第30話 さらばイケメンの巣窟

 ある意味ドキドキの夕食を終え、俺たちは部屋へと戻る。

 部屋へと向かう途中、ファクタは終始恐縮した様子でポーラに頭を下げていた。


「本当に申し訳ないです。まさか過去にそのような事があったなどと……」


 終始恐縮しているファクタ。イケメンは謝罪も様になる。

 ……なんかムカツク。

 

 ……ん?

 

 過去ってなに?

 

 そんな俺の疑問など他所に、謝罪する彼にポーラは慈愛に満ちた微笑みを向ける。


「お気になさらず」

「ですが、それでも」

「昔は昔。今理解できたのであれば、改善すればよいだけです。それに」


 歩みを止め、不意に俺に視線を向けるポーラ。

 表情がふわりと柔らかくなる。


にとって時は短い。ですが、とって時は悠久のもの。だからこそ、の生きる時は眩く輝く」


 ファクタも俺もアルクも、皆が全てその嫣然とした佇まいに呆然と見惚れる。

 不意に浅葱色のオーラがポーラの背後に現れたかと思うと、微笑みを浮かべながら浅葱色のドレスを身に纏うセフュロスが姿を現し、ポーラの肩にそっと手を置いた。


「我らが見るは命そのもの。全てを見つめ、そして時を紡ぐ者を支えるのみ」


 ゆっくりと瞼を閉じ、口元を柔和にする。


「ファクタ、あなたや皆様からの好意は大変嬉しく思います。ですが、私は私の意思で数多の命を見つめるだけ。どうか、その事はご理解くださいませんか?」


 エメラルドグリーンの瞳が静かにファクタを見据え、彼女を支えるセフュロスもまた微笑みを浮かべて彼を見つめる。

 そんな姿に感銘を受けたのか、目を見開いたままファクタがその場に静かに跪く。


「心得ました」

「ありがとう」


 頭を下げるファクタに、ポーラはしゃがみこみ、彼の肩に手を乗せる。


「さあ、お立ちになって。どうぞ任務にお戻りください」

「はい」


 静かに立ち上がるファクタとポーラ。

 そんな彼の目は、最早ポーラに心酔しているような尊敬するような眼差しが向けられていた。


「では、これで失礼いたします。明日は聖都へ発たれるでしょうから、必要な物資は準備は私の方で手配いたします。ですが、各方面への手続きもあるため、全て整えるためには昼近くになるかと思います、それだけはどうかご了承願いたい」

「わかりました。助かります」

「では、これで」


 そう言って頭を下げると、ファクタは踵を返して去っていった。


「……ふぅ」


 ポーラが小さくため息を吐く。


『あらあら、化けの皮を着続けるのも大変ね』


 俺の隣に不意に現れたエリーがニヤニヤしながら呟くが、ポーラは振り向きざまにふっと小さく笑みを浮かべる。


「素が剥き出しの状態なのに、素直になれないのも大変ね」

『道化師に言われたくはないわね』

「フフフ……」

『フフフ……』


 怖いんだけど。

 それに、一体何の話だよ。

 ところでだ。


「なあポーラ。過去に何があったんだ?」


 俺が不思議に思った疑問を伝えると、彼女はちらりと視線だけを投げかけ、そしてふっと微笑みを浮かべる。


「気になります?」

「まぁ、気になるって言えば気になるかな。あれだけ筋骨隆々な男が引き攣った表情でポーラを見ていたんだ、よっぽどの事があったんだろう?」

「ふふっ、大したことではありませんよ」


 そう言いながら、ポーラが俺の方に身体ごと向き、エメラルドグリーンの瞳が柔らかく見据えてくる。


「以前、ノルドラントへ向かう際に、今回と同じような晩餐会を開いていただいたんですけどね、その時に私の胸を揉んできたんです。これでも私、聖職者ですよ?  なので、少しばかりお仕置きをしたんです」

