第49話 カラダ

「驚くのは無理もない。ずっと闇や無の魔法しか使えなかっただろうから」


 そう言って話し始めるシュヴァルツァーに、エリーは首を傾げた。


『私も、光の魔法を使えるのかしら?』

「無理だろうな」

『……そう』


 シュヴァルツァーは小さく首を振り、エリーは複雑な表情を浮かべて俯く。


「そもそもエリー殿は無の力は強力だ。しかもそれを補完するように闇もまた強力になっておる。となれば、光の精霊が弱まってしまうのも仕方がない事だ」


 そう言い、フィラエルに視線を向ける。


「光の精霊は、まだ離れていないんだね?」

「離れてないわ~。そう考えると~、とても凄い事よね~」


 凄い? 何が凄いのかが理解できない。

 そう思って、傍にいるポーラにこっそり尋ねる。


「なあ、何が凄いんだ?」

「……精霊って、滅多に人を守護しないの。でも、一度守護すると決めた場合、ずっと寄り添う様になるのだけど、自らの根源となる力が弱まると自分の身を守るために離れてしまうのよね」

「じゃあ、ポーラを守っているセフュロスも同じなのかい?」


 俺の質問にポーラは首を振る。


「いいえ。私の場合はセフュロスと契約して繋がってる。契約している精霊の場合、どんなことがあっても離れる事は無くなるわ。まあ、契約そのものが大変難しいのだけど……。でも、エリーちゃんの場合は違う。契約もせず、しかも自分の根源となる力が弱まっているのに、精霊自らの意思で護り続けているなんて普通では考えられないのよ」

「待ってくれ。だとしたら、エリーを守る精霊を、ポーラも見る事はできるのか?」


 俺の質問に、ポーラは小さく首を振る。


「残念ながら、私には見ることも感じる事も出来なかった。精霊と一緒に過ごしていながら解らないなんて、正直ちょっと悔しいわ」


 すると、俺たちの話しを聞いていたのか、フィラエルがそっとポーラの傍に歩み寄る。


「そんなことないのよ~。だって~、エリーちゃんを守っている精霊は~、自ら気配を隠していたのだもの~。光の精霊と契約している者でなければ~、感じる事も~、見る事も~、出来ないわよ~?」


 ポーラと話すフィラエルの話しを聞いても、全く理解が追い付かない。

 首を傾げて唸る俺に、シュヴァルツァーは苦笑いをしながら頷いた。


「つまり、エリー殿は無と闇の力が強力なのに、反対属性の光の力が非常に弱くなっているのに守り続けている事が不思議だという事だ」


 そう言いながら、エリーを見上げる。


「で、エリー殿。あなたは光の精霊が守ってくれているというのは理解できるかな?」


 シュヴァルツァーの問いかけに、エリーは小さく首を振った。


「そうか……では、これだけは覚えておいて欲しい。忠告とも、言うかな」


 エリーに真剣な眼差しを向け、次いで俺にも視線を向けてくる。

 目が合った直後、シュヴァルツァーは瞼を閉じ、小さく告げた。


「これ以上、悪霊を取り込んではならん」


 告げられた内容に、エリーが思わず反論する。


『……え?』

 

 エリーが疑問の声を上げると、シュヴァルツァーは小さくため息をつく。


「悪霊は、貴女を狙っている」

『え? 私を?』

「そうだ」

『何故、私?』


 驚く表情を浮かべるエリーの瞳をじっと見つめる。


「……質問を変えよう。エリー殿とはこうして会話が出来るが、不思議に思ったことは無いかね?」


 突然の問いかけに、エリーだけでなく、俺も意味が解らず首を傾げる。


 何を言っているんだ?


 俺はそう尋ねるシュヴァルツァーをじっと見つめ、次いでエリーをちらりと見る。

 彼女は真剣な表情をしたまま、じっとシュヴァルツァーを見つめたままだ。


『考えた事がありません』

「……魔霊は、意思疎通できるかね?」

『リッチならば可能では?』

「なら、悪霊は?」

『言ってることが無茶苦茶な事が多い様に思いますけど、話すこと事態は可能ですね』

「何故だろうか」

『……わからないです』


 エリーは小さく首を振り、シュヴァルツァーは小さく頷く。


「意思疎通可能な霊体は、自らの意思で肉体を代償に膨大な魔力を得ている事が多い。意思疎通出来ない魔霊やアンデッドなどは、自らの意思で肉体を代償としていないのは理解できると思う。では、悪霊はどうか。彼らの事は、我らは魂縛霊イスピリニアラムと呼んでいるね? そもそも、彼らは自らの意思で肉体も魂も全てを魔神に捧げ、その見返りに膨大な魔力を得ている存在だ。つまり、依代よりしろがあるという事だ」


 一度話を区切り、シュヴァルツァーはふぅとため息をつくとそのまま続ける。


「だがエリー殿は、魔神召喚儀式の際に、肉体から魂を強引に引き離された存在。故に肉体を依代にしていないにもかかわらず、悪霊と同等ともいえる膨大な魔力を有している。何故だ?」


 シュヴァルツァーの話しを聞くエリーは、少しばかり困惑しているように見えた。


『今の私が、魂だけの存在だから?』

「なるほど。ですが、意思疎通を図るためには、依代を代償にしなければならない。だが、エリー殿は代償とすべきものを捧げていない。それに、仮に魂だけの存在ならば、過去の思念に縛られ、新たな発想そのものが出来ない。だが、エリー殿は我らと普通に会話をしている。この意味、理解できますか?」

『は、はい……』


 シュヴァルツァーはじっとエリーを見つめる。

 すると、何故かエリーはチラリと俺の方に視線を向ける。


 非常に複雑な思いが絡まる、何かに縋るような表情。


 そんなエリーを、俺はただ見つめるしか出来ない。

 状況が飲み込めず、見守ることしか出来ないからだ。


 そんな俺の気持ちを察してか、少し俯き、小さく首を振った。


『な……ならば、私は一体……?』

「……あくまでも推論ですが」


 シュヴァルツァーがすっと立ち上がり、目を細めてエリーを見据える。


「……貴女の肉体は、まだこの世に存在している」

『……え?』

「「え?」」


 シュヴァルツァーの告げた言葉に、エリーだけでなく、俺やポーラも衝撃を受ける。 


 800年以上経過しているのに、エリーの身体が存在している?


