第52話 偶然の再会。まさかの恩人

 聖女カチュア。


 ルストファレン教会が擁する聖女であり、今ではノルドラント王国でその名を知らない者は居ないという有名人。

 最初出会った時にはその美しさに見惚れ、思わず口説こうとしたのは内緒だが、どうにもエリーとのやり取りを見てしまうとポンコツ聖女と思ってしまう。


 というよりもだ、いきなり攻撃するか?


 エリーが何事も無いように魔法を撃ち消したからよかったものの、聖女に対する好感度が下がる。

 とはいえ、そんな彼女が、古木の杖を俺たちの方へと向け、頬を膨らませながら勢いよく駆け寄ってくると、エリーの目の前に仁王立ちになり、人差し指をエリーに向かって指してきた。


「ダリル様から離れなさい!」

『はぁ……急に攻撃しておきながら、一体何を言っているのよ』

「悪霊退散!」

『聞く耳持たないのね……それに、今は魔女よ?』

「魔女? ダリル様をたぶらかす悪霊である事には変わりありません!」

「カチュア! いい加減になさい!!」


 帝国兵と話していたポーラが、一連の流れを見て慌てるように俺たちの間に両手を広げ、立ち塞がるようにして割り込むと、カチュアは驚いてその場に急停止し、両手持ちした杖をエリーへと向ける。


「悪霊を討滅するのが聖女の役目です! それに、あの悪霊は私が祓うべき存在。ここで見つけた以上、逃がしません!」

「何を言ってるのです!? あなた、教皇様からの通達を知らないのですか!?」

「そうですよ? それに、魔封殺ダモネトーテンではなく、光破滅却リヒタシュロヌークを練習するよう言ったはずですが?」


 ポーラが少し怒った表情を浮かべながら反論するが、カチュアを諭すように静かに告げながら背後に現れた人物を見た瞬間、驚きの表情へと変えて目を見開いた。

 カチュアの後ろから現れ、俺たちとカチュアの間に割って入りながら手で制したのは、赤茶色の肩にかかるくらいの髪に、右目の下にあるほくろがチャームポイントと思えるとても綺麗な女性だった。

 純白のローブ姿だから教会関係者なのだろうが、ポーラとは違った意味で色っぽい人だ。

 そんな彼女に、カチュアが狼狽えながらも声を出す。


「ヘ、ヘレナ。あの魔法は、まだ自信がないから……」

「なるほど。ところで、悪霊と言っているあの方、最近教皇様が討滅対象から除外すると宣告されていた、“漆黒の魔女シュヴァルツェクセのエリー”ではないのですか?」

「……はい。でも……ダリル様に憑りついているし……」


 しゅんとするカチュアを見てため息を吐くと、ヘレナは俺たちの方へ向き直ると、ゆっくりと頭を下げた。


「ふぅ……数々の無礼、大変失礼いたしました。私は西部教区司祭長ヘレナと申します。ベルガモート帝国の部隊と共に、悪霊発生の原因究明の任を命ぜられて参りました」


 ヘレナと呼ばれた純白のローブ姿の美しい女性の声を聞き、反応した者がいた。


「ヘレナ?」

「え? あら、ポーラ? どうしてここに?」

「教皇様の指示で、ダリル殿をここまで案内する様に言われたのです」

「ダリル……? ああ、漆黒の魔女シュヴァルツェクセの使役者でしたね。なるほど、そういう役目を与えられていたのですか。とはいえ、会えて嬉しいわ」

「ええ。私もよ」


 笑顔でやり取りをする二人を尻目に、何故かカチュアが頬を膨らませて俺を……いや、エリーを見つめている。


「なあ、見られてるよ?」

『そのようね』

「何か恨まれる事でもした?」

『うーん……あの時に揶揄からかい過ぎたから?』


 意味が解らないとばかりに首をかしげるエリーだったが、俺は彼女の豊満な胸をチラ見すると、納得してポンと手を叩く。


「これだな」

『……何が?』


 気が付いていないのか、知ってて言っているのか。

 まあいい。


 そんな俺たちのやり取りとは関係なく、カチュアやヘレナの後ろから金糸で縁取られた黒のローブ姿の男と、犬の口のようなハウンスカルにチェーンメイルを装備し、赤いマントを身に纏う騎士の様な兵士二人組が近づいてきた。


