第33話 かっちーん
「は?」
アルクからの警告を聞き、クッキーが床に散らばるのを見て涙目だった様相から一転、呆ける表情を浮かべたまま間の抜けた声を上げるポーラ。
すると、何を思ったのか、急に表情を消して無言のまま席を立つ。
「ど、どうした?」
思わず俺が声をかけると、彼女は俺ににっこりと微笑みを浮かべる。
何故だろう……物凄く怖いぞ。
だって、目が笑ってないんだもの。
「なんでも……ありませんわ。さてアルク、もう一度状況を教えて?」
「は、はい。正面で野党の集団が何かに襲い掛かっています。こちらに気がつくのも時間の問題だと思い、一度後退しようと……」
赤いイヤリングをキラリと光らせながら、アルクの説明にポーラは目を細める。
すると、彼女は御者台へと向かい、小さく告げる。
「構いません。進んでください」
「で、ですが、このま「す・す・み・な・さ・い」……は、はい……」
言葉はとても柔らかいが、何故か物凄く威圧感ある言い方に聞こえるのは俺だけだろうか?
とにかく、躊躇するアルクの隣に座りながら、彼女は進むよう告げた。
躊躇いがちに手綱を捌くアルク。
それに従って馬車が進みだすが、俺は気になって御者台に進み、正面を見つめる。
よく目を凝らせば、数十人の集団が、なにやら別の集団を取り囲み、様々な武器を振って襲い掛かっているのが見えた。
巡礼者の集団だろうか?
躊躇なく進む馬車に気がついたのか、正面の集団から数名がこちらを指さし、何やら騒ぎ始める。
すると、5名程の屈強な男たちが馬車の方へと走ってきた。
「ポ、ポーラさま! 気付かれました!」
「構いません。そのまま進みなさい」
「は、はい」
馬車の方へ向かってきた男たちが、手にした剣や槍を掲げながら、俺たちに向かって大声を張り上げる。
「止まれ! 死にたくなかったら止まるんだ!」
男がそう叫んでくる。
不安げな表情を浮かべてポーラを見るアルクだったが、当の彼女は涼しい顔をして正面を見据えたままだ。
美しい司祭長から止まれと指示されていない。目をつむり、恐れる心を押し殺し、なんとか勇気を奮い起こしながら、アルクは正面を見据えて手綱を握りしめる。
そんな彼の意思を受けたのか、馬車は止まるどころか、むしろ男たちの方へと速度を上げた。
止まる気配を見せない馬車の正面に、男たちは横に広がりながら武器を振り回す。
そして、とうとう男たちの正面に到達した。
「止まれ! ここから先は通行料が必要だぜ!」
「ケヒヒ……見ろ、すげえ美人が乗っていやがる!」
「ふひっ! さっきの奴らの中にいた女以上じゃないか! うひょー!! 今日はついてるぜ!」
下卑た笑みを浮かべて美しき巫女を見つめる野盗たち。
だが、馬車は止まることなくそのまま進む。
「止まれ! 女は置いてけ、男は抵抗しなければ見逃してやる!」
男たちの声を無視して更に馬車は走る。
「無視するとはいい度胸だ、これ以上進むなら覚悟しろぃ!」
それでも止まらないため、馬車の正面に立ちはだかる男たちは、間隔を狭めて武器を構える。
だが、そんな事などお構いなしに、前を見据えたままポーラは声を上げる。
「何の罪もない巡礼者を攻撃するばかりか、聞いてる物語の盛り上がった場面でまさにこれからって時に中断させられ」
肩を震わせてわななくポーラ。
「更には、更には!」
ん? 他に何かあるのか?
「あんなに美味しいクッキーを落としちゃったんですよ! お仕置きだけでは済ませませんよぉ!!」
……あのー、司祭長。何を言ってるんです?
「な、何を言ってやがる! そんな事知るかボケっ!!」
『そりゃそうよねぇ……』
デスヨネー。
俺もエリーも野盗に同意見だ。
だが、それに更なる反応を示したのがポーラだった。
わななく肩を震わせたまま、目をクワっと見開いたかと思うと、両手を腰に当てて器用に御者台に立ち上がる。
「かっちーん!!! そんな事呼ばわりしましたね! もう容赦しません!」
「くそっ! 構わねえ! やっちまえ!!」
武器を掲げ、雄叫びを上げながら攻撃を仕掛けてきた男達。
アルクは手綱を握りしめたまま、恐怖のあまりに身を小さくする。
だが、隣にいたポーラは無言のまま両手を左右にかざす。
「
ポーラの紡ぎ出した言葉に従い、襲い掛かってきた男たちを容赦なく風の刃が斬り刻む。
身体の至る所を斬られ、手にした武器を落として悶絶しながら地に伏す屈強な男達。
その姿を一瞥する事もなく、馬車は更にその前方にいる集団に向けて進み続ける。
「アルク、あの集団を蹴散らします。近づいたら私は降りるので、その場で待機していてください」
「ポ、ポーラ様、一体どうするおつもりですか!?」
「わたし?」
問いかけられたポーラは、微笑みを浮かべてアルクに答える。
「ふふっ……クッキーを落とした原因となった者たちに、天罰を下すのです!」
それが理由!?
