第51話 聖女再び

 翌朝。


 チュンチュンと小鳥たちが囀り、周囲は清々しい雰囲気が漂っている。


 うん。気持ちのいい朝だね。


 ということはだ。いつも通りすぐ側にはエリーが………………いない?

 あれ? 調子が狂うな……。


 とはいえ、物凄く違和感を感じる。

 マクラからは仄かに甘い香りが漂っているし……あれ? マクラ?

 ああ……ベッドにいるからか。

 昨日は椅子で寝ていたはず。なのになぜ?


 そんな疑問は、すぐ側から声をかけられて払拭される。


『おはよう、ダリル』

「おはよう」

「おはよう~」


 声のする方に目を向けると、そこにはテーブルを囲んで座るポーラとフィラエルが居た。


「あ、あれ? お、おはよう」


 慌てて起き上がる俺に、3人は微笑みながら見つめてくる。


「す、すまん。ベッドに移してくれたのか?」

「ええ。エリーが移したのよ」

「エリーが?」

『椅子ではグッスリ眠れないと思ってね』


 以前、俺が倒れたテルの村では、移動させるのにポンコツ聖女の力を借りていたはずなんだが……凄いな。


「ありがとう。だけど、二人は大丈夫だったのかい?」

『二人とも早く起きたのよ。だから、そのついでに対応したまでよ』

「そうか……それならいいんだ」


 そう言いながら起き上がり、二人の傍に立つ。


「二人は朝食を済ませたのかな?」

「いいえ~。まだですよ~」

「え? そうなの? ポーラもなのかい?」

「ええ。ダリルと一緒に食べようかと思って、待っていました」


 微笑みながら応じる二人に、俺は気恥ずかしくなり頬を掻く。


「そ、そうなんだ。そう言えば朝食はどこで食べられるのかな?」

「宿舎食堂で食べられます。早速行きますか?」

「え? ああ。顔を洗ってくるのから、先に行っててほしい」

「あら、ならばご一緒しますわ。場所、お分かりにならないでしょう?」

「助かるよ。ありがとう」

「ふふっ。いいのよ、これくらい」

「あらあら~、じゃあ~、私も一緒に行きましょうね~」


 不意にフィラエルが立ち上がると、すっと手を出してポーラが制する。


「お母さまはいいの。先に食堂に行ってて」

「え~、みんなで一緒の方が楽しいのに~、私だけ置いてきぼりなの~? お母さま悲しい……クスン」

「はぁ……わかったから、泣き真似しなくていいわよもう」

「ポーラちゃん優しいから好き~」

『本当に巫女なのよね、この人』


 エリーがため息交じりに疑問を投げかけると、ポーラもため息交じりに小さく頷く。


「そうよ。これでも、歴代最高の巫女と謂われているの」

「これでもは余計です~」


 母娘の会話を聞くのはほのぼのするが、まあさっさと行くに限る。

 そう思って部屋を出る。


「ちょ、ちょっと待って」

「置いて行かないで~」


 慌てて二人も出てくると、ポーラが先頭に立って案内してくれた。


『はぁ……頭が痛くなる一族ね』

「私は普通ですっ!」


 あまり説得力ないぞ、ポーラ。





 井戸のある場所で顔を洗い、そのまま食堂へとたどり着くと、同じ宿舎で寝泊まりする者たちがフィラエルの姿を見て慌てて立ち上がる。


「フィ、フィラエルさま!」

「あら~、そのままお食べになって~」

「は、はいぃ」


 物凄く恐縮そうな表情をするエルフたちを背に、急に現れた給仕らしき女性エルフに案内され、何故か中央の食卓に座らされる。


 物凄く目立つ。

 少し気になるな、ここ。


「べ、別の場所はないの?」


 周囲を見渡すとちらほらと空席もあるのに、敢えて中央なのは何故?

