謎を追うサスペンスフルな展開と、その豊饒な味わいが堪能できる良作です。
北海道のファミレスで皿洗いバイトをする児童養護施設を出た発達障害の青年・尚人は、ある雪の降る夜に悪霊に取り憑かれた男に襲われる。そこをミステリアスな女性に助けられ、彼の人生は一変する。彼を助けた女性・絵莉は、巨大企業の会長の秘書だと言う。また、その会長とは青年の祖母であるらしい。彼女から被ると幸せになれるという不思議な仮面を授けられた尚人は、巨大企業の御曹司として東京へと連れて行かれる事になる――。
東京に連れて行かれた尚人はそこで大企業による手厚い教育を受け、そして莫大な時間と富と権力を得て、洗練された男性へと変貌を遂げる。また彼はその地で、それに絡む一族の興した企業の隠された過去と黒魔術のような言い伝えを探ることとなる。それらを辿るなかで、絵莉や尚人自身の過去をもが徐々に明かされていく。
コンセプトを盛りすぎると並の書き手ならしっちゃかめっちゃかになって破綻してしまうでしょう。しかし本作は調和のとれた一作の長篇として見事に成立しています。そうさせている作者の技量にはまず驚嘆いたします。
それは過去作から登場人物や舞台をリユースしているからかもしれません。特に主人公の尚人と絵莉は書きやすそうだなと読んでいて感じました。また語彙力豊富なスタティックでハードボイルドな文体も本作を大きくを盛り上げてくれています。加えてタイムリミットが設定されていることや、正体の掴めない敵からミッションの妨害を受けたり命を狙われるという点で、サスペンス要素も強調されているようです。
本作の構成要素である”劣等感を抱える主人公の隠された血統と華麗なる転身”や”魔術的なファンタジー要素”、あるいは冒頭のシーンに見られるような悪霊とのバトルシーンなどはライトノベルを構成する要素としてもド定番です。しかし(これは実際に読み進めていけばすぐにわかると思いますが)本作にその方向性だけを期待して読んでいこうとすると、きっとその企ては失敗するでしょう。なぜなら本作は上述の通り重厚な作品であり、文字通りライトなノベルとは極太マッキーよりも太い線で一線を画したような印象を受けるからです。本作を構成する要素があまりに多すぎるため、ジャンル分けは難しいですが、スリップストリーム的な作品であると言えようとわたしは思います。
また個人的には作者のこだわり溢れる、そしてディテールの細かな北海道の風景描写が個性的で面白く感じました。その上でタイムリミットで緊迫感を出すサスペンス展開や、中盤のアクションシーンで中弛みさせない配慮、山盛りのタグで読者の手に取られやすくする手法はまるで商業作品のようにクレバーであるとも感心します。
愛を知らない孤独な青年の身分の転身。ペルソナを被って奮闘する彼の勇姿。そしてアイデンティティと愛の探求の果てにたどり着く彼の答えを、多くの読者のかたに読んでいただきたいと、一読者としておすすめします。
アルバイトで生計を立てる青年・尚人のもとに、運命の使者が現れる。
その女・絵莉に連れられた先に待っていたのは、富豪の祖母との邂逅だった。
祖母に告げられ、自分の両親の謎を捜して。
尚人と絵莉は、バイクで両親所縁の地を駆け抜ける!
ファンタジー要素とミステリー要素が濃厚に絡み合い、格調ある、薄暗い画面の邦画のような雰囲気を生み出しています。
尚人が与えられた「仮面」や、各地に残る様々な手がかり。
ひとつひとつが意味を持って現れ、次なる謎へと誘います。
ずっしりとした読み応えの、骨太なミステリー。
分厚い本を読んでいるような、邦画を鑑賞するような感覚で、どうかじっくりとご堪能下さい。