こわーい! 司祭長こわーい!
もうね、怖いんですよ。何がって、笑顔が。
食い物の恨みは恐ろしいとはよく言ったもんだ。うん。
「た、頼もしいね」
俺の本音とは裏腹の言葉を投げかけると、ポーラは美しく長い金髪をふわりと自然に流しながら微笑んだ。
「ふふっ。あなたのパートナーになるのですから、私の実力を知っていただく良い機会です」
「さっきは、クッキーを落としたから天罰を下すって……」
「まさか。巡礼者のためですわ。そんなクッキーを落としたから天罰を下すだなんて……そんなこと思うはずありませんよ?」
女って怖いわー。なにせ誰もが見惚れる満面の笑顔ですもの。
突っ込みたくなる気持ちが込み上げてくるのだが、まあいいか。
とはいえ、そんな風に軽口を言いながらも、視線を前へと向けたポーラの表情は険しいものになっている。
こんなところで賊に会うとは思いもしなかった……ん? そういや、ロム・レム砦にいたファクタが言ってたな……。
―ハハハッ! ま、この辺は賊が多くてね、気を付けることだ。襲われたなら、貴殿は死んでも構わんが、司祭長は護れよ?
にこっ! キラリンっ! とか歯を輝かせやがって……けっ!
あ、なんかムカついてきた。
そう思うと、俺も何だか八つ当たりしたくなってきた。
『行く?』
俺がソワソワしだしたことで察したのか、エリーが静かに尋ねてくる。
「ん? ああ、そうしようかな。それに、女の子だけに任せるのは気が引けるし、相手は多数いるから。大丈夫だとは思うけど、何かあっては困るからな」
『女の子……ね。発情期真っ盛りの、ただの暴れじゃじゃ馬にしか思えないけど』
すると、ポーラがぐるりと顔だけ荷台へ向ける。
「あら、ダリルが私を守ってくださるからって、嫉妬するのは見苦しいですわよ?」
『はぁ!? そ、そんな訳ないじゃないっ!』
「ふふっ。ダリルは私が護りますから、エリーちゃんの出番はないですねー」
『あ、むっかー! 発情期の雄どもに蹂躙されてきなさいっ!!』
頬を膨らませるエリーに、ポーラは含んだ笑みを浮かべる。
「あらあら、ふふふっ。……ではダリル、頼りにしてますわ」
「え? ああ。俺に出来る限り力になるよ。正直、俺って弱いから、あまり当てにしないでくれよ?」
そう言う俺に、ポーラは小さく首を振った。
「私を守ってくれるというその姿勢が嬉しいの。強さは関係ないですよ?」
「そうは言ってもねぇ……まあ、これでも剣士の端くれだから、盾くらいにはなるさ」
「盾だなんてそんな……。ですけど、ふふっ、嬉しいですね。惚れ直しましたっ」
『背中に気を付けなさい』
急にボソッと呟くエリー。
物騒だなおい。
というよりもだ、お前さん最近怒ってばっかだな。折角の美人が台無しだぞ?
とはいえ、そんなエリーの言葉など気にしない素振りでポーラは微笑む。
「あら? ダリルが護ってくれるんですもの、背中に気を付ける必要あります?」
『ほー。あらそう。何故かしらね……胸の奥からどす黒い感情が湧き出して止まらないわ』
そんなやり取りをしている間に、野盗が襲っている場所の直ぐ傍までたどり着いた。
目の前では、巡礼者らしき者たちが、野盗の攻撃から必死に身を守っている。
限られた護身用の武装しかしていない巡礼者に対して、野盗の集団が容赦なく襲い掛かっている。
よく見ると、既に数名の巡礼者が、血だまりの中に倒れ伏しているのが見えた。
「離し、離して!!」
「嫌よ! 助けて!! イヤー!!!」
必死に抵抗を続ける巡礼者たちの合間を縫って、数名の野党に腕を持たれて容赦なく引き摺られ、泣き叫ぶ2名の女性巡礼者が見えた。
男達の目は、これから蹂躙する獲物をにやけた表情で見つめており、引き摺りながら身に着けているローブを短剣で切り裂いている。
何を目的にそんな事をと考える間でもない。胸糞悪くなる光景だ。
そんな巡礼者たちの姿を見て、ポーラは眉間に皺を寄せると、静かに立ち上がり、馬車から飛び降りた。
その様子を見て俺も慌てて後を追う。
馬車を降りると、即座に走り出すポーラ。俺はその背後を追いかける。
『武器はどうする?』
「お仕置き仕様で」
『わかったわ』
俺の背後から尋ねてくるエリーに答えると、それに応える様にしてズシリと手に重みが伝わってくる。
何を握らせられたのかと右手に目を凝らし、俺は思わずため息をはく。
モーニングスター……。
先端が丸い鉄で、そこにびーっしりとトゲトゲが付いている、殴られたら物凄く痛そうな武器。
