーかけてる」

すると、彼はようやく気づいたのかゆっくり立ち上がり、

「あーそうか。ごめん」

と、ドアを閉めに行く。立ち上がった際にふわっと香ったシャンプーの匂い。男ものだから私が使うのとは少し違う匂いがする。薬用のやつなのでよく分からない。そんな匂いを嗅ぐと少し落ち着くような気がする。

彼が閉めるのを見る。その動作一つ一つを意識してしまう。なんだろう一緒に住み始めてそこまで時間は経っていないせいか、今でも彼と一緒だとドキドキしてしまう。でも、それを彼に悟られたくないので少し強めに当たってしまう。それでも愛してくれる彼が心から好き。

「なんかさ、耳に水が入ったみたい。ボワンボワンする」

彼が耳をしきりに気にしながら言う。耳に指を入れたり出したりして、なんとか水を書き出そうとしているのだ。それでも私にどうこうできるわけでもなく

「えー、私にはどうしようもないんだけど」

と、しか言えない。

「滅茶気持ち悪いんです」

明らかに不快そうな顔をしながら、首を振ったり、諦めずに耳をいじっている。ふと、いつもやる行動を彼に提案する。

「入った方の耳、下にして跳んだら?」

「あー……あれですか」

そう言いながら、ドンッ!ドンッ!とアパートなのに響くくらいの音をたてながらジャンプをする。

「もうちょっと静かに跳んで、下から苦情くる。」

流石に追い出されては堪ったものじゃない。そう注意したら、彼が跳ぶのをやめた。

「あ、なんか元に戻った。あ、ちょっと待ってて」

そう言って彼は頭を拭きながらリビングを後にした。彼が居なくなると少しの呼吸音とテレビの音しか聞こえなくなる。かまってちゃんと言われかねないが、やっぱり好きな人には構って欲しいもの。だから、彼が部屋から出ていくと少し不安になったりもする。そんな中彼が帰ってきて私の横にあぐらをかいた。

「ねぇ……」

「何?」

「膝枕で耳掻きして」

そう言うと彼はびっくりしたような表情をした。唐突に彼女から膝枕をねだられるとは思わないはずだから、普通といえば普通の反応かもしれない

「えっ…どうしてです?」

膝枕して欲しいってことに理由はないと思う。

「なんとなく」

これが多分正答解。

「僕がして欲しいぐらいなんですが……」

そういえば前、彼に膝枕してあげたときに気持ちいいって言ってくれた。私だってその気持ちよさを味わってみたい。

「ぐちぐち言わない!」

「カスミが自分ですればいいんじゃ?」

やる気がない声で彼はそう言う。だから私も味わいたいの!察して欲しかった。

「こんな可愛い彼女の頼みを断るんですかー?」

「自分で言います?」

「じゃあ可愛くないの?」

「可愛いです。」

彼は鈍感だが押しに弱くて素直だ。そんなところも大好き。

「じゃあ、早く」

「はいはい……」

そう言いながら立ち上がって耳掻きを本棚に置かれた缶の入れ物から取り出し、彼は正座に座り直す。そうしてぽんぽん、と太腿を叩き私の頭を向かいいれる準備が整ったことを教えてくれた。

「ほら、開いたよ」

「ん、では」

彼の太腿に頭を乗せる。なるほど、確かに程よい固さとちょうどいい高さがある。

「右から?」

「うん」

彼は私の耳に触れる。彼に耳を触れられるのは前一緒に寝た時以来で、久々だった。

カリッカリッ……っと耳の中を擦る音がする。その音をぼうっと聞きながらテレビをなんとなく見ていた。確かにこれは気持ちがいい。ソラが気持ちがいいって言う理由がわかった。

「今日なんかありました?」

彼は梵天の方で私の耳をふさふさと擦りながら聞いてきた。

「なんで?」

「なんとなく」

私は一つ息を吐く。彼は耳かきの手を止めることもなく黙って待ってくれている。

「良いこともやなこともあった」

「例えば?」

「ナンパされた」

「それってどっち?良い方、悪い方?」

困惑した声で彼が聞く。

「悪い方」

ナンパは人によっては悪くないかもしれない。それでも、私にとっては嫌なことだった。

「なんでナンパされるの悪いん?」

「誠実さがないし」

「僕の記憶が正しければ、僕はナンパで君と付き合い始めたはずでしたけど」

「あの時ソラ、ガチガチだったけどね」

「よく覚えてるね……」

しばらく前の思い出。私たちはもともと同じ高校で、大学も一緒になった。彼は高校から私のことが好きだったらしいが、あまり話す仲でもなかった。大学でナンパのような形で話しかけられそこから発展して付き合っている。その時彼はガチガチに緊張していて少し面白かったのを思い出した。

