救うための決意

 神囿が魔物を従え進軍を始めたちょうどその頃、取り返しのつかない出来事が起こっているなど露程も思っていないその他勇者たちは、自分たちの今後について話し合っていた。

 最初に口を開いたのは常盤だ。


「えっと、まずは今後どうするかの計画を立てよう。俺を助けてくれたことからもわかるとは思うけど、魔王ことアミスは敵じゃない。できればアミスを倒すってのは無しにしてもらいたいんだが」


 常盤の言葉に、一瞬の静寂が訪れる。特に何か言葉を交わすわけでもなく、皆は顔を見合わせていた。

 皆それぞれ思うところはあるが誰から言い出せばいいのかという微妙な空気。それを打ち破ったのは相良だった。


「おい勇正。その魔王が話に聞いてたような悪人じゃねぇってのはわかった。だがよ、そいつを倒さないんならどうやっておれたちは元の世界に帰るんだ? 王女の話だと、その魔王を倒さないと帰れねぇんだろ? 今ではその話も疑わしいがな」


 相良を始め、勇者達の中で王女に対する信用はもうすでにない。そのため魔王を倒せば帰れるという話にしてもその信憑性は瓦解し始めていた。しかし、そもそもどうやって呼び出されたのかもわかっていない彼らにとって、帰る方法が魔王を倒すことしか思いつかないのもまた事実であった。


「それは……確かにそうだ。だけど考えて欲しい。魔王を倒したからってなんで元の世界に帰れるんだ? 扉でも開くのか? 俺は違うと思う。なぜならそんなのは魔人の体に直接細工がなされてないと発動しないからだ。敵が呼び出した勇者を帰す扉、そんなものをわざわざ生み出すとは到底思えない」


 相良は常盤の話を黙って聞き、そしてそれが終わると目を閉じゆっくりとため息を吐いた。


「まぁ、確かにそうだな。だがだとすればそどうする? 帰る方法が失われた現状で、おれたちはこれから何をする? 諦めてここで骨を埋めるか? 悪いがおれは帰らななきゃならんのでな、そのつもりはないぞ」

「それはもちろんそうさ、俺だって帰るつもりだよ。だけど現状何をするべきか……」


 2人が頭を悩ませていると、神囿との対話の苛立ちを未だ残している濱崎が手を挙げた。


「あんさぁ、帰る方法わかんなくてどうしようてんならヴィクタさん助けに行こうよ。うちらのせいで捕まってんだし」


 この濱崎の意見に霞も同調の意思を示す。


「うんうん! もちろん助けよう! 帰る手段が見つかっててもそうするつもりだったけど。ねっ、勇正くん!」

「うん、それはもちろんだよ。ヴィクタさんには色々とお世話になって、俺を殺すっていうやりたくなかったであろう仕事をやらされそうになった。助けて安全を確保する、これは絶対にやろう。これに対して反対は?」


 常盤は周囲を見渡し、皆の様子を伺う。全員常盤の目をしっかりと捉え、肯定の意思を示した。その様子に常盤は安堵の表情を浮かべ、頭を頷かせた。そして話を次に進めようとした時、小さな幼子の声が小さな手とともにあげられた。


「はいっ! アミスお兄ちゃんが言いたいことあるって!」

「なっ、ルシェ! 別に言わなくて……はぁ」


 アミスは頭を軽く掻きながらため息をついた。どうやら意見をするつもりはなかったようだが、言いたいことがあるというルシェの告発により全員の視線が集まり、言わねば逃げられない状況が誕生する。


「アミス、何言われてもとりあえず聞くからさ、言ってくれないか?」

「常盤……わかった。ただし途中で口を挟むなよ」


 アミスの事前告知に皆は首を縦に振り、話を促した。


「では、はっきり言うが今のお前達があの赤髪の騎士を助けに行ったところで返り討ちに遭うのは目に見えている。そのボロボロの様子を見るに、実際敵わなかったんだろ?」

「あ、あぁ」


 全員で向かったわけではないとはいえ、戦闘面で優れているもの達が束になっても敵わなかったのは事実であり、その事実が彼らの表情を曇らせ、顔を俯かせた。


「んじゃあ魔王よぉ、おれらはどうすりゃいい? 黙って指咥えてろってのか?」

「そうは言ってない。ただ現状は無理だと言っているだけだ。お前達は全員ユニーク魔法を使えるみたいだからな。しかもなかなか良い魔法だ。そいつを使いこなせれば強力な武器になる」