「何をしている」


 黒いローブ姿の男が尋ねてくると、気がついたヘレナが紹介する。


「彼はベルガモート帝国宮廷魔導士アローシュです。悪霊追跡の任を帯びた私たちの支援をしてくれています。こちらはポーラ。私と同じルストファレン教会司祭長です」

「アローシュという。よろしく」

「こちらこそ」


 憮然とした表情を変えることないアローシュに、ポーラは微笑みながら挨拶を交わす。対照的な二人だが、ヘレナやカチュアは特に違和感なく受け入れている。おそらく、アローシュはこういった男なのだろう。


 すると、彼の背後に控えていた兵士の一人が、何故か首を傾げながら俺の傍へと歩み寄ってきた。


「……ちょっと良い?」


 ハウンスカル越しに聞こえる少しくぐもった声が俺へと向けられる。

 気のせいか、少しばかり声音が高い。


「え? 俺?」

「ええ、あなたです。失礼ですが、あなたは以前、帝国北部の街に住んでいませんでしたか?」

 

 急に何だろうか?

 俺がリッシナの街に住んでいたのを知ってるのか?

 あの時は少し混乱していたし、あまりいい思い出も無いんだが……。


「あ、ああ。小さい時に北の街に住んでいたが……それが何か?」


 俺が応じると兵士は小さく頷く。


「私はベルガモート帝国騎士のライラです。貴殿は、漆黒の悪霊を従える銀等級シルバーランク冒険者、ダリル・リーヴェイ殿で間違いないですね?」

「あ、ああ。ダリルは確かに俺だが、それが何か?」


 俺の返答を聞いたライラと名乗った兵士が、更に一歩踏み込んでくる。


「14年前、帝国北方にある小さな村で、盗賊に捕まり、奴隷商人に売られそうになっていた子供たちの事を覚えていますか?」


 急な問いかけだったが、聞かれた内容をふと思い出す。


 リッシナの街から離れ、エリーと一緒に、冬になる前に寒くない場所に移動しようと小さな村に立ち寄った時があった。


 その村は既に盗賊によって占拠されていたようだったが、子供だった俺にはそんな事など判る由もない。

 で、俺は村に入って食べ物を分けてもらおうとした時、盗賊によって捕まり、小さな小屋に押し込められた。


 小屋には数人の子供が閉じ込められ、太っちょの下卑た笑みが印象に残る男によって連れ去られようとした。

 そいつらが奴隷を扱う闇商人だと分かり、俺も売り払おうとされた瞬間、エリーが激怒して盗賊諸共殲滅したのを思い出す。


 あの時、一緒に捕まっていた一人の少女がいた。

 頬に生々しい痣をつけられるほど殴られ、泣きじゃくっていたその子を、俺はずっと背中をさすって慰めてやったっけ……。


 ん?

 何でこの人があの時の出来事を知ってるんだ?


「ん? 何で知ってるんだ?」

「っ! やはりそうでしたか……」


 俺が疑念を持ったのを認識してか、ライラは素早くハウンスカルを脱ぎ去ると、脱ぎ去った兜から流れ落ちた深紅の長い髪を振り払い、健康的な乳白色の肌に鳶色の瞳をした綺麗な女性が姿を現す。


 俺が目を見開くと、ライラが急に瞳を潤ませ、そして、俺の手を取った。


「ようやく、お会いする事が叶いました。私は、あの時捕らわれていた者です」

「……はい?」


 手を握られ、呆然としたが、そんな事など関係ないようにライラはポロポロと涙を零した。

 意味が解らず、俺は涙を零すライラの肩をぽんと叩き、そっと顔を覗き込む。


「あのさ、まずは落ち着こうか」

「そうね……今はそれどころではなかったわね」


 俺から離れ、居住まいを正すと頭を下げる。


「改めて……私はライラ。ベルガモート帝国白狼騎士団第1連隊第4部隊長を務めています。今回は、聖女カチュア様、司祭長ヘレナ様、そして宮廷魔導士アローシュ様の護衛として派遣されました。そして彼は副長のレヴィンです」