「こう言う人は浮気しないから。多分」

「なんです?その理論。はい、反対向いてください」

彼は手を止め、私が体勢を逆にして彼の左側に来るのを待っていた。

「ん……」

私は生返事をして、ゴロンと彼に向き合うように体勢を変える。

「ちょ、そっちは……」

彼は少し緊張した声を出す。何故か私はわかっている。

「早く」

拒否権はないぞ。と言わんばかりに催促。彼は諦めたように

「はぁ……」

と、ため息をつくと私の左耳をカリカリと掃除し始めた。

「良いことはね」

「うん」

「こうやって膝枕で耳掻きしてくれてること」

こんな日常が私は好き。もっと居たいし、触れ合いたい。話していたい。

「まぁ、喜んでくれるなら僕は良いですけどね」

そう言いながら彼は少しずつ少しずつ私を綺麗にしてくれる。

「あのさー」

私はあえて顔を少し埋めながら話を振る。

「何?」

「おっきくなってる」

彼はほんとに正直。彼の心がわかってしまう。今は顔が真っ赤だと思う。

「……っ!?」

「変態……」

そうやって彼をいじめる。反応が可愛くてついついやってしまう。

「そう言われましても……」

「?」

彼が濁しながらそう言う。そして少し手を止め私の顔を見ながら

「息が滅茶かかる……し……」

と言う。私はこの「し」が知りたいと思った。息で興奮してるのはわかるけど、それ以外に何かあるのだろうか。

「し??」

「滅茶可愛いから」

言わせたい、彼に私が可愛いと言って欲しい。

「誰が?」

そう聞いてみたけど、彼は、

「それは自分で考えてください」

と、答えてくれない。

「えー……だーれーがー?」

ちょっと強めに聞く。少し顔を押し付け彼の足の付け根をグリグリすると、彼のあれはさらに大きくなる。

「ああもう!言いますから動かないでください。危ないですから」

そう言って彼は照れ隠しをする。そして、私の耳を梵天で擦り出す。

「ん……で、誰が?」

もう一回聞くと、正直に

「カスミがですよ……」

と、言ってくれた。好き。ほんと好き。

「やっぱり?んふふ……」

嬉しくてニヤニヤしてしまう。ニヤニヤする私と顔を赤くしながら黙って耳掻きしてる彼。平和。

「はい、終わりましたよ。」

「ありがと。」

そう言って私が頭をのけると、彼は立ち上がり背伸びを一つ。そして思い出したように、

「あ、今日買ったケーキ食べましょう、ケーキ。」

と言って冷蔵庫に。ケーキ屋でもらえる小箱を持ってきた。中にはイチゴが乗った三角のショートケーキと長四角でチョコのケーキが入っている。

「おけー……これどっちがどっちの?」

「苺のショートがカスミので、チョコが僕のです。フォーク小さいので良いです?」

そう言いながら食器棚をゴソゴソしだす彼。それを横目に見て、ケーキ屋でもらえる透明なフォークが光を少し反射しているのを私は見つけた。

「ん……私このついてるプラスチックのでいい。」

「まぁ、結構溜まってますから使いましょうか。」


****


「あむっ……」

フォークで小さく切ったケーキを口に含む。柔らかなクリームが口の中も心も甘くしていく。

「んま……!」

思わず声が出てしまう。久々にこの店のケーキを食べた。

「カスミ、一口」

彼がこっちをじっと見ている。ケーキを少し切り分けフォークで刺し、彼の口元に運ぶ

「あーん」

彼が目を閉じ口を開ける。こんな姿を見れるのは私だけ。その優越感みたいなものが私を意地悪にする。

スッ……っと彼の口の近くからケーキを私の口元に運び見せつけるように食べる。

「あむっ!」

「なっ……!!」

彼が驚いてこちらを凝視する。

「んふふふふふ……」

そんな彼を横目に私はフォークの先を唇につけた状態で笑う。

「この……」

彼がすり寄ってくる。その整った顔に逆光で影が落ちる。

「んん〜〜!」

頬に手を当てわざとらしく。そうやって揶揄うと彼は諦めたように

「くれないなら意地悪しないで欲しいですね……」

と、天井を見上げた。

「おいひい」

「まぁいいですよ……カスミが喜んでくれるならそれで何より」

そうやって、食べ終わった自らのお皿を片付けるためと立とうとする。

