第48話 五大老の間

 俺に笑顔を向ける美しい女性が目の前にいる。


 ポーラのお母さんで教皇の娘さんで光の巫女で……。


 うん。訳わからん。


 いや、それよりも挨拶か。


「あ、あの、私はですね、ダリルといいます」

「はい~…………?」


 俺が頭を下げて挨拶すると、相変わらずニコニコしたまま俺を見つめるフィラエル。


 少し首を傾げたかと思うと、おもむろに柔らかそうな唇が小さく動く。


「ダリルさん~」

「は、はい?」

「好きっ」

「は? ……うぉっ!」


 急に抱き着かれる。


 俺と同じくらいの身長だから、抱き着かれて頬をスリスリされるわ、ぎゅうぎゅう押し付けられるおっぱいがありがとうございます。


「ちょ! お母さん!!!」

『何っ!? 何なのよこの一族!?』


 慌てるポーラにエリーが引きはがしにかかるが、そのたびにおっぱいが俺の胸で暴れまくる。


 うん。されるがままってスバラシイ。


 強引に引き離され、人差し指を唇に当てながら物凄く寂しそうな表情をするフィラエルに、ポーラは両手を腰に当てて猛烈に非難する。


「急に好きとか言って抱き着くのっておかしいでしょ!?」

「え~? おかしいの~?」

「あ、当たり前じゃない!」

「でも~、とってもポカポカするのよ~?」

「知ってる……知ってるけどっ」


 親子で相対する姿は少しほのぼのとさせられるが、それよりも、俺の前に仁王立ちするエリーを見て現実に戻される。


『無防備すぎるわ』

「え? あ、あれって不意打ちでしょ? 俺にどーしろと」

『避けなさいよ』

「無理」

『"ばっ”ときたら"さっ”と避ける!』

「は?」

『避ける!』

「だから急には無理だって」


 俺に顔を近づけ、眉間に皺を寄せながら更に詰め寄る。


『で、柔らかかった?』

「何が?」

『あれよ』


 視線がフィラエルの胸に向く。


「うん」

有罪ギルティ


 何で!?

 素直に頷いただけじゃんか!


 痛いっ!

 痛いから頬っぺたつねらないで!


「はぁ……もうお母さん、話が進まないから」

「ふふっ。進めなくしているのはあなたたちじゃない~」

「そ、それはそうかもしれないけど」

「まあいいです~。ところで貴女は~?」


 親子同士の話し合いは終わったようで、俺の頬をつねるエリーに視線を向ける。


『私?』

「そうです~。私さんです~」

『私はエリーよ。よろしくね』

「はい~。よろしくです~…………貴女、不思議な人ね~?」

『不思議? まあ、こんななりですしね』


 何気ないエリーの回答に、フィラエルは小さく首を振る。


「霊体だからじゃないですよ~」

『じゃあ、どうしてかしら?』


 苦笑いを浮かべたエリーに、フィラエルはこれまでの表情を一変させた物凄く真剣な眼差しを向けた。


「護られてますね?」

『え?』


 急に間延びしなくなるフィラエルの言葉に、エリーは意味も解らず首を傾げる。


 だが、すぐさま柔和な笑みを浮かべると何でもないと言わんばかりに首を振った。


「……また後で確認しましょう~。ところで~、お母さまからの書簡を持ってきているのですよね~?」

「え? あ、ああ。はい。持ってきています。今お渡ししますか?」

「いえいえ~、結構です~。それよりも~、私と一緒に長老の所へ行きましょう~」

「え? 今から??」


 ポーラの疑問に答えることなく小屋の扉を閉めると、俺たちの間を通り抜けて立ち止まったかと思うと笑顔で手を振りながら振り向く。


「は~い、行きますよ~。久しぶりのお散歩嬉しいな~」


 お子様みたいな人だな。ホント。


 というよりも、本当にポーラのお母さんなのか?