 ライラに紹介され、もう一人の兵士がハウンスカルを脱ぎ去りながら頭を下げる。

 短く整えられた茶髪に、日焼けした健康的で精悍そうなダークブラウンの瞳が印象的な青年だ。

 まあ、一言で言えばカッコいい。

 だが、そんな彼の表情は困惑したものだった。恐らく、上官であるライラの様子に驚きを隠せないのだろう。


 とはいえ……。


 美女にイケメン。


 なんだか世の中不公平だ。

 そんな俺の思いをよそに、ライラは続ける。


「第4部隊は総勢200名弱。我が国から精霊正教国へ越境しようとしている魔霊集団討滅を行えるよう、全員対魔霊装備をしております」


 ライラがそこまで告げると、それに続けるようにアローシュが続ける。


「我らはこれまで調査を続けてきた。その結果を知らせたいのだが、入国はできないのかね?」

「長老様の許可が必要です。故にその調査結果を教えて頂けませんか?」

「火急の用件としてもダメかね?」

「はい」


 毅然と答えるポーラに対し、アローシュは表情を変えることなくため息を吐く。


「……これまでの調査の結果、悪霊が発生した箇所から魔霊が二次発生し、その大規模な集団が精霊正教国に向かっていることが判明した」

「悪霊が発生した箇所?」


 ポーラが少しばかり低い口調で尋ねると、アローシュは小さく頷いた。


「ああ。帝国北部森林地帯で、夥しい数の魂の欠片を見つけた。確認した所、合計4か所で儀式らしき行為が行われた様だ」

「その儀式が、悪霊を呼び寄せたと?」

「断言はできない。ただ、間違いなく言えるのは、今回の調査は、ノルドラント王国で発生した悪霊の痕跡を辿った結果だということだ」

「なんですって? という事は、以前ダリルやカチュアが相対したあの悪霊は、人為的に召喚されたという事ですか?」

「ノルドラント王国での詳細は知らんが、調べた結果からではそう推測できるな」


 アローシュが小さく頷くと、カチュアやヘレナも肯定を示すように頷く。

 ポーラは少しばかり驚いた表情を浮かべたが、すぐさまヘレナに視線を向けて問いかける。


「あなたも同行していたの?」

「ええ。私も同じように推測していますし、この件は既に教皇様に報告しております。そして、教皇様からの依頼により、私はカチュアさんやアローシュと行動を共にし、帝国の支援を受けてここまで来た次第です」

「なるほど」


 ポーラが頷くと、アローシュは静かに尋ねてくる。


「理解できたなら良い。で、魔霊の集団はどうするかね?」

「精霊正教国が把握している限りでは、問題なく対処できるという判断をしていました。ですが、問題は」

「悪霊か」

「はい。発生しているという報告がありましたが、まだ存在自体をキチンと確認できていません。対魔霊戦は精霊正教国が対処するでしょうから、皆様は一度長老の元へ向かうよう手筈を整えます」


 そう言いながら、ポーラは俺とエリーに目を向ける。


「私は一度長老様に報告してきます。アローシュさんとカチュアは私と一緒に来てください。ダリルはヘレナや帝国兵の皆様と一緒に来てください。精霊移動は出来ませんが、ここからでしたら半日で到着できます。道案内はヘレナが出来ますのでよろしいですか?」