 すると、ポーラが顔を寄せて耳元に囁く。


「光の巫女の恩恵を受けたい人たちが多いから、ここは我慢してね」

「そうなんだ……」

「なんだかんだ言って、歴代最高の巫女と呼ばれているから、至る所でこうなるのは仕方がないのよね」


 そう言いながら、周囲に笑顔で手を振るフィラエルを見るポーラ。それにつられて俺も視線を追うと、気がついたフィラエルが俺に視線を合わせ、ふっと笑みを深くした。


 今までこんな風に美人に微笑まれたことがあまりなかったから、少し刺激が強すぎる。


 それよりもだ。

 周囲に座るエルフたちは美男美女ばかり。

 気のせいか、俺に向けてくる視線が熱く感じる。


『……昨夜教えた魔力抑制しときなさい』

「え? 美人に見つめられる快感がたまらないんですけど」

『女性だけではないわよ? まあ、そういう趣味を持っているのなら止めないけど』


 そう言うエリーの視線の先には、俺に熱いまなざしを向けてくる男性エルフの姿が。


「抑制しましょうっ!」


 俺に男色趣味はない!





「ぽかぽかしない~。寂しい~」


 昨日今日ですぐに使いこなせるはずもないのだが、それでも一応それなりに抑制は出来ているようで、フィラエルは少し残念そうな表情を俺に向けている。

 何だかおもちゃを取り上げられた子供みたいな顔をするフィラエルを見て、俺は思わず苦笑いする。


「男に興味はないです」

「どうして男の子が関係するの~?」

「い、いや、だって男女問わず視線が……」

「あら~、エルフは魔力に惹かれるのだから~、さほど問題ないですよ~」


 ……いやいや、大有りだって。


「あのですね。俺は女性にしか興味ありません」

「あら~、ならば私でも問題ないですよね~」

「大有りです!」


 ポーラが勢いよく俺の腕に絡みつく。


「お母さま、これ以上はダメです!」

「え~? エルフは重婚大丈夫なのに~?」

「そういう問題ではありません!」

『その通りだけど、一先ず離れましょうか、ポーラ』


 エリーが強引にポーラを引き離そうとするが、かなり抵抗しているのか腕がプルプル震える。

 そこまでしなくてもなぁ……。


 すると、急に食堂の入り口が慌ただしくなり、何事かと視線を向けると、そこにはトルティアとセレステアが血相変えて辺りをキョロキョロ見渡していた。

 二人が俺たちの姿を見つけると、足早にこちらに向かってくる。


「こ、こちらにいらっしゃいましたか、フィラエル様」

「おはよう~。どうしましたか~?」


 二人に向き直って笑顔で挨拶するフィラエルに、セレステアが片肘を付けながら頭を下げる。


「おはようございますフィラエル様。申し訳ございませんが、至急大樹までお越しください」

「どうして~?」

「精霊の森外苑部に、魔霊の集団が接近しており、それに呼応するかのようにベルガモート帝国からも帝国部隊が迫っております。この状況を踏まえ、五大老様がフィラエル様をお呼びするようにと仰せです」

