足を止めるは嘆きと怒り
常盤の処刑を防いだ魔王アミスは、手につかんだギロチンの刃を雑多に投げ捨てる。
「お前、なんで助けに来たんだ? ここはお前にとってトラウマな場所で、見たくもない場所なはずなのに。というか、なんで俺が処刑されるって知ってんだ?」
この状況をあまり理解できず、頭に疑問符を浮かべる常盤。そんな彼は、アミスの背中から現れた2人の姿に驚愕する。
「やっほーお兄ちゃん! 大丈夫?」
「勇く……勇正くん、間に合ってよかったぁ」
「ルシェちゃん、それに……霞?」
なぜ同じく勇者である真鍋たちは捕まり、霞はアミスの背中にいるのか分かっていない常盤に、アミスは説明をする。
「お前の仲間であるこの子がオレを呼んだんだ。助けてくれってな。ルシェはまぁ、置いてったら危ないから──」
刹那、アミスの索敵魔法が反応する。その瞬間、彼は常盤を自身の元へ無理やり引き込み、親指を心臓の位置に当てた。
「ッ! 常盤許せよ!
自身と自身が触れたものに攻撃をそらす膜を張る魔法を発動するアミス。その直後、見えない攻撃が彼らを避けるようにして背後の地面を砕いた。
「──あら残念。私の攻撃は通じないのね」
彼らの視線の先に現れたのは、指先を向けながら冷笑を浮かべる王女イルメール。自身の攻撃が通用しないとわかると、指先を常盤やアミスたちではなく、ヴィクタに向けた。
「え?」
「あいつ何を……?」
アミス達はおろか、指先を向けられたヴィクタもこの状況を飲み込めていない。イルメールはヴィクタの全身を吟味するように見渡した後変わらぬ冷笑で指先を動かした。
「一体何──うごぁ!?」
指先が動いた瞬間左肩から血を流し倒れ込むヴィクタ。その瞬間に、アミス以外の者は何が起こったのか理解する。
「お前まさか……ヴィクタさんを人質にするつもりだろ?」
「あら罪人さん、察しがいいのね。魔王さん、あなたがどうやって私の魔法を避けたのかはわからないけれど、少なくとも1つ分かったわ。それは、自分自身への攻撃しか予感できないと言うこと。つまりヴィクタをどれだけ狙っても、あなたは察知できない」
自身の魔法の弱点を悟られたアミスだが、彼の頭には変わらず疑問符がついて回っていた。
「おい貴様、そいつでオレを止めようとしても意味がないぞ。なぜならオレにとってそいつは大事な存在というわけでは──」
「──ないでしょうね。えぇ知ってますとも」
「……何? じゃあなぜこんなことを」
質問をするたびに謎が増えていくアミスの頭の中は、王女の一言で解決を見せる。
「貴方の目的は常盤勇正の救出、そして奪還でしょう。ついでに他の勇者様方も助けるのですかね? ではその勇者様達ですが、このままヴィクタを人質に取られた状態で、大人しく連れてかれてくれますかねぇ?」
その言葉でアミは理解する。人質に取られているのはヴィクタだけではない。彼女を使い、常盤達まで行動を制限されているのだと。
「アミスお兄ちゃん、お姉ちゃん痛そうだよ」
「元々の傷に加えて、肩を撃ち抜かれているからな。確かに痛いだろうが──」
「──それだけじゃないよ!」
ルシェは目に涙を浮かべながらアミスの裾を強く引く。
「お姉ちゃん泣いてるの。私のせいでってずっと泣いてる。傷なんてお姉ちゃん気にしてないよ。ただ……」
「自分の無力に嘆いてる、か」
アミスは過去の自分と今のヴィクタを重ね合わせた。無力な自分を嘆き、だからといって最後は自分だけでなんとかしようとする頭の硬い人間性。
「おい赤髪の騎士!」
「ッ! 魔王……」
アミスの声に反応して振り向いた彼女の目は、今にも泣き出しそうに震え、諦めたように虚ろいでいた。
そんな彼女にアミスがかけた言葉は、慰めではなく叱責、そして助け船だった。
「お前は弱いよ。この状況でも誰にも頼らず、全部1人で抱え込もうとしてるんだから。現状を嘆くだけ嘆いて、後悔するだけで何もしない。お前の魔人族に対する怒りは、今この状況を打開するよりも優先されることなのか? まだそうやって、泣いてるつもりか」
「──ッ! 私は……」
アミスの言葉を受けたヴィクタは、自身の剣を見つめる。そして彼が現れた瞬間を思い出し、徐に立ち上がった。
「(私は、目を背けていただけだ。現状は変わらない、どうしようもないのだと、自分を肯定するためにあの子達を使ってしまっていたんだ。魔王が来た瞬間、やるべきことは決まっていた。ちゃんと分かってたはずなのに、後悔と怒りの渦に飲まれて足踏みをしていただけだった。私が今やるべきことは──)」
