第50話 俺って犯罪者なの?

「ま、魔力が暴れるって、どういうことで?」


 話している内容が結構凄い事なのに、ニコニコとした表情を崩すことなくそう言い切るポーラのおかーさんに、俺は若干焦りながら尋ねると、うーんと唸り、若干目を上に向けて首を傾げる。


「えっと~、エリーさんを守っている光の精霊さんが~、光の魔力を得ることで闇や無の力と反発しあうと思うんですよね~」

「つまり?」

「エリーさん~、おかしくなるかも~?」

「ダメじゃん」

「でも~、魔力を分けてあげないと~……」


 急に目を細め、俺を見つめながら傍に近づいてくる。


 俺がたじろぐのも構わず、フィラエルは俺の正面に立ち、そしてそっと耳元に口を近づけて小さく囁く。


「消えるわ」


 小さな一言を聞き、俺は目を見開く。


 魔力を分けると暴れ出すけど、分けなければ消えてしまう。

 そんなの、選択肢は一つしかないじゃないか……。


 そんな俺たちの傍に、エリーが近寄る。


『……どうしたの?』

「ああ…………まあ、なんだ。色々聞いて混乱するよな」

『そうね……。で、フィラエルは何と?』


 何と言えばいいのか。

 俺はフィラエルに視線を向けるが、当の彼女は微笑みを浮かべたままだ。


「……エリー、光の魔力を、受けた方が良い……と思う」


 俺の言葉を聞いたエリーは、俺の正面へとふわりと立ち、微笑みを浮かべる。


『それは、フィラエルの話しを聞いた上での意見?』

「……ああ」

『そう。わかったわ』

「ま、待ってくれ」


 背を向けたエリーに、俺は思わず声をかける。


「不安……だよな?」

『そうね。いきなりの話しで考えが整理できないけれど、不安と聞かれれば不安としか答えられないわ。でも……』

「でも?」


 俺の方を向くエリーの表情を見て、思わず俺は息を飲む。


 驚くほど、美しく微笑んでいたからだ。


『身体が現存しているのを知って、喜んでいる私がいるの。不思議よね……』

「そ、そうなのか?」

『ええ』

「やはり、身体が欲しいか?」


 俺の問いかけに少しだけ首を傾げると、すぐさま寂しそうに微笑み、そして小さく俯いた。


『……ええ。元に戻れるなら、戻りたい』


 微笑みを浮かべたままそう告げると、踵を返してシュヴァルツァーの方へと向かう。


『光の魔力を受けるのは良いとして、いつ受けられるのかしら?』

「すぐにという訳にはいかない。精霊大樹に巫女が依頼し、光の精霊の助力を得る必要がある。フィラエル、どれくらいで用意できるか?」

「そうですね~、2・3日必要かしら~」

「わかった。エリー殿、ダリル殿、ポーラ。それでよろしいかな?」


 頷く俺たちを見たシュヴァルツァーは、再び立ち上がった。


「では、3日後。またここでお会いしましょう」


 そう告げると、シュヴァルツァーはゆっくりと頷き、俺たちはその場から離れた。





「という訳で、3日後に光の精霊の魔力を受けることになったのだが、それまでは自由時間という事で良いんだよね?」


 トルティアの案内で精霊大樹の麓に戻り、洞を出たところで改めてエルフの街並みを見る。

 やっぱりノルドラント王国とか、フランティア聖王国とは違った雰囲気があって趣深いと言うか何と言うか。


 まあ、そもそも町全体がそもそも“木”なんだよね。


 自然。特に樹木と共に生きている環境というのがとても良い。

 まあ、通りゆくエルフの住人からは物凄く見つめられるのだけどねぇ。


「……そう言えば、この街には酒場はあるのかな?」


 今までの重い雰囲気を一掃しようと思って言っただけの質問に、先頭を歩いていたトルティアが笑顔で返す。


「あります。人種族の国にはあまり流通していないと思いますが、精霊樹の花から集めた蜂蜜酒が主流です」

「は、蜂蜜酒!? 美味しそうだねぇ」


 そんな会話を交わしていた俺の傍に、エリーが腰に手を当てながら顔を覗き込んできた。


『……恋人獲得活動再開ですか?』

「ば、馬鹿な! 違うぞ? 異文化交流は必要だと思うんだよ。うんうん」

『異文化交流なら毎日しているじゃない』


 俺に寄り添う様にしながら、呆れた表情を浮かべてそう呟く。


「え? した覚えないよ?」

『毎日毎日、エルフや霊体などと交流してるでしょ?』


 何それ。


 そう思ってエリーを見ると、視線が俺やポーラを行き来する。


「あのね、それは交流とは言わないでしょ」

『じゃあ何なのよ』

「うーん……日常?」

「あら~、そんな日常羨ましいわ~」