「拗ねないでよー……ほら、あーん」

彼にもう一回切り分けたケーキを差し出す。彼は再び腰を下ろし、ゆっくりと口に入れた。

「あむ……確かに美味しい!」

ケーキは口だけでなく心までも甘くしていく力がある。私はそう感じる。だってこの後……


****


ピーピッピピピーピ!ドワンコが午前0時ぐらいをお知らせします

動画を見ていると急に画面が止まった

「あ゛ーー!良いところなのに!」

そうやって叫ぶと、片付けをしていた彼が後ろに来た。

「そろそろ、寝ません?もう僕は眠くて……」

目をパチパチしながら彼は言う。

「あと少しでこの動画終わるから!」

動画のタイムバーはあと少し、一緒にベットに行きた私は彼の裾を引っ張り行かないようにする。すると彼は優しく微笑んで私の左横に座る。私の画面を覗きながら私から右耳のイヤホンを外し彼の耳へと挿入する。

「カスミその音楽動画好きですよね」

目を閉じうつらうつらしながら彼は言う。心地のよい音が私たちを包み込む。

「耳の保養にいいの」

「確かに聞いてて楽しいですけどね」

そうして少しの静寂。二人で寄り添い、耳と耳の距離はちょっとずつ近づいていく。そうこうしていると、動画は終わりサムネのみとなった。

「ん……これで終わり……」

ホームボタンを押し、電源を切ると

「ふああぁぁ……」

横で大きなあくびが聞こえる。

「ソラぁー」

「んー……」

「ソラー?」

「んーー??」

名前と生返事のやり取り。よっぽど眠いのか、魂ここにあらずって感じ。

「起きてる?」

「起きてますよ」

「何?眠いの?」

「まぁ……動画も終わりましたし……」

そう言って彼は立ち上がる

「眠さ限界……ベッドいきましょう?」

彼はよろよろと部屋を後にする。その後ろをついていく。もう夜だけど私の目は徐々に冴えていった。


****


「ソラぁー?」

二人で一つの部屋の同じベッドの中。彼の暖かさを感じる。彼の方を向くと彼の寝顔がすぐ近くにあった

「すーすー……」

寝息が顔にかかる。

「寝たんだ……」

ふと、彼の頬を摘んでみる。私より少し硬いかもしれない皮膚と柔らかい頬が愛おしい。私は撫でたり突いたりする。

「ほっぺた柔らかいなー……ん……」

少し下に移動して彼の胸に顔を埋める。分厚くて男って感じの体。左て手を彼の体の下にねじ込んで右手は上から、彼を抱きしめる

「んふふ……あった……かい……」

彼の温もりを全身で感じると頭の上から声が聞こえる

「カスミ?」

彼の目は開かれ、私を見つめている。息をするペースが早くて荒いのを感じる。

「ん……起きとった?」

「うとうとしてたんですけどね。」

そんな彼の腕が私を優しく包み込む。

「じゃあもっと!」

私は少し強めに、ぎゅぅぅぅっ!っと抱きしめる。

「カスミ……ちょっ…苦しい……」

そんな顔見せられたら。私。

「ねえ……」

「ん〜?」

「まだ起きていられる?」


****


朝日がカーテンの隙間から漏れる。それが僕の顔を照らす。外の太陽はもう高くなっていた。

「ん……?朝か……カスミ、起き……??」

体を起こそうとすると、彼女の華奢でじっとりと湿った腕が僕が起き上がるのを止める。

「そ……らぁ……ん……」

乱れた髪を顔に張り付かせ、寝言を発する彼女。普段は触れないところの肌と肌が擦れる。愛おしくて仕方ないカスミ。

「抱きついて寝たんですね……」

そう言いながら頬をぷにっ…っと突く。僕と違って柔らかくて綺麗な肌、そして頬。

「やっぱり柔らかいですね……じゃあ、僕ももう一寝入りして……」

そうして彼女を抱きしめる。じんわりと彼女の温もりが伝わり、心も体の感覚も溶かしていく。

「ふふっ……暖かいですね……」

そうして明るい中、僕はもう一度まぶたを閉じ闇の世界へと落ちていった。

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深更 明日波ヴェールヌイ @Asuha-Berutork

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