第47話 俺、手ぶらだぞ?
いつの間にか精霊正教国に入っていたようで、訳が分からないまま呆然と目の前の光景を眺めていた。
巨大な大木が空を覆い、周囲には光の粒子がキラキラと飛び交い、大小さまざまな樹木に築かれた数々の木造建築物が街を形成し、その間を通した橋の様な渡しを、浅葱色のローブ姿の者たちが緩やかに行き来している。
目の前でポーラがニコニコしながら大きく腕を広げているが、うん、相変わらずのおっぱいで安心ですね。
……というよりもだ。
さっきのは何!?
急にびゅーんって飛ばされたぞ!!
「ポ、ポーラさんや」
「ん? 何でしょう?」
「さっきの何?」
笑顔のまま首を傾げられても困るんですけど。
でも、可愛いから許す。
「え? 何っていうと?」
「いや、だからびゅーんって物凄い勢いですっ飛ばされたでしょ? あれって一体何なの?」
「……ああ! 精霊移動装置の事ですね」
なんだかすごい言葉が出てきましたけど。
「何それ」
「精霊の力をお借りして移動する装置ですね」
「どんな装置なの?」
「装置と言っても複雑なものではありません。例えて言うなら弓ですね」
「弓?」
「はい。矢の部分が荷台。弓自体が装置で、弦がセフュロスと言った感じですね」
「……わからん」
ごめん。意味が分からん。
「えっと……黄色い葉が茂った木がありましたよね? あの木は
俺は思わずぽかんとする。
だから何となく理解できたことを言ってみよう。
「……つまり、
「随分と穿った見方をされてるように思いますけど、まぁ、あながち間違ってはないですね」
「で、結局あそこからセフュロスがここまで飛ばしてくれたんだよね?」
「ええその通りです。いかがでしたか? 急でびっくりされたでしょ?」
小さく舌を出して微笑むポーラに、俺は何も言えずに首を振った。
「びっくりもなにも、すぐに転んじゃったから、何が何だか良くわからないままここに着いたもんなぁ。まあ、確かに驚きはしたけどね」
「また乗ってみたいですか?」
「うーん…………転ぶから微妙だなぁ……」
「後ろから抱きしめて差し上げますよ?」
「乗ります」
即答でしょ。そりゃ。
そんなやり取りをしているところで、中央の大樹の方から2名の鎧姿の者たちがこちらへとやって来た。
「ポーラ! 待ってたよ!」
「トルティアにセレステア。久しぶりですね」
「そちらこそ、元気だった?」
笑顔で会話を交わす3人。
トルティアと呼ばれたエルフは、ダークブラウンの短く整えられた髪に深緑色の瞳を持ち、均整の取れた身体に整った顔立ちをした男性騎士。ムカつくが女性受けすること間違いなしだ。
一方、セレステアは同じダークブラウンの長い髪を後ろで一つに纏め上げ、深緑色の瞳を持つ均整の取れた身体に整った顔立ちをした女性騎士。スタイルの良さも相まって物凄く綺麗な女性だ。うん。胸ばかりが全てじゃない。
そんな俺の寸評などお構いなしに、二人は俺に視線を投げかけていた。
「彼が例の?」
「ええ。ダリルよ」
「そう……彼が……」
視線を感じて小さく頭を下げると、二人のエルフの騎士も小さく頭を下げた。
「ど、ども」
うん。挨拶は基本だね。
「初めまして。精霊正教国護衛士のトルティアです。こっちが妹のセレステア。ようこそお越しくださいました」
「ダリルです」
俺が改めて頭を下げると、後ろにいたリルとクレナも頭を下げる。
すると二人にトルティアが微笑みを向けた。
「あなた方は儀式への参加者ですね? セレステアが案内しますから、指示に従ってください」
セレステアが優しく微笑み、姉妹と短く会話を交わしてその場を去る。
残ったトルティアが俺に向き直ると、小さく首を傾げた。
「ところで、貴殿には
『何か御用?』
急に現れたエリーに驚くトルティア。
だがそんな事を気にする事もなく、すぐさま俺の傍へとしなだれかかる。
「……コホン、失礼しました。しかしながら、本当に悪霊の様ですね」
『意思疎通できる悪霊がいまして?』
「……いませんね。大変失礼しました」
頭を下げるトルティアを一瞥すると、それを見かねたポーラがため息交じりに声をかけてくる。
「もう、エリーちゃんは意地悪しないの」
『意地悪なんてしてないわ。まあ、いきなり攻撃されるよりは大分ましだけど』
「ふふっ、そうね。で、光の巫女様は会ってくださるの?」
「はい。まずは宿泊先をご案内しますので、そこで荷物を置いていただきます。その後すぐさまお会いするそうです」
「そんなに早く……大丈夫なの?」
「ああ。フィラエル様はすぐにでも会いたいと言っておられたぞ?」
「長老様は?」
「後で会うそうだ」
「わかりました。ではダリル、行きましょう」
俺は頷き、先頭に立つトルティアの後に着いて行く。
俺たちが大樹の方へと向かっている間に、道行くエルフたちから好奇の眼差しが向けられる。
男女問わず、全てのエルフ達が見てくるのだ。
そんなに珍しいのか?