 急に別の声が聞こえたかと思うと、俺の腕が急にやわらかな感触に包まれる。


「「「は?」」」


 トルティアもポーラも、もちろん俺も驚いた声を上げ、柔らかな感触のする方に目を向けると、何故かニコニコ笑顔のフィラエルが俺の腕に絡みついていた。


「わたしも混ざりたいわ~」

「ダメ」

『ダメ』

「み、巫女様……それは流石に……」


 ポーラとエリーは即座にフィラエルを引きはがしにかかり、トルティアは困った表情で苦笑いを浮かべてため息を吐く。


「なんで~? どうして~? こ~んなにもあったかい魔力なのに~」

「お母さまはお父様がいらっしゃるでしょっ!」

「ダーリンはダーリンよ~?」

「ま、まだダーリン呼びしてるのっ!?」

「そうよ~? だって~、可愛いんだもの~」

「か、可愛い……そんな風に思えるのはお母さまだけだわ……」


 呆れた表情をするポーラのすぐ側で、フィラエルの腕を引き離して抑え込んでいるエリーが小さくため息をつく。

 

『……一体何なのよ、この一族は』

「一族~? 私はあったかいからダリルが好きなのよ~? お母さまもきっとそうだと思うわよ~?」

『……そうなの?』

「ええ~。だって~、お母さまも後天的に光の精霊の加護を受けているんだもの~。ダリルさんの魔源者デモニクライアとしての魔力は魅力以外の何物でもないわよ~?」


 その発言を聞き、エリーとポーラは俺をキッと睨みつける。


「ダリル。酒場に行きたいって言っていたわね?」

『ダリル。酒場に行くって言ったわね?』


 ほぼ同時に問いかける二人に、俺は思わずたじろぐ。


「あ、ああ。言ったけど、あくまでも異文化交流がしたいだけであって、恋人獲得とか考えていない……………………よ?」

「間が空きすぎ。有罪ギルティ

『鼻がひくついた。有罪ギルティ


 何、この見事な連携。


「ま、待って! 俺は純粋に蜂蜜酒を飲みたくてだな」

「それなら私が部屋まで持って行ってあげるから、遠慮しないでっ!」

『それなら問題ないわね』

「私も持っていくわ~」


 いつの間にか、何事も無かったかのようにして、笑顔で俺の腕に絡まってきたフィラエルがそう続くと、ポーラは頬を膨らませる。


「お母さまはダメ!」

「え~、どうして~?」

「準備があるんですよね!? 2・3日かかると言っていた準備です!」

「今日はみんなの歓迎会をしたいわ~」

「ダメですっ!」


 俺から引き離したポーラが、フィラエルの正面に立ち、腰に両手を当てて顔を寄せる。


「お母さま! 光の巫女としてのお仕事をキチンとやってくださいまし!」

「クスン。優しかったポーラはもう居ないのねぇ~。お母さまは悲しいわぁ~」


 泣き真似するフィラエルの顔を覗き込むポーラ。


 すると、途端にフィラエルが小さく舌を出して笑顔になりながら顔を上げた。


「ふふふ~。ポーラも立派になったのね~。お母さまは嬉しいわぁ~」

「は、はい?」

「いいのよいいのよ~。お母さまはお仕事に勤しむから~。娘が大好きな男性とイチャイチャするのを尻目に~、お母さまはお仕事で~、独りぼっちで寂し~く小屋の中でお祈りをし続けるわ~」


 そう言うと急に手を前に出し、首を横に振る。


「いいのよいいのよ~。別に~、たった100年ぶりに帰ってきた娘とお話したかった~なんて我が儘は言わないわよ~。うん~。いいのよ~。私はお仕事で~、あなたはイチャイチャ~。ぜ~んぜん、構わないわ~」


 あ、これ、完全に拗ねてるぞ。


 ふと視線に気がつき周囲を見ると、いつの間にかエルフの人だかりが俺たちを囲んで遠目で、怪訝な表情をして見守っている。


「お、お母さま、ちょっと待って」

「いいのよ~。娘にとって~、だ~いじな男性との逢瀬だものね~。お母さまは邪魔よね~。久しぶりの再会で嬉しいお母さまの心は~、お仕事に向くべきよね~」


 ポーラが困り果てた表情をしている。

 エリーを見ても同じだ。


 あ、トルティアが頭を抱えた。


 うん。なんだかその気持ち、物凄く理解できるぞ。


 見ていられなくなった俺は、若干うな垂れているポーラの耳元に顔を寄せる。


「ポ、ポーラ。ここは折れた方が良いと思うぞ?」


 こっそり耳打ちすると、彼女は若干困惑した表情を浮かべながら小さく頷いた。


「わ、わかりましたわ。お母さまも一緒に……」

「あら~嬉しいわ~。じゃあ、早速お部屋に向かいましょう~」


 そう言って俺の腕に絡まり、ぐいぐいと引っ張られていく。


 ちょっと待って欲しい。

 俺は、エルフのこの街で、新たな出会いをしたいだけだ!!