「どうして帝国が~?」

「申し訳ございません。私にはこれ以上……」


 うな垂れるトルティア、セレステア両名を目の前にして、フィラエルは小さく頷いた。


「わかりました~、では~、参ります~」


 席を立ち、食堂を出ようとしたところで、フィラエルは振り返って俺を見る。


「そうでした~。ダリルさ~ん、エリーさ~ん。お二人も一緒に来てくださ~い」

「『え?』」


 急な申し出に戸惑う。


「なんだか、二人が来た方が良いと精霊が告げるの~。お願い~」


 そう告げるフィラエルに、ポーラが俺の耳元でそっと囁く。


「精霊の助言は的を得ている事が多いわ。行ってください」

「そうか……わかった」


 頷く俺を見ながら、ポーラにも視線を向けて微笑みながら告げる。


「ポーラちゃんも来る~?」

「え? ええ。行きます」

「じゃあ、行きましょう~」


 給仕のエルフに食器をそのままにすることを告げ、俺たちは食堂を後にした。





 精霊大樹の洞を通り、前の火と同じように魔法陣を通じて五大老の間へ向かうと、既に5人の紫色のローブを身に纏った長老たちがその場で待っていた。

 よく見ると、軽装装備をしたエルフの兵士の姿もある。

 俺たちが入って来たのを見計らったかのように、中央に座るシュヴァルツァーが立ち上がる。


「来たか。待っていたよ」

「ええ~。魔霊の集団と帝国から部隊が来ていると聞きましたが~?」


 笑顔で応じるフィラエルに、シュヴァルツァーは頷いて応じる。


「そうだ。詳細はこの者が」


 そう言って視線をすぐ隣に立つエルフの兵士に向けると、小さく頷いて一歩前に出る。


「はっ。本日未明、北の大地から魔霊の集団が出現し、精霊の森を目指して進んできております。こちらはとほぼ変わりなく、集団規模もこれまでとほぼ同じことを確認しております。ですが、今回はそれとは別に、ベルガモート帝国側からも部隊が進入し、現在精霊の森外苑部に入ってきております」


 兵士の説明を聞き、俺は思わず隣にいたポーラに尋ねる。


「なあ、いつもの状況って、何?」

「はい。大陸最北端の『魔の大地』から、理由は不明なのですが一定周期で魔霊が集団でやって来るのです。精霊に護られた森を瘴気と闇の魔力で汚染しようとするので、常に排除しています。定期的にやって来るので、いつもの状況と説明しているのでしょうね」

「そうなのか。それは凄いんだねぇ」


 感心する俺に微笑みで返すポーラに、ありがとうと小さく告げる。

 すると、手を小さく上げながらシュヴァルツァーが頷き、エルフの兵士は一度下がる。


「先程、ベルガモート帝国から早馬が来てな、帝国北部で確認した多数の魔霊が精霊の森に向かっているとのことで、その討滅のために帝国の部隊を派遣したとの事だ。魔霊の規模はいつも通りだが、今回はどうにも通常とは異なっているという」

「異なる、とは?」

「悪霊だ」


 トルティアの問いかけに静かに答えると、その回答に周囲の者たちが息を飲む。

 すると真剣な眼差しを向けながらポーラが尋ねる。


「悪霊ですか?」

「ああ。どうも発生しているらしい」

「確認はしたのですか?」

「我らが直接確認したわけではないが、彼らはそう認識しているようだ」

「急ぎ確認した方が良いのでは?」


 真剣な眼差しを向けるポーラに、シュヴァルツァーはゆっくりと頷きかえす。


「ああ。なのでフィラエル、すぐに確認して欲しい」

「わかりました~」


 周囲のピリリとした雰囲気とは異なる、どこかのんびりとした返事に、トルティアやセレステアが苦笑いを浮かべる。

 そんなフィラエルを案内するように二人の精霊騎士が場を離れると、その後姿を見送ったシュヴァルツァーが咳ばらいをする。


「コホン……ではポーラ、それにダリル殿にエリー殿。あなた方に頼みがある」


 俺たちの前に立ち、杖を床に軽くつく。


「あなた方には、申し訳ないのだが帝国部隊と合流し、ここまで案内していただきたい」

「え? 私なら理解できますが、何故ダリルとエリーも一緒になのですか?」


 すると不思議そうな表情をしてポーラが尋ねると、シュヴァルツァーは真剣な表情で応じる。


「彼らと一緒に教会関係者がいるようなのだ。ポーラも今では司祭長の立場と聞く。この様な場所まで派遣される程の者だ、おそらく面識もあろう。で、ダリル殿にはその護衛として着いて行ってもらいたい」