「お仕置き?」


 ポーラの目が僅かに細まり、口元を薄く広げて少しばかり歪な笑みを浮かべた。


「何てことはありません。単に東の大地へお送りしただけです」

「は?」


 俺は目が点になる。

 そんな事を気にもかけず、ポーラは続ける。


「きっと、こんな窮屈な砦に篭っていたから邪な欲望が生まれたのでしょう。ならばと気分転換していただくために、東の果てへと飛んでいただきました。ああご安心ください、キチンとセフュロスがお送りしましたから、怪我なく無事に着いてますわ」


 胸を揉んだ代償が東の果てへの強制送還とは、おっかないな、それ。

 うん。気を付けることにしよう。


「ああ、そうそう」


 ポーラは俺に笑顔を向ける。


「ダリルなら、いつでも揉んでくださって構いませんよ?」

「え? いいの?」

「ええ、どうぞ」


 胸を突き出し、豊穣の果実がたゆんと揺れる。うん。大きい。

 果たしていいのだろうか。イケメンでもないこんな俺が、こんな千載一遇のチャンスをものにしても良いのだろうかっ!

 いやっ、いい! 見逃す手はない!

 ありがとう! 神様!


「いただきます」

『あまーい!!』


 頭を鷲掴みにされ、急に首がガクンと後ろに折れる。

 両手だけが胸を揉もうと前に突き出していたが、身体全体が後ろへと引き摺られる。

 ぬおおおおおお! このぉっ!! 邪魔だっ!!!

 

「エリー、何故邪魔をするっ」

『私ので我慢しなさい』

「揉めないじゃん!!」

『心で揉むのよ』

「それは妄想って言うんだっ!!」


 そんなやり取りを、ポーラは苦笑いで見ていたが、唖然とした表情でアルクが声をかけてくる。


「あ、あの、そろそろお部屋に戻りませんか?」


 アルクの一言に、俺は思わず肩から力が抜ける。


「そ、そうだな」

『ええ、そうね』


 俺とエリーが大人しく引き下がるのを見ていたポーラは、何だか余裕に見える笑みを浮かべる。


「ふふふ……まあ、私はいつでも問題ないわよ?」

『丁重にお断りします。色ボケ司祭』

「お、俺の意思を尊重して欲しいぞ……」


 俺たちのやり取りを見ていたアルクが、やはり唖然とした表情を浮かべる。


「あ、明日も早いので、皆様休みましょうっ!」

「そうね」

「あ、ああ……」


 アルクが慌てて俺の背を押し、ポーラは小さく頷き、エリーは俺とポーラの間に入って腰に手を当てて警戒する。

 そうして、俺たちはそれぞれの部屋へと戻って行った。





 翌朝。

 朝食を終え、俺やアルクが荷物を纏めて馬車に載せる間、ポーラは砦の主要人物に挨拶をすると言って離れていた。

 そんな中、ファクタが必要な物資を集めた様で、部下数に荷車を引かせてやってきた。

 互いに黙礼をし、無言のまま部下に視線を送ると、それを察して荷物を荷馬車へと積み込み始める。


「俺は、貴殿が嫌いだ」


 唐突にファクタが口を開く。

 面と向かって嫌いと言われると、あまり気持ちのいい話ではない。

 俺は精一杯のしかめっ面を奴にぶつけると、当の本人は涼しい顔をしたまま俺を見据えてくる。


「教会関係者と縁故になるのは、俺たちにとって渇望するものだ。しかも、それがとびきりの美人だったらなおの事だ。なのに、俺たちに靡くどころか、我が国と全く関係のない、ただの冒険者たる貴殿が司祭長と懇意にしている訳だ。これほど面白くない話はない。だから、俺はこの国の総意として、貴殿を好きになる事はできない」


 そう言うファクタだったが、何故か表情は微かに笑っていた。


「ただ、君が羨ましいよ」


 羨ましがられてもなぁ。この砦の者たちが、ファクタ等のイケメン達が見向きもされないのって、イケメンだからなんだぜ?