 もしもその話が真実ならば、エリーは、エリーは死んでいないという事なのか?


 俺たちの反応を見ながら、シュヴァルツァーは小さくため息をつく。


「魔人召喚儀式の際、ファレン教会教皇ラーゼライトは、エリー殿を魔神復活時の器にしようとした。だが、ラーゼライトは、あの時既にラーゼライトではなかった」

『え?』


 意味が解らず、エリーが声を出す。

 すると苦笑いを浮かべてシュヴァルツァーは小さく頷いた。


「……トレスディア皇国滅亡の原因となった、あの魔神召喚を最も推していた者がいる。彼奴は皇国随一の頭脳と呼ばれ、失われた数々の古代魔法を復活させたことから大賢者の異名を持っていた男だ。エリー殿はご存じですな?」

『え? ええ……大賢者ルードですね?』


 エリーの答えに、シュヴァルツァーは静かに頷く。


「その通りです。彼奴はかなり早い段階から、魔人召喚について研究を重ねていました。そして魔神こそが皇国を救うと声高に唱え、人々は彼に付き従った。だがそれは、彼奴の洗脳によるものだと知り、討滅騎士団ベグラレンリッタは彼奴を処断した。だが彼奴は、討滅騎士団ベグラレンリッタによって打倒されたその時には既に、ルードではない別の者になっていた」

『別の者?』


 杖を床に着き、ゆっくりと背を向ける。


「魔人召喚儀式の最中、彼奴はあの場にいたのですよ」


 それを聞き、エリーが急に驚いたように声を上げる。


『え? ま、待って! 彼はあの場には居なかったわ』


 だが、シュヴァルツァーはゆっくりと首を振った。


「そうです。確かにルードの肉体はその場にいませんでした。ですが間違いなく、彼奴はいた。エリー殿を贄に差し出したラーゼライト。彼こそ、ファレン正教会教皇こそ、ルードなんですよ」


 再びこちらに身体を向けると、驚く表情を浮かべるエリーを寂しげな表情で見つめる。


「どのような呪法で乗っ取ったのかは不明ですが、間違いなくラーゼライトはルードに身体ごと乗っ取られていました。その彼奴が、最後の最期で貴女を魔神の器とするために闇に飲み込ませた。ですが、それはリテシア皇女と2人の皇子の決死の抵抗により、貴女の魂を肉体から引き離すことで、魔神召喚儀式そのものが失敗に終わったようですがね」

『……教皇が、ルード……?』

「信じられないでしょうが、間違いありません。結局、リテシア皇女も自身の肉体と引き換えに貴女の魂を肉体から引き離したのですが、二人の肉体は闇へと飲み込まれました。なので、これまでの経緯を考えると、貴女の肉体はまだこの世に存在していると考えられるのです」

『……でも、だからといって悪霊が私を付け狙う理由にはならないのでは?』

「なるほど。一見そう思いますが、悪霊は魔神の眷属その者なのですよ。その悪霊が、貴女の魂を取り込み、再び貴女の肉体と一体化すれば、魔神復活は可能になるのではないか、そう儂は考えているのです。なので、儂の考えを総括しましょう」


 そこまで話すと、シュヴァルツァーは再び自分の席に腰を掛けてエリーを見上げると、ふっと人差し指を指を立てる。


「一つ。まず、悪霊はエリー殿を狙っている。それは貴女の肉体が存在しており、貴女の魂を取り込むことで肉体と一体化させ、魔神の器とさせようとしている可能性がある」


 指を二本立てる。


「二つ。エリー殿は光の精霊によって護られており、精霊から膨大な魔力を受け取ると共に、それによって無と闇の力を抑制している可能性がある」


 指を三本立てる。


「三つ。魔神の眷属を吸収し続ける事で、光の精霊の抑制が効かなくなり、魔神に近い存在になってしまうのではないかという可能性」


 そこまで告げると、シュヴァルツァーはエリーをじっと見据えた。


「以上の推測から、儂が悪霊を取り込むのは止めるべきと言ったのだ。忠告の真意、わかりましたかな?」


 そう告げられたエリーは、シュヴァルツァーを見つめたまま、ゆっくりと頷いた。


『ええ。あくまでも推測という前提でしょうが、理解しました』

「それは何よりです。それで、フィラエルの出番なのだが……」


 そう言ってフィラエルに視線を向けると、当の本人はニコニコした表情のままエリーとシュヴァルツァーを見ていた。


「ええと~。光の精霊に力を分けてあげれば良いのですよね~?」

「そうだ。そうすれば、エリー殿の無と闇の力は更に抑制され、光の力によってエリー殿を忌まわしき魔神召喚儀式の流れから救えるやも知れないからな」

「わかりました~。でも~、大丈夫でしょうか~?」

「ん? 何がだ?」


 フィラエルが微笑みを浮かべたまま、指を顎に当てて小さく首を傾げる。


「このまま力を分けてしまうと~、もしかしたら魔力が暴れるかもしれませんよ~?」


 笑顔で告げるその内容は、結構とんでもないものだった。

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