ヴィクタは上空に剣を掲げ、全体を見渡した。そして、自身を嘲り笑いながら微笑むと、ある思考で頭を埋め尽くす。それは1人の少女に向けたメッセージだった。
「お兄ちゃん! 目をつぶって!」
目を瞑れという言葉、そしてヴィクタの掲げる剣を見てアミスは理解し目を瞑った。
「(ありがとう)──
瞬間、掲げられた剣より焼けるほどの光が放たれ、処刑場全体を覆った。
そして消光しアミスが目を開いた時、目の前に映ったのは、勇者達を取り押さえていた兵士たちが自身の真上を吹き飛んでいく様子。そして、剣を振り抜いたのであろうヴィクタの姿だった。
「安心しろ、峰打ちだよ。だがしばらくは動けまいさ」
彼女は勇者たちを見つめ、一瞬微笑みかけるが、すぐに己を律すると全員の首元を掴み、アミスの元へぶん投げた。
「魔王!! 預けたぞ!!」
「ううぉ!」
「きゃ!」
投げ捨てられた勇者達は叫び声を上げながらアミスにキャッチされる。それを皮切りにしてアミスに襲いかかる兵士たち。そんな彼らをヴィクタはことごとく吹き飛ばした。
「魔王! 早くその子たちを連れて逃げて! 私が、時間を稼ぐ」
「何言ってんだよヴィクタさん! ヴィクタさんも一緒に逃げるぞ!」
常盤の伸ばした手に一瞬触れかけるヴィクタ。しかし、微笑を浮かべながら首を横に振った。
「魔王の使う防御の魔法は、手を心臓付近に触れていなければいけないのだろう? だがこの人数を連れて飛翔するとなれば両手は確実に塞がり、注意も散漫になるだろう。であれば、逃すための殿が必要だ。そうだろ? 魔王」
「……ああ」
ヴィクタは再び剣を掲げ始める。そして、優しい顔つきでルシェに尋ねた。
「ねぇ、私は今……後悔してる?」
「…………ううん。泣いてないよ。お兄ちゃん、目を閉じて飛んでだって……」
アミスの裾を引くルシェ。その手は先ほどとは違い震えず芯を感じられる。
「分かった。ここは任せるよ。ただし……死ぬなよ。こいつらのためにも」
「あぁ、死ぬつもりはないよ。その子たちにはまだ、ちゃんと謝れてないんだから」
振り返り微笑むヴィクタに、アミスは覚悟をみた。そして、その瞬間目を閉じ飛び上がる。
「ヴィクタさん! おいヴィクタさん!!」
常盤、そして他の勇者たちの声や必死に伸ばす手をヴィクタは見つめ、しかし取る事は無い。
「(ありがとう。まだ私をさん付けで呼んでくれて。そんな君を、君たちを、私に守らせてくれ)─
目を開けていられない光が剣から放たれ、叫ぶ言葉を合図にアミスは全速力で飛び去った。
轟音が響き、人々は目だけではなく耳も覆う。そしてその轟音が消え失せた時、同時に光は輝きを失った。
「……流石に、2回目はないか」
魔王や勇者を逃すことには成功したものの、さすがは戦場をかけてきた戦士達。2度目の発光では目を閉じ、目が潰れていなかった。ヴィクタはすぐに取り囲まれ、そして左腕を王女に撃ち抜かれる。
「ぐっ! お前も見えているのか……」
「はぁ、飼い犬に手を噛まれるのは、やっぱり不快ですわね。あの話がなければすぐにでも殺してあげますのに。……ねぇヴィクタ、貴方後悔してませんの?」
左腕から血を流し、全身がすでにボロボロのヴィクタ。しかし彼女の目は死ぬどころか、この処刑場に入る前より生き生きとしている。
「私の人生は後悔だらけだ。もっとこうしていればの連続だよ。だけど──今この瞬間には、なんの後悔もありはしない」
「(強い信念強い覚悟……どうやって持ち直させようか迷っていたけど、これなら大丈夫そうね)そう、じゃあその時まで……おやすみなさい」
──刹那、光り輝く閃光が放たれ、赤き鮮血が宙を舞う。
その後、その場に転がるは赤く染まる足元に、鎧がくだけ倒れる兵士。そして、壁に叩きつけられ血の海に沈むヴィクタの姿だった。
「殺してないわよね? 大丈夫だと思うけれど。──さてと、目的と少しずれてしまったけれど、流れに影響はないわ。煽りは成功、不満はもう頂点でしょう? というわけで次は貴方の番ですよ──神囿暁人様……!」
空を見上げながら、イルメールは冷笑とともに小さく呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます