僅かな光は、甘やかな言葉に誘われて

 ヴィクタを残し処刑場から逃走することに成功した魔王と勇者達。勇者達は安堵のため息を吐くと同時に、悲痛を表情を浮かべた。


「ヴィクタさん、大丈夫かな?」


 濱崎の呟きに、顔を沈める者、眉間に皺を寄せながら頭を掻く者など、皆それぞれヴィクタの安否を心配するような態度を取る中、神囿が口を開いた。


「しょうがないだろ。あの時はあれがベストだったし、勇者である僕たちを庇ったんだ。名誉なことだろ? それにそもそもはあの人が屈したのが悪いわけだし」

「──ッ! オタ君、いや神囿、あんた最近おかしいよ」


 ヴィクタのことを蔑まれ、鋭い目つきで睨みつける濱崎。そんな濱崎に神囿も睨み返す。以前の彼なら絶対にやらない行動だ。


 そんな中、奥田が睨み合いを続ける2人の間に入り、仲裁を図る。


「ちょ、ちょっと……濱崎さん落ち着いて。暁人くんも、確かに最近おかしいよ。攻撃的になったというか、その……勇者にすごく拘ってるというか」

「ふんっ! こだわるも何も、僕らは実際勇者だ! その身代わりになれたんだ、感謝だってされていい位さ!」


 声を荒げる神囿に奥田は身をたじろがせる。皆に緊張が走り、誰も声を出せない空気感の中、この男だけは違った。その男は神囿の肩に手を置き、こう言ったって。


「アッキーって、KYT?」


 突然のことに周囲も、そして手を置かれた神囿も呆然としていたが、数十秒後、翻訳機こと淺岡が口を開いた。


「おいアレス、それを言うならKYだ。Tいらねぇよ、なんだKYTって。そもそもこの空気的にKYはお前だアホ」

「えっ、ジーマそれ? ロンリィーアッキー」

「ソーリーだ。これ英語だろ」


「……ふっ!」


 このやりとりに思わず霞は吹き出し、それに釣られて他の数人も笑みを浮かべ始めた。


「ははっ! アレスんバカすぎっしょ!」

「だな。アレクお前もっ回英語勉強したほうがいいんじゃね?」

「バカは治らん。残念だがこれまでだ」

「はははーっ、瀬川くんおもしろーいっ(何これ? 芽衣全然面白くないんだけど)」


 笑い合う勇者達。しかし神囿は苛立ちの眼差しを彼らに向けると、アレックスの手を強く払い除けた。


「ふんっ、何が面白いんだこんなこと。くだらない。こんな次元の低い連中といると僕まで低くなっちゃうよ」


 そう言って森の奥まで1人歩いていく神囿。しかし奥田はその進路を体で塞ぐ。


「だ、だめだよ暁人君。みんなといないと危ないよ?」

「どけよ俊樹。大体お前は僕より下だったろ? 逆らうんじゃないよ!」


 右手で無理やり奥田を払い除け、足早に奥へと入っていく神囿。

 倒れる奥田を濱崎は支え、神囿を睨みつけた。


「とっしー大丈夫? ……何なんあいつ。また空気悪くなったし」

「このまま行かせていいのかな? 何だか嫌な予感がするんだ……」


 立ち上がりながら、森の奥へと進んでいく神囿を見つける奥田。濱崎はそんな奥田を少し強め目に引っ張り、皆の元へと引きずった。


 この一連の様子を眺めていたアミスは、近くにいたルシェに尋ね始めた。


「なぁルシェ、今出てった奴、何考えてたかわかるか?」

「う〜ん、なんか黒いモヤモヤしたのがあってよくわかんなかったけど、なんかあのお兄ちゃん、早く出て行きたがってたよ」


 アミスは神囿の進んだ道をじっと見つめる。少し嫌な予感がしたが、どうせすぐ戻ってくるだろうという考えから、視線を勇者達に戻した。

 彼らは空気を悪くした神囿を追わなかった。アミス同様、いずれ戻ってくるだろうと疑わなかったからだ。


 しかし、彼らはその選択を後悔することになる。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 アミスと勇者達が潜む森の最奥。日もほとんど差さぬほどに木々が生い茂るこの場所に、神囿は現れた。