「……あのさ、エリー」
『何?』
「これ、思いっきり叩いたら、相手はただじゃすまないと思うぞ? お仕置きどころか、下手したら殺しちまう」
ため息交じりにそう告げると、エリーは白々しく首を傾げた。
『容赦する必要ある? あの光景を見ても、許すつもり?』
今まさに襲われようとしている女性を目の前にして、非常に不愉快な表情をしていることからも、渡された武器そのものがエリーの本音だろう。まあ、同じ女性だからというのもあるだろうしね。
「そう言われると弱いな。まあ、あれを見せられたら容赦する気は起きないけど、悪いけどもう少し手心加えた武器にしてくれない?」
まあ、俺とて虫唾が走っているから良いと思うが、あえてもう少し優しめの武器をねだる。
『しょうがないわね……』
モーニングスターが姿を消すと、次には普通の棍棒が握らされる。
まあこれなら丁度いい。
そんな事を思いながらポーラの後を追うと、女性巡礼者を囲んでいた野党の一人が俺たちに気がついて声を上げた。
「……ん? おほっ! こいつはいい! こいつらもそこそこ美人だが、それ以上の上玉が飛び込んできやがったぞ!」
「ん? うお! あいつは俺が先にいただく!!」
「馬鹿!
「じゃ、この女たちはどうするんだ?」
「頭にあの別嬪を差し出しさえすれば、俺たちが頂いたって文句ねぇだろが!」
「適当に理由つけて、みんなまとめてやりゃぁいい! どうせ売り飛ばすんだ、構やしねえぇ!」
「ゲハハ! その通りだ! やっちまえ!!」
俺たちの接近に気がついた男の声に反応し、欲望剥き出しの表情で手にした武器を掲げて襲い掛かってきた。
「……はぁ。私が身も心も捧げる方は既に決まってますのに、本当愚かな方たちですね。ですが、巡礼者に対して行った非道な行為、決して許されるものではありません」
微笑みを浮かべるが、その目は決して笑っていない。
そんなポーラの言葉を聞き届けることが出来た者はどれ程いただろうか。
たぶん、いないな。だって、よだれ垂らしている奴もいるくらいだ。
はぁ、同じ男として、少しばかり情けなく思うよ。
「さて。教義に反するので殺しませんが、痛めつけて差し上げましょう。
ポーラの詠唱により発生した無数の風の刃が、襲い掛かってきた野盗を容赦なく斬り刻む。
至る所で悲鳴が上がり、10名近い男達が斬り刻まれた傷口を庇いながら倒れ伏した。
「ま、魔法使いだぞ! 弓だ、弓を射ろ!」
野盗の一人が叫ぶと、呼応するように弓に矢をつがえた数名の野盗がポーラ目掛けて矢を放つ。
だが、それも瞬く間に阻害される。
「セフュロス。お願い」
『お任せください』
ポーラが小さく呟くと、浅葱色のドレスを身に纏った美しい女性が姿を現し、両手を広げてふぅと息を吐きつける。
すると、飛来してきた弓矢の勢いが弱まり、ポーラに届くことなく地面へと落ちた。
「な、なんだこいつら!」
慄く野盗に、俺は距離を縮めてため息を吐く。
「だよね。彼女を怒らせたのが運の尽きだったな」
俺が懐に入ったことに驚いた野盗目掛けて、手にした棍棒を力いっぱい振り抜くと、男は避けることが出来ずに脇腹に直撃を受けて吹っ飛ぶ。
「あら、流石旦那様」
俺の傍を走り抜けながら嬉しそうに声をかけてくるポーラ。
旦那様か……まあ、結婚は別として、ここはカッコよく返すのが漢だよな!
コホン……。
「ふっ、当ぜ『うっさい色ボケ。さっさと行きなさい』……エリー」
カッコよく返そうと思ったのに!
俺の決意を返せ!!
なんて事を思っていると、不意に視線を感じてすぐ傍にいるエリーを見つめる。
まあ、なんだ、エリーがジト目で俺を見つてますねぇ。
『色ボケ相手はいいから、ほら、ダリルも急ぐ』
「あい」
『倒れてる女の子を優先するのよ!』
「へーい」
気のない返事を返す。
すると不意に俺の真正面にふわりと舞い降り、片目を閉じ、腰に手を当てながらため息交じりに呟く。
『……モテるかもよ?』
「俺に任せろ!!」
ええ、もう気合十分ですよ!
巡礼者の美しい女性の皆さま! 不肖ダリルがお助けいたしますぞ―――!!!
『……バカ』
両手を突き上げ、あほ丸出しで走り出す俺。
まさかそんな俺の背中をジト目で見つめながら、ため息まじりにエリーが呟いた事など知る由もない。
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