 ま、こんな事言ったところで信じられるとは思えないが……。


「ま、道中無事でな。どうせなら、その辺で野垂れ死んでくれると嬉しいかな。なにせ俺にもチャンスが回ってくるわけだから」

「えらい言われ様だな」

「ハハハッ! ま、この辺は賊が多くてね、気を付けることだ。襲われたなら、貴殿は死んでも構わんが、司祭長は護れよ?」


 酷い言われ様だ。

 こいつ神殿騎士なんだよな?


「なあ」

「ん?」

「ここは、本当に聖王国なのか?」


 俺の疑問に、ファクタは笑みを浮かべて頷く。


「ああ、聖王国だぞ?」

「欲望丸出しなのな?」

「俺も結婚願望を持つ一人の男なのでね。あんな美人に懇意にされてる男に嫉妬するぐらい、別に構わんだろう? それも器の広さで何とかするのが貴殿の役目じゃないのかい?」


 笑いながらそう言うが、言ってる内容は辛辣だ。

 くっそー、笑いながら嫌味を言うその表情すら、イケメンだから絵になってやがる。

 やっぱイケメンは嫌いだ。


「では一旦戻る。またな」


 荷物を積み終えた部下と共に去っていくファクタ。

 去り際に、背を向けたまま手を挙げて手首だけ振る。

 その仕草もカッコいい。ムカツク。


「何故でしょう。カッコいいんだか悪いんだか、わからなくなってきました」


 アルクがボソッと呟く。


『あなたいい子ね』


 俺とアルクの間に現れたエリーがそう呟く。

 うん。それは俺も思った。





 昼近くになり、俺とアルクが荷馬車の傍でくつろいでいた時、軽装姿のポーラが戻ってきた。相変わらずその後ろにはおまけファクタが付いている。

 馬車にたどり着いたポーラが、全ての準備を終えた様子を見て、これまで対応してくれたファクタに丁寧にお礼を伝える。


「お待たせしました。では、そろそろ行きましょうか」


 頷くアルクが御者台に乗ると、俺とポーラの傍に歩み寄ってきたファクタから声が掛かる。


「南門側への伝達は既に済んでいます。この書簡を渡していただければ、すぐさま通行許可を得られるでしょう」


 細長く丸められた書簡を俺に渡すファクタにポーラがお礼を告げると、微笑みを浮かべる。


「道中お気をつけてください」

「ありがとうファクタ。あなたもどうぞお役目を立派にお果たしください」

「優しきお言葉、感謝致します」


 馬車の荷台に乗ろうと後方へと向かうと、ファクタはおもむろに手を差し出す。そんな手をポーラはじっと見つめるが、視線を感じたのかファクタははっとして慌てる。


「あ、これは失礼しました。いつもの癖で……」


 弁明するファクタだったが、ポーラは気に留めずにその手を取り、静かに荷台へと上がった。


「感謝します。ファクタ」

「……は、はい」


 ポーラに続き、俺も荷台へと乗ろうとする。

 しらーっとその様子を見つめるファクタ。

 ……ってか俺には手を差し出さんのかい!

 まあ、男の手はいらんからいいか。


「ポーラ様。どうかお元気で」

「ええ。あなたも。アルク、お願いするわ」

「はい! では、出発します!」


 荷台から顔を出して微笑むポーラに、ファクタは頭を下げ、アルクの号令で馬車がゆっくりと動き出す。

 次第に小さくなっていくファクタの姿を見つめ続けていたポーラだったが、小さく手を振ると荷台の席へと座り直す。

 赤いイヤリングをキラリと輝かせながら、額に手を当てて小さく俯く。


「はぁぁぁ……相変わらず、ダリルへの対応が素っ気なかったですね」


 物凄いため息を吐き出し、ポーラは俺に苦笑いを向ける。


「そりゃそうでしょ。美人司祭長と仲良くなりたいのに、なれなかったんだから」

「ふふっ。でも、私の気持ちは変わりませんよ?」

「ん? 何が?」

「神殿騎士の方々よりも、ダリルの方がとっても素敵だと思っている事です」


 え? そうなの?