 人妻じゃないんだ!


「……ダリルさん~?」


 急に足を止め、ゆっくりと俺に視線を向けるフィラエル。

 どういう訳か、俺はその細めた目をした彼女の顔を、心に大量の汗を流しながら見つめ返す。


「は、はい?」

「……人妻は好き?」

「はいぃ?」


 時が止まった。


「ちょっと待った!!!!」

『ま、待ちなさい!!!!』

「み、巫女様!!!!」


 3人が大慌てて俺の真正面に立ちはだかると、フィラエルはコロコロと笑い始めた。


「冗談ですよ~。うふふ~」


 冗談だったのか……。焦った。


「はぁ……まったくもう……。じゃあお母さまも来るのなら、ダリルの魔力を抑える訓練、手伝ってくださいね?」


 はい?


『え? これからやるの?』

「勿論よ。このままだと、被害者が増えてしまうわ」


 被害者って……。俺は犯罪者かっ!?


「え~。勿体ないわ~」

「魔力抑制訓練の承諾が、一緒に蜂蜜酒を飲むための条件です」


 残念そうな表情をするフィラエルに、ポーラは毅然とした態度で言い放つと、しぶしぶ頷く光の精霊の巫女。


 いやいや。

 精霊の巫女様が、こんなんで良いのだろうか?


「少し残念ですけど~、わかったわ~」

「じゃあ、行きましょう」


 そう言いながら、フィラエルの絡まる反対の腕に絡みついてくるポーラ。


 う、嬉しいけど……なんだろうか、複雑だ。


 周囲のエルフたちが好奇の視線を向けてくる中、トルティアは咳ばらいをし、再び宿舎の方へと向かう。

 まぁ、エリーがポーラとフィラエルを俺から引きはがそうとしたのは言うまでもない。





 その日の夜。

 俺の部屋に集まったポーラとフィラエルは、用意した蜂蜜酒を飲みながら俺に魔力抑制の方法を伝えてくる。

 二人はかなりのペースで蜂蜜酒を飲んでいるのを見て、異文化交流を阻止された俺は、せめて美味しそうな琥珀色の蜂蜜酒を飲もうとするのだが、何故か魔力制御訓練をする様に諭され、全く飲むことが出来なかった。


 まあ、1日2日で習得できるはずも無いのだが、夜更けまで容赦なくしごかれ、結局俺は蜂蜜酒を飲めぬままその日は終わりを迎えた。





 教えられたとおりに魔力を抑える練習をしていると、いつしか蜂蜜酒を何本も空けたポーラとフィラエルが、酒瓶片手に気持ちよさそうに眠ってしまった。


 流石にそのままにしておく訳にはいかない。なので仕方なく俺のベッドに二人を横にさせ、そのまま布団を被せる。


 母娘揃って気持ちよさそうな寝息を立てて眠る姿に、思わず苦笑いを浮かべる。


 そんな二人を見ながらため息を吐くと、近くにある椅子に腰を掛け、思わず思い浮かんだ言葉を呟く。


「理不尽だ」

『日頃の行いよ? ダリル』

「こんなにも、日常は清く正しく美しく生きているはずなんだけどねぇ」

『ふふっ。信じて欲しくば、魔力抑制の方法をマスターすることね。ダリル』

「へいへーい」


 微笑みを浮かべながら、俺の肩にしなだれかかるエリー。


「とはいえ、この魔源者デモニクライアの力に左右されずに、俺の事を好きになってくれる人は居るのかなぁ」

『……いるわよ』

「だといいけどね?」


 椅子に座りながら、俺は思わず背もたれに全体重を預けて天井を見上げる。


「はぁ……彼女が欲しい」

『……声に出てるわ』

「声に出してるの」


 そう言った途端、思わずあくびをしてしまう。


『今日は椅子で寝るの?』

「そうしようかな……ベッドは二人に占領されてるしね」

『そう……じゃあ、この毛布を使うと良いわ』


 そう言いながら、エリーは俺に短めの毛布を渡してくる。

 いつ見ても凄い魔力操作技能だ。


 そんなやり取りを経て、俺は腕組をしながら再びあくびをする。


『もう寝た方が良いわ』

「……ああ、そうする。じゃあ、おやすみエリー」

『ええ。おやすみ、ダリル』


 腕を組んで俯くと、あっという間に睡魔が到来し、意識を手放したのだった。

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