 理由を聞き、俺たちは納得する様に頷いた。


「わかりました。すぐさま向かいます」

「ああ。そうしてくれ」

「はい。ではおじい様、これで。ダリル、行きましょう」

「ああ」


 ポーラが一礼して俺に着いてくるよう促すと、俺も習って一礼し、ポーラの後に従った。





 ポーラに案内され、大樹の麓で待機していた精霊正教国の用意した馬車に乗り込む。


 ……少し待って欲しい。

 よく考えてみると、帝国の部隊は森の外苑部にいると言っていたな……。


「ダリル。私が抱きしめてあげますから」


 ポーラが微笑みを浮かべながらそう告げてくるので、俺は思わず目を見開く。


「……まさか?」

「はい。まさかのまさかですよっ!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、心の準備が……」


 だが無情にも、エルフの御者が小さく告げる。


「では、行きます」

「どうぞ!」


 背後から俺を抱きしめるポーラが、物凄い嬉しそうな声で応じる。


「ま、待て、まだ心の準備……」


 急激に身体が馬車の後方へと吹き飛ばされる感覚が襲ってくる。


 黄色の葉っぱは見えなかったぞ!

 神力樹じんりきじゅは!?

 何で無いのにぃ!!!


「精霊大樹の麓ですから、ここでも同じことが出来るんです」


 俺の心を見透かしてか、ポーラがそう教えてくれた。

 背中に伝わる柔らかな感触を必死に味わおうとするが、いや、景色が凄く速く過ぎ去っていくし、振動が激しいし、男子の夢たる感触を味わう余裕がががが!


『魔力操作、解こうかしら……』


 そんな事を呟くエリーの声に、反応する暇なんか無かった。





「到着しました。既に帝国部隊が待っているようです」

「わかりました、私が向かいましょう。ダリル、しばらくここにいて休んでいてね」


 エルフの御者に返答するポーラが返事をし、荷台から降りざま俺にウィンクを投げてきた。


 いや……慣れないわ、これ。

 もうね、満身創痍ですよ。うん。

 だってね、えらい早いんですよ。それもビューンとね。

 ガタガタ揺れるし、落ちそうになるし。

 でも、おっぱいの感触は良かっ……たかどうかは全然わからなかった……。


 そんな風に思いながら、俺は荷台の縁に顎を乗せ、腕をだらりとぶら下げる。

 すると、エリーが怪訝な表情で顔を覗き込んできた。


『何をしてるの?』

「黄昏てるように見える?」


 俺の返答にクスっと笑う。


『まあ、酔ったように見えるわね』

「心の準備が欲しかった」

『どっちにしても利用するのだから、準備しない方が結果としてよかったんじゃない?』

「そうなのかねぇ」

『そうよ。ま、しばらくそうしているとい…………』


 話の途中で急に顔を上げるエリー。

 不思議に思ってその様子を見ていると、呪文を詠唱する声が聞こえた。


魔封殺ダモネトーテン!」


 不意にエリーの周囲を眩い光が覆いつくすように展開される。


『っ! 無常ウルゲブリヒ


 光に反応してエリーが即座に唱えると、覆いつくしていた光が急激に歪んで瞬く間に霧散した。


「お、おいエリー、大丈夫か!?」

『ええ。でも、この魔力は……』


 エリーはそう言いながら森の外苑部の方へ顔を向けると、俺もつられてその方を見る。


 そこには、純白のローブを身に纏い、古木の杖を手にし、藍色のロングヘアーに茶色の瞳をした可愛らしい少女の姿があった。


 見覚えのある顔。

 それを思い出そうとしていたところで、エリーがため息交じりに呟いた。


『はぁ……が何でここにいるのよ』

「ここで会うとは思っていませんでしたよ。今こそダリル様に憑りついた悪霊を、この私が排除します! あと私はちっぱいじゃない! 普通よ、普通! 変なこと言わないでよ牛チチ!!」


 ああ……ちっぱいで思い出した。


 彼女こそ、以前テルの村で会った、聖女カチュアがその人だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る