 俺、本気にしちゃうよ?


『あら? 砦を離れるから、ブサイク好きを公言する単なる色ボケに戻ったというわけね。まったく、あの騎士も意気地なしだわ。こんな色ボケ、さっさと攫ってどうとでもすればよかったのに』


 俺の隣にしなだれる様に現れたエリーが、ジト目でポーラを見つめる。


「私に手を出そうとしたら、遠方への旅路をご案内するだけよ?」

「まあ、それは確かに嫌がるな。どうやって戻ったかを考えると、苦労したんだろうと思うよホント。だけど、下手したら本当に神の元へ召されるような事態だと思うよ?」

『本当ね、神に仕える者とは思えないわね』


 俺の苦言に同調するエリー。だがポーラは澄ました表情のまま、ため息交じりに言う。


「はぁ。それって神に仕えるからこそよ? この身体は、心を許した者のみ触れることが出来るの」

『言ってることはそれらしいけど、やってることは滅茶苦茶よ? ああ可哀相な神殿騎士様。数多の苦難を乗り越えて騎士になったというに、当の司祭様が単なる色ボケだったなんて』


 額に手を当てて嘆いて見せるエリー。

 すると、ニヤリと笑みを浮かべてポーラが尋ねる。


「じゃあエリーちゃんは、見も知らない男に胸を触れれても平気なのね?」

『吹っ飛ばすに決まってるじゃない』

「それじゃあ私と同じよ」

『品が違うわ』

「どこが?」

『あからさまに迫らないの。私は』

「まあっ! 面と向かっては迫れないから、あえて絡め手で迫るのねっ」

『何を言ってるのかしら、この色ボケエルフは』


 反論されてもニヨニヨした笑みを浮かべるポーラ。

 薄気味悪さを感じてエリーが若干引き気味になる。


『な、何よ』

「素直じゃないのね。エリーちゃんは」

『何の事かしら?』

「ま、いいわ」


 話しを区切ると、ポーラは俺に目を向ける。


「じゃあダリル。砦を出たら、昨日の話しの続きを教えてね?」

「ん? ああ、いいよ」


 俺が頷いて応じると、満面の笑みを浮かべてポーラは腰にぶら下げていた小さな麻袋を足元に出し、紐を緩めて中を見せてくる。


「その時は、この“焼菓子”をあげるわっ」


 不思議な形をしたクッキーのようなものだった。


「これは?」


 一つ摘まみ上げると、ポーラはニコニコしながらそれを見せてくる。


「これ、聖王国名物の十字焼というものよ。光が輝く瞬間が十字に見えるからと作られたお菓子でね、とーっても甘いのよ」

「ほー。それは美味しそうだね」

「ええ! 美味しいから、ぜひ堪能してね」

 

 そんな話を交わしながら馬車は進む。


 やがて南門へとたどり着き、衛兵に渡された書簡を渡すと、すんなり通してくれた。

 砦を出ると、道なりに南へ向かう。

 ガタガタと小さく揺れながら、向かうは聖王国聖都ファレス。

 俺は小さくなっていくロムレム砦を見つめると、心の中で思い切り叫ぶ。


 さらばイケメンの巣窟!

 もう、思い出すこともないだろう!!

 けっ!!!


 ふぅ。これでいい。


 そんな俺の心境など知りもしないはずのポーラが、何故か俺を見つめて小さく笑みを浮かべる。


「気持ちの整理がつきましたか?」

「えあ? あ、ああ、まあ」

「ふふっ。じゃあ、続きをお願いしますね!」


 満面な笑みを浮かべる美しき森の巫女。

 そんな笑顔を見て、俺は気恥しい思いを押し殺しながら、姿勢を正して彼女を見据えた。


「じゃあ、続きか……」


 ゴトゴト進む馬車の中、俺はリッシナでの出来事を思い起こそうと目を閉じた。

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