……珍しいんだろうなぁ。
「ダリル」
不意に傍に寄ってきたポーラが俺の腕を取る。
「後で魔力を抑える方法を教えしますから、ちゃんと練習してくださいね?」
「え? 出来るかな?」
「出来るわ。大丈夫。エリーちゃんも教えてくれるから」
『どうして私が?』
「このままでも良いの?」
周囲を見渡しながらそう言うポーラに、エリーは憮然としながら首を振った。
『むぅ……わかったわ』
「ふふっ。よかった」
俺の魔力に惹かれると言われても、あまり実感湧かないんだけどなぁ。
「新しい女性と知り合いになったら、そのうちずーっと傍を離れずに行動するようにしますからね?」
『あのね、それなら私が追い払うから問題ないわよ。というよりも、その腕を離しなさい』
「嫌ですっ」
『くぬぅぅ……しぶとい』
「まだまだですっ」
ポーラとエリーが相変わらず激しい魔力操作合戦を繰り広げる。
もちろん、こんな風にされて悪い気はしないんだけど……モテてるとはちょっと違うというか何と言うか……。
家族同士で喧嘩している感じ?
思ってたのとなんか違うんだよね……。
俺は天を仰ぎ、大樹に覆われた青々と茂る葉っぱを見ながらため息をついた。
トルティアに連れられてたどり着いた先は、精霊大樹と呼ばれる樹齢1万年を超えると言われる大木の麓だった。
麓という表現が変だと思うかもしれないが、大人が100人集まっても幹の周りを一周できない大きさだと言えばいいだろうか。
それに、見上げると樹木を覆うように雲が見えているが、幹は更に上へと伸びており、頂上部分が全く見えない。
そんな大樹には螺旋階段の様なものがぐるりと外周を回りながら天へと続き、一定の高さ毎で床板が敷かれ、階層を作り出している。
そんな様子を見てしまうと、この大樹が一つの街だと言っても過言ではないと思える。この樹は、それほどまでに大きかった。
その大樹の周囲には木造の建物が数棟並び建っている。その建物が、この大樹を守る兵士たちの宿舎になっているのだそうだ。
今回の俺たちの宿はそこだと言われ、そのうちの一つの建物へと入る。
案内されたのは1階奥の小さな個室。ガイロスもアルクも個室を宛がわれたようだが、荷物を置くとすぐさま声をかけられ、俺はそのまま指示に従って外へ出る。
既に待っていたポーラと合流し、再び案内されて向かったのは、大樹の根元にある洞のような所だった。
よく見ると、地下に続く階段が設けられている。
トルティアは躊躇なく階段へと向かい、俺に視線を向けて着いてくるように無言で促す。
少し驚きながらも、俺は彼の後を追い、階段を降りて行く。
通路の所々に青白い魔力灯が灯り、足元を照らし出しているので視野に支障はない。
一番下まで降りると、そこは四隅に松明が掲げられ、中央に魔法陣の様な図が描かれた場所だった。
「では、その魔法陣に乗ってください」
「えっと、中央に行けばいいのかな?」
「はい」
トルティアに指示された通りに中央に立つと、俺の真横にポーラが並び立つ。
「これ、この後どうなるの?」
「最上部へ一気に飛びます」
飛ぶという言葉に俺は思わず焦る。
「投げ飛ばされる感じ?」
「え?」
一瞬惚けた表情をするトルティアだったが、すぐさま苦笑いを浮かべると小さく首を振った。
「大丈夫です。少しだけ身体が浮いた感覚を覚えるでしょうが、瞬時に上層部まで行ってしまうので、精霊移動装置のようにはなりません」
「そ、そっか」
安堵する俺を見て、ポーラは若干意地の悪い笑みを浮かべる。