 どちらかと言えば、妹?


 そんな事を思ってポーラを見ると、額に手を当てて小さく唸っている。


「お母さん……子供みたいな事を言わないで」

「嫌です~。ずっと小屋にいたのだからいいでしょ~?」

「え? ずっとって、外に出たのは何時ぶりなのですか?」

「う~ん……昨日ぶり~?」

「ずっとじゃないじゃんかっ」


 思わず突っ込んでしまうと、俺を見つめてニヤリと笑う。


「やっぱり好き~、またぎゅーってしましょうね~」

「ダメ」

『ダメです』

「ぇ~」


 反応早っ!


 それよか俺の意思は?


「じゃあ行きましょ~」


 ニコニコ笑顔で来た道を戻って行くフィラエルの姿を見てハッとし、俺たちは慌てて後を追うのだった。





 フィラエルを先頭に、先ほどの魔法陣の所まで戻ると、すぐさま別の場所へと飛ばされた。

 今度は大樹の中の様で、大きな洞穴のように開けた場所だった。

 壁には魔力灯が青白く灯り、周囲を明るく照らし出している。


「五大老の間です」


 そう告げたのはトルティアだ。

 彼は、ここが自然と作られた場所だという事をそっと教えてくれた。


 そんな大きな洞穴の様な場所の奥に、5人の薄紫色のローブを身に纏った人物が座っている。


 皆がそれぞれ長い古木の杖を持っているのだが、見た感じ30台にしか見えない彼らは、フィラエルが入ってくるのを確認して立ち上がる。


「何用か?」


 中央に座る男が低く告げると、すぐ傍まで歩み寄ったフィラエルがにっこりと笑顔を浮かべて頷いた。


「ええ~。彼がダリルです~。教皇の書簡をお持ちになったので、お連れしましたよ~」

「……教皇の?」


 薄紫色のローブを着た男が俺に視線を向けると、俺の傍まで歩み寄り、そしてフードを取り去った。


「儂はシュヴァルツァー。教皇ティリエスの夫であり、この国の長老を務めている。貴殿が悪霊を使役する者か?」


 本日3度目の驚愕の事実キマシタ。


 そう俺に名乗った男性は、どう見ても30台後半にしか見えない。それに、あのティリエスの夫だといった。という事はつまり、ポーラのお爺ちゃんなわけだ。


 まあ、相変わらずイケメンですね。


 とはいえ、用事があると言うのは、たぶんエリーにだよな……。


「えっと、はい。ダリルと言います。エリーにお会いになりますか?」

「そうだね。だが、まずは書簡を見せておくれ」

「失礼しました。これです、どうぞ」


 そう言って書簡を差し出すと、小さく頷いて受け取り、その場で読み始める。


 しばらくして「ふむ」と頷く。


「エリー殿はおられるのか?」

『ええ。ここにいるわ』


 俺のすぐ隣に現れたエリーを見て、シュヴァルツァーは目を見開く。


「……なんと……真だったか……」

『初めまして……ではなさそうね?』

「ああ……ああ。初めましてではない。だが、直接儂と会ったわけではないから、無理もないがね」


 そう言って、他の4人の薄紫色のローブを身に纏う者たちを一瞥する。


「一度座らせてもらっても良いかな?」

『どうぞ』

「すまぬ。流石に歳には勝てぬ様でな……」


 先ほどの席に腰を下ろすと、エリーを見上げてそっと頭を下げる。


「もう知っている事だろうが、儂はトレスディア皇国の討滅騎士団ベグラレンリッタに所属していた騎士だった。お会い出来て光栄です、皇女殿下」

『その呼び方はもういいわ。既に滅んでいるのだから』

「まあ、それはそうなのですが……まあ良いでしょう。まずは話をする前に、フィラエルを交えて話をしたいのだが、構わんかね?」

『問題ないわ』


 ため息をつき、すぐ傍にいたフィラエル手招きする。


「何ですか~?」

「話をするので一先ず聞いておくれ」