 その言葉を言い放った直後、常盤以外の勇者達は口と目を開かせたまま硬直してしまう。


「アミスお兄ちゃん、なんかみんなぼーっとしてるよ」

「見たらわかる」


 そんな呆然とした空気を、真鍋が小さく声を漏らす形で破った。


「見たところ……なかなか良い魔法……それってさ、おれらのユニーク魔法何かわかるってことか?」

「あぁ、これはオレのユニーク魔法の1つでな。対象の名前や属性、ユニーク魔法を見ることができる。なんだったら今言ってやろうか?」


 自身のユニーク魔法を見ることができる。その言葉に再び動揺が走る彼らだが、今度は淺岡の呟きであっさりと終焉する。


「そういやもうすでに発現してるやつっていんの?」

「何人かいるな。まずはそこの金髪、そしてオレが発現の仕方を教えた常盤、それとオレを呼びに来たそこの女子だ」



「へぇ、霞がユニーク魔法……えぇ〜!!」


 そう言って霞を指さすアミス。そんなことは聞いていなかった他の勇者は驚きの声をあげ、無我夢中で発現させていた霞も、自身を指さしながら困惑していた。


「あ、あたしユニーク魔法なんか使えるの?」

「なんだ、気づいてなかったのか? 治癒サーナと言うどんな傷でも癒すことのできる魔法だ。ただし、体力や血液などが戻ることはないがな」

「へ、へぇ……」


 いまいち実感の湧いていないのであろう霞は、曖昧な返答を返した。

 とその時、その返答に被さるタイミングで、相良、真鍋、淺岡3人の足が同時にアミスの前へと進んだ。


「んだお前ら、考えてること一緒かよ」

「ま、しゃあねぇだろ。ユニーク魔法つかいてぇしな」

「そう言うこった。アレスが使えて俺が使えねぇってのが嫌なんでな」


 進んだ3つの足は同時に立ちどまり、そして何を言われるのか薄々感じ面倒そうな表情を浮かべているアミスに対し、頭を下げた。


「「「ユニーク魔法の使い方、教えてください!!!」」」


 大きく上げられた声に考え込むアミス。


「(どうする? 覚えた瞬間裏切る可能性も否定できない。そうでなくても、これ以上戦わせて良いのだろうか? オレはどうすればいい?)」


 眉間に皺を寄せ、考え込むアミス。その時、自身の中で渦巻いていた疑問の答えを真鍋が口にする。


「頼む、おれは、おれたちは自分らの手でヴィクタさんを助けたいんだ! 世話になったからさ、せめてそれくらいやりたいんだよ! おれたちが魔法を覚えてもあんたには危害を加えない、それは絶対に約束する。教えてる最中、どうしても信じられないってんならその時点でやめてもらって構わない」


 一切の揺らぎなく見つめられた瞳。ルシェの力無くしても、アミスは彼の信念を理解した。


「アミスお兄ちゃん……」

「見たらわかる。……はぁわかったよ、教えてやるから頭上げろ!」


 あしらうような物言いで了承の言葉を放ったことで、一瞬顔を見合わせる3人だったが、特訓をつけてもらえると理解するや否や口角をあげ手を叩き合った。


「特訓は明日からだ。とりあえず今日は傷を癒すことに専念してろ。無理するような奴には教えないからな」


 そう言ってアミス、それについて行ったルシェは森の奥へと歩いていった。


「勇、魔王ってさ、なんつうか、言い方は荒いけど良い人だな」

「だろ。多分あんな惨劇がなけりゃただの良い奴だったんだよ」


 森の奥に歩いていくアミスの背中を見ながらつぶやく常盤と真鍋。件のアミスは奥へと進むとルシェに服の裾を引っ張られた。


「ねぇアミスお兄ちゃん、何かあのお兄ちゃんとお姉ちゃんたちに隠してるよね?」

「……もしかしたら、王宮にあいつらを帰す方法があるかもしれないと思ってね。恐らくあいつらをこの世界に呼んだ魔法は通信魔法のように魔法陣なるものが描かれた特殊な魔法のはず。その魔法陣はほぼ確実に記録として残っているはずだ。それを見つけ出す」


 アミスは腕に巻いた妻の服の切れ端を握り、何かを誓うように目を瞑った。


「赤髪の騎士を救出し、安全を確保した後、オレはアイツらを元の世界に返す。それが、この世界のいざこざに巻き込んでしまったものができるせめてものことだから」


 固く握られたその手は決意の表れの如く離れない。その決意が、己が身を滅ぼすことになったとしても。


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人格者な魔王は人間に復讐を始めます 〜それを止めるは異なる世界の者たちです〜 依澄つきみ @juukihuji426

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