「問題ない。では急ごう」

「わ、私はダリル様と一緒に行きたいですけど……」


 ポーラの問いかけにアローシュは応じるが、カチュアは何故か俺の方を見て困惑気な表情をする。

 すると、そんなカチュアに優しい微笑みを向けて小さく告げた。


「詳細を理解しているのは貴女しかいません。それに、上位者と会うのも聖女としての務めです。よろしいですね?」

「は、はい。ごめんなさい、ポーラ」

「ふふ。では、行きましょう」


 渋々といった感じに頷くカチュアを連れ、ポーラは乗ってきた馬車へと向かう。

 慌ただしく馬車が出発するのを見届けると、俺はヘレナたちと向き合った。


「じゃあ、行きましょうか」

「ええ。道は私が理解していますから、案内しますね」

「ありがとう」

「いえいえ。それに、ライラはどうもあなたといろいろお話したいでしょうし」

「えっ!? い、いや、別に大丈夫だ。うん」


 ヘレナが少し意地悪そうにニヤリとすると、ライラは慌てて首を振る。

 そんな様子を静かに見守るエリーが、何も言わずに俺の隣にふわりと並び立つ。


『あの時の女の子よね? とても美人さんになったわね』

「覚えてるのか?」

『ええ。あの時に出会ったクズの顔は忘れたけど』


 これは覚えているな。まあ、俺も何となく思い出したよ。


 すると、ライラがエリーとは反対の方に並び立った。


「エリーさん、あの時は本当にありがとうございました。あなた方は私たちの命の恩人です」

「私たち?」

「ええ。捕らわれていた4人の子供たちは、皆元気に暮らしていますよ?」

「そうか……それは良かった」

『ええ。それは本当に良かったわ』


 嬉しそうに話すライラに笑顔で応じると、すぐさま居住まいを正す。


「恩人のお二人と再会できたことは嬉しい限りですが、部隊を移動させるよう指示してきますので、一旦失礼しますね」


 そう言って、ライラは俺たちから離れ、レヴィンと共に少し離れた場所で待機していた帝国兵部隊の方へと向かう。

 すると、彼女と入れ替わりにヘレナが傍に笑顔で近づいてくる。


「偶然でしょうけど、再会出来て良かったですね」


 そうヘレナに言われ、俺は素直に頷いた。


「うん。あの時はまだ小さい女の子だったのに、今では立派な騎士だもんなぁ」

『ブラブラしているどこかの誰かさんとは大違いね』

「分かってて言ってるよね、それ」

「ふふっ、本当に仲がよろしいのね」


 ヘレナが俺を見ながら微笑むと、エリーは小さく首を振る。


『15年前から一緒ですものね』

「まぁねぇ」

『これでは、当分恋人獲得活動は出来そうにないわね』

「そんな事無いぞ?」

『……何で?』


 俺はヘレナに視線を向けると、エリーは小さくため息を吐く。


『止めておいた方が良いわよ?』

「何で」

『……忠告したわよ?』


 ん? 大人しく引き下がったな……。

 という事は、ヘレナさんは脈アリということだな!

 うむ。ならばここは、頼りがいあるお兄さん風で行くべきだな。


「ヘレナさん。良かったら今度食事でも一緒に行きせんか? ご馳走しますよ?」

「え?」

『……はぁ』


 やはり一番最初に出会った際には、一度食事を通じて親睦を深める必要があるよね!

 まあ、ヘレナさんは首を傾げているし、エリーはため息を吐いているけど、この際気にしない。


「あら、誘ってくださるの? 嬉しいわ」

「ほ、本当ですか!?」


 エリーはため息交じりに首を振るが、いつもみたいに邪魔してこないとは珍しい。

 当のヘレナはニコニコしている。やっぱり美人の笑顔は癒し効果抜群だねぇ。


「では、婚約者と一緒に伺いますね!」

「はい?」

『……くくっ』


 こ、こんやくしゃだと……?


 俺は唖然とする。


「ハ、ハイ。モチロンデスヨ」

「では、楽しみにしていますね」


 笑顔で返され、俺の心は砕け散る。

 それでも答えた精一杯の回答。俺って偉い。


 そんな中、俺の棒読み言葉を聞き、エリーは笑いを堪えるかのように背を向けている。


 ムカツク。


 とはいえ、有言実行するのみだ。


 どうせ失恋したんだ、記念に精一杯のご馳走して差し上げようじゃないか!!





 そんなダリルとヘレナのやり取りを見ていたエリーは、ヘレナの左手薬指に嵌る指輪を再度見つめ、再び堪える様に声を押し殺して笑うのだった。

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