「どうぞ~」

「うむ。ダリル殿にポーラ。そなたらも良いかな?」

「はい」

「ええ」


 俺とポーラが頷くと、杖を持ち直してエリーを見上げる。


「まず、魂縛霊イスピリニアラムを取り込んでいると聞くが、それは真か?」

『ええ。事実よ』

「今までに何体取り込んだかな?」

『……3体よ』

「ふむ」


 眉間に皺を寄せ、そのまま俯くと、深く息を吐き出し、再び顔を上げる。


「ちなみに、何を取り込んだ?」

『何というと?』

「根源だ」

『水、闇、無よ』

「その主は?」

『……水はアシュイン。闇は名もなき者。そして無がアプグラント』

「名もなき者というのは?」

『ベルガモート帝国からノルドラント王国へ逃れた際に、偶然立ち寄った廃村で出会った存在のことよ。既に消えかけていたのだけど、取り込んで欲しいという意思が伝わって来たのから取り込んだわ』

「そうか。その者が闇の根源を追う者だったのだな?」

『恐らく。あの者を取り込んでから、闇魔法が強くなったから』

「なるほど。で、そもそも皇女殿……いや、エリー殿は無を根源にしているのではないかね?」

『その通りだけど、どうしてそう思うの?』

「やはりそうか……」


 そこまで聞いて小さく頷くと、不意にフィラエルの方に視線を向けた。


「感じるか?」

「ええ~……感じますね~」

「やはりそうか……」


 頷くフィラエルを少しばかり寂しげな表情で見つめるシュヴァルツァー。

 そんなそのやり取りを、俺は全く意味が理解できずに見ている。


 そもそも、一体何の話をしているんだ?


 そう疑問を持った時、シュヴァルツァーから声をかけられる。


「ダリル殿、ちょっと良いか?」

「え? あ、ああ。どうぞ」


 急に俺に話を振られ、視線を合わせて少し慌てながらも頷く。


「お主は、魔源者デモニクライアだね?」

「えっと……はい、恐らくは」

「ふむ……だが、間違いなく貴殿は魔源者デモニクライアだ。こうしていても魔力の波動を感じるからね」


 そう言って、俺に手を翳す。


「ふふ……こうすると皇国にいた数少ない魔源者デモニクライアを思い出す。とても温かい魔力の波動だ」

「そ、そうですか?」

「ああ。貴殿の魔力は優しく温かい。それ故に、娘も孫も、まあ妻もかな、惹かれてしまうのだろうな」


 そう言いながら小さく笑う。


 だが俺は笑えないぞ。

 なので苦笑いをするにとどめる。


「気にする事はない。それは魔源者デモニクライアの特徴とも言えるからな。ただ、君らの出す魔力の波動は、特に光の特性を持つ者を強く魅了する。その事はティリエスから聞いただろう?」


 そう言われ、俺はふと思い出す。


―あなたは魔源者デモニクライア。回復の魔法を扱える者や精霊……特に光の精霊などに守護された者からしたら、あなたの魔力はとても魅力的に映る―


「い、言ってましたね」

「うむ。ではそれを踏まえて聞いて欲しい」


 そう言って、シュヴァルツァーは俺たちに、特にエリーに視線を向ける。


「これはあくまでも私の推測だ。だが、妻……いや、教皇ティリエスやフィラエルの話しを聞くに、恐らく的を得た物だと確信している。その事を理解して聞いて欲しいのだが、構わないかな?」


 じっと見つめたまま尋ねるシュヴァルツァーに、エリーは無言で頷いた。


「うむ。では、エリー殿」

『はい』


 俺たちを見て目を細めるシュヴァルツァーは、ふぅとため息を吐きながら告げる。


「貴殿は、光の精霊の加護を……いや、光の精霊に護られている」

『え?』


 エリーは目を見開いた。

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