「怖かったら私が支えますから、大丈夫ですよ?」
「是非とも頭を挟む感じでお願『さっさと行ってください』い……くぅ」
「は、はい。では」
俺の返答を遮るエリーに向かって苦笑いを浮かべながら頷くトルティア。
彼が俺の真正面に来ると、目を閉じ、片腕を勢いよく下へと振り下ろした。
その瞬間、俺の身体は浮遊する感覚を覚えると、次の瞬間には股間がすーっとする感覚と共に、足が地面に着くような意識へと戻る。
周囲を一瞥しても、先ほどと全く同じ部屋にしか見えない場所だったが、心なしか若干空気が薄く感じられた。
「着きました」
冷静な一言で俺たちに告げたトルティアが、すぐさま出口へと向かって歩き出すと、慌てて後を追う。
案内されるままに階段を登ると、そこは先ほどとは全く違う光景が広がっていた。
目の前には雲海が広がる。
という事は、ここはまさに大樹の最上部にあるのだろう。
幹の周りに設置された渡り板を登っていくと、やがて最上部だと思える場所へとたどり着く。
そこは天井などないが、青々と生い茂る葉の間から差し込む陽の光が差し込む空間で、幹のすぐ傍に質素な小屋が建っていた。
まあ小屋と言っても、人が一人住めるくらいの大きさだ。
その小屋へと向かう渡り板に、顔をお面で隠した2名の鎧を着こんだ護衛兵らしき者が身長と同じ大きさの弓を手に俺たちを警戒していた。
「何者?」
「巫女様の客人だ」
「例の?」
「ああ」
「わかった」
トルティアが説明すると、2名の護衛兵は警戒を解く。
それを確認すると俺の方を向き、小さく頷いた。
「では、ダリル様。ポーラと共に小屋へ行ってください」
「あの~?」
思わず小さく手を挙げる。
「はい?」
「あの小屋には誰かいるんですか?」
「光の巫女様がいらっしゃいます」
「え? あそこに??」
え? 何言ってるのコイツ。みたいな顔しないで欲しい。
知らないんだからしょーが無いじゃんっ!
「こ、ここにいるの?」
「ええ、いらっしゃいます。私たちはここにいますから、どうぞ行ってください」
「あなたは?」
「ここで待機します。ではポーラ、後は頼んだ」
「ええ。わかったわ。行きましょう、ダリル」
「あ、ああ」
ポーラが俺に微笑みを浮かべ、すぐさま小屋の方へと歩いていくので俺もその後をついて行く。
小屋の前まで到達すると、ポーラはそっと扉をノックした。
「は~い」
なんとも間の伸びた返事が返ってくると、すぐさま扉がカチャりと開く。
「あら~、ポーラじゃない~。元気だった~?」
出てきたのは純白のローブを身に纏い、艶やかな長い金髪を頭頂部で一纏めにし、ポーラに若干面影が似ている非常に美しい女性が微笑みながら姿を現した。
唇の右下にある小さなホクロが印象的だ。
「ええ、私は御覧の通り元気ですわ。お母さま」
「なぬっ!?」
ポーラの返答を聞き、俺は思わずビックリしながら目の前の女性を見つめる。
「こ、この人がポーラのお母さん!?」
「そうですよ? 言ってませんでしたっけ?」
初耳です。
「あらあら~。コホン。初めまして~。私はフィラエルと申します~。ルストファレン教会教皇ティリエスは私の母で~、この子は私の娘で~す。よろしくね~」
目の前の女性がポーラの母親……。
い、いや。それ以上に……。
光の巫女と呼ばれる存在がポーラの母親だという事実を知り、俺は驚きを隠すことが出来ず、ただただ口をあんぐりと開けるのだった。
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