お伽噺の幸せ—エス・ムス・ザイン—

「あなたはそれで良かったの?」

 博士が「割れ鏡の間」で溶けるようにソファに腰掛けていると、後ろから女の声がした。

「ヒルデガルドか」

 振り返りもせずに応える。

「顔くらい向けてくれてもよろしくなくて、王子様?」

「これは失礼を、お姫様」

 クリストフはソファから立ち上がると、女に一礼し、手の甲に口づけをした。

 そこには、フリードリヒのいた部屋にあった肖像画の女が白い絹織りのドレスを纏い、立っていた。

「今回もお疲れ様」

 女はそう言うとクリストフの頭に手を添える。

「でも、外の世界は、結局同じ事を繰返すのではなくて?」

 女、ヒルデガルドが部屋の中央にある割れた鏡を見ると、そこには先程出て行った王子達の輝かしい未来と、その先の苦難が映っていた。

「勿論だとも。ヒトの根幹は同じだ」

「なら、何故?」

 女の白い手が男の銀色の髪を梳かす。

「それでも、同じであるからこそ、何に触れるかで如何様にも変わる。幾らでも乗り越える。その為に私達は世界を見守り、光を送っているのじゃなかったのかな?」

「自分は『化物』や『悪魔』にされているのにね?」

 ヒルデガルドの蒼い目がクリストフの赤い瞳孔を捉える。

「僕がどう呼ばれるかは問題では無いよ。何をしたかだけが積み重なっていくだけさ。君も解っているから、彼女達をここに呼んだのだろう、お姫様レーギーナ?」

 そう言うと、男は割れた鏡を見る。

「ほら、それは鏡も解ってくれているよ」

 そう言って、割れた鏡の中で無限に重なり合う世界を愛おしそうに見つめる。

「ホント、正直な王子様レーグルスだこと」


 こうして二人は、いつまでも光を送り続けた。

 いつまでも、いつまでも。

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鏡の森 @Pz5

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