「おい、約束通り抜けてきたぞ! どこにいるんだ?」


 彼は周囲を見渡しながら声を上げる。その声に反応するように、神囿の背後で声が鳴る。


「──やぁ神囿君。先生に対してその態度はないんじゃないか?」


 何もない場所から突然現れた銀髪の男は、不敵な笑みを浮かべながら神囿に語りかけた。


「うるさいな。前にも言ったがいきなり現れないでくれ。僕は今虫の居所が悪いんだ」

「勇者君たちの仲良しごっこにかい?」


 神囿はその言葉に黙り込む。そして銀髪の男を睨みつけた。


「おうおう怖いね。よしてくれ悪気はなかった。この通り反省一色だよ」

「どこがだ。それより、わかってるんだろ? 僕が何にキレてるのか」


 おちゃらけた身振りで話をしていた男は、神囿の言葉に反応し、ぴたりとその動きを止めた。そして、彼に顔を近づけ、耳元で囁く。


「あぁ、ちゃーんとわかってるよぉ。君には色々授けた。ユニーク魔法の使い方、魔力向上の仕方。つまり力と知恵を与えた。で、あとボクが君に提供できるのは2つだ。それは──兵力と名誉。これさえあれば、もう誰も君を馬鹿にしない。蔑まない。軽んじない。この世界で君は……英雄になるのさ」


 優しく、それでいて不気味な笑みを浮かべながら、神囿の頭に指を弾く男。その男に苛立ちと怪訝な目を向ける神囿だが、そんなものは無視してやむなしレベルのものだ。


「早く見せてくれよ、その兵力を。そして僕はどう立ち回ればいい? 早く、教えろ」

「そう急かさないでよ。もう兵力自体はーーここにある」


 そう言って手を上空に掲げた男。そして少しの間の後、その手を振り下ろした。


「さぁみんな、殺戮パーティーの開始だ」


 直後、男が振り下ろした手の軌道に沿いながら、まるで貼られていた幕が剥がされたように空間が裂け始める。


「何だ……これ……? 空間が、裂けた?」

「ははっ、ボクにそんな力はないよ。これは裂いてるんじゃない、戻しているのさ。ほら神囿君、これが君の、兵力だ」


 幕が開き切った時、そこに映る光景に、神囿は思わず後退りをしてしまう。同時に、その体は僅かに震えていた。


「これ……魔物……?」


 目の前に映った光景、それはおよそ数百にものぼる魔物の大群。おぞましい魔物達が互いに身を寄せ合い、こちらを見つめるものだった。


「な、何だよ、これ……こんなの、どうやって操れと」

「安心しなよ神囿君、君にあげるのはこれだけじゃない。これだけの数の魔物を率い、そしてを君に差し上げよう!」


 刹那、男は神囿の顔を鷲掴みにし、闇属性のような黒いモヤを彼の体に纏わせた。


「すこーし痛いかもだけど、我慢してねっ。なにせ、

「ガァッ! やめっ、あっ、ア゛ッ!」


 苦しみ悶え、体を痙攣させる神囿。その彼の体は、段々とその大きさを増していく。


「神囿暁人。異世界からこの世界を救うため現れた勇者。そして年齢はーー25歳、恐らく君の全盛期だ。魔力も上がり、全体的なスペックは大幅に向上。これで魔物たちを率いることができ、そして……彼らを殺して英雄になれるよ」


 モヤが晴れ、苦しむ声も彼方に消えた時、そこにいたのは面影は少し残した、しかし確実に別人の神囿暁人がそこにいた。

 男は微笑みながら神囿に仮面を投げ渡す。


「さぁ神園君、君の目的を聞かせてくれ。ボクに、そして彼らに! 君は……何をしたい?」

「僕は……僕を見下す奴らを、馬鹿にした奴らを、不快な気分にさせた奴らを許さない。まずはあそこだ……僕を拘束しやがったあの姫を、あの国をーー破壊しろ。そして手頃なところで止めてやるよ。お前らを皆殺しにしてね」


 徐に仮面を装着する神囿。そして低く落ち着いた印象に変わった声色で命令を下す。


「さぁお前達、僕を英雄にするための礎となれ。僕のために襲い、僕のために死ね」


 高校生の頃では考えられないほどの威圧感を放つ。その瞬間、魔物達は本能的に神囿に従った。こいつには勝てないと判断した。


「うんうんそれでいいよ神園君。これでまた……(ボクの筋書きは先に進む)」



 一斉に進撃を始める魔物達。その先頭の魔物には神囿がまたがった。大量の魔物が森を横断する。そしてわずかばかりに差し込んでいた光は、その輝きを足元に放つことなく、当たるは暗がりに包まれた。


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