第28話 豊穣の風の巫女
唐突に告げた俺を見つめて唖然とするポーラを他所に、俺はイケメンを睨みつける。
「あのですね、俺を悪く言うのは構いません。何せ本当の事ですからね。ですが、理由を聞いてなおポーラ司祭長を侮辱するのは解せませんね」
俺はそう言いながらイケメンに詰め寄る。
「忘れているようですから言っておきますけど、俺って一応
俺を睨みつけるファクタに詰め寄ると、俺の背後でポーラが息を飲んだようなきがした。
だが、今はそれよりも是正したいことがある。
「ポーラ司祭長は、あんたの言う辺境に派遣された司教の指示で俺の案内役になっているんですよ。何故だと思います?」
「教皇様に会うためだろう?」
「それもあります。ですが、それだけだったら、別に俺個人が教会の総本山に行けばいいですよね。じゃあ何故に司祭長が同行するんです?」
「面会しやすいようにだろう?」
「違いますよ。理由なら、今見せますよ」
俺はファクタから視線を外さぬまま、静かに名を呼ぶ。
「エリー」
俺の一言を受け、すぐ隣に漆黒のオーラが集約していくと、その中心から透き通る白き腕が顕現したかと思うと、漆黒のローブを身に纏い、漆黒のウェーブかかった長き髪を揺らめかせながら、アイスブルーサファイアの瞳をした絶世の美女がしなだれかかるようにして現れた。
『……不愉快だわ』
俺に身を寄せる様に現れたエリーだったが、その目は細められ、じっとファクタを見つめている。
だけどこの状況……くぅっ……これが生身の身体ったら……。
たわわに実った豊穣の果実を実感できるはずなのに……なのに……なぜ……感触がないのよ。
そんな俺の邪な感情とは別に、ファクタは驚愕に目を見開く。
「な……! あ、悪霊!?」
『ふぅ……本当に不愉快よ。ダリルに対する態度も物言いも。それに……』
そう言いながら、エリーは俺の背後に佇むポーラを睨む。
『あんな忌々しい顔にさせたことも憎たらしいわ』
そう言われ、俺は思わず振り返る。
そこには、俺に熱い視線を送りながらも頬を僅かに染め、瞳を潤ませるエルフの巫女がいた。
あれ? なんで?
「……悪霊がどうしてここに!」
ファクタの声で我に返る。
「あー、申し訳ない。俺は冒険者として登録しているが、その職は“悪霊使い”という今までにないものなんですよ」
「あ、悪霊使いだと?」
「そう。悪霊使いです。まあ、たまに暴走するので、そういう時は司祭長が抑えてくれたりするんですが」
「ぼ、暴走!?」
『……ダリル』
驚くファクタだったが、それ以上にエリーがジト目で俺を睨む。
『やっぱり呪ってあげようか?』
「誰を?」
『え? それを今聞く?』
「……話がややこしくなるから後にしてくれる?」
『ややこしくしたのはダリルじゃない』
エリーの物言いに一瞬たじろぐが、咳ばらいをして誤魔化す事にする。
「ゴホン。……まあそういう訳で、俺はこの悪霊を使役しているから、教会総本山に出向いて説明することになったのです。悪霊討滅が教会のモットーでしょう? とはいえ、彼女に悪意はありません。まあいざとなったら司祭長が抑えてくれますから問題ありませんしね」
唖然とするファクタを尻目に俺は続ける。
「ですが、司祭長と部屋を共にするのが問題だというのはおっしゃる通りです。というわけで、部屋は別々にしましょう。ね、司祭長」
俺がポーラに促すと、彼女は少しばかり不服だと言わんばかりに頬を膨らませる。
だが、エリーが俺の傍から離れようとせず、そんな表情を浮かべるポーラを一瞥してニヤリと笑みを浮かべる。
『ここは聖王国でしょ? ならば言う事を聞いた方がよろしいんじゃない?』
「あなたに言われたくは無いわ」
『ふんっ……とはいえども司祭長で神官職でしょ? この男の言う事はもっともだと思うけど?』
胸を張って勝ち誇った様なエリーを見つめ、苦々しい表情を浮かべるポーラはファクタに視線を向ける。
「……悪霊だぞ……なぜ、この場所に現れる? 災害級霊障だぞ?」
俺たちを呆然と見つめながら、ブツブツと小さく呟くファクタ。
そんな様子を見ながらため息を吐き、ポーラは手をこめかみに宛てると片目を閉じる。
「……ファクタ。私の部屋は、せめて彼の部屋の隣にしてください」
「し、しかし」
「この子は問題ありません。私が保証します。ですが、私が傍にいれば何かあっても抑えられます。よろしいですね?」
ポーラの有無も言わさぬ表情に、ファクタは渋々と言った表情を浮かべて小さく頷いた。
「し、承知しました。すぐさま隣室に準備いたしましょう」
「助かります」
「で、ですが、先程の件についてはお願いします」
「説法のことですね? わかりました。後ほど伺いましょう」
「では、準備いたしますので、しばしお待ちください」
そう告げると、ファクタは慌てる様にその場から離れていった。
「……で。結局、俺たちはどうすればいいんだ?」
俺の呟きに、エリーもポーラも肩をすくめる。
その後しばらくして、数名の教会関係者がわたわたとやって来ると、あっという間に部屋の整理整頓をして、風のように去っていった。
まあ、今日は俺とアルクが一緒の部屋になり、ポーラは俺たちの隣に泊まることになった。
あ…………着替えのちらり見えが堪能できないのか……残念だ。
『……チッ』
エリー。舌打ちしない……。
一通りのんびりと過ごしていると、先程案内してくれたファクタがやって来た。
「……先ほどは失礼した。ダリル殿」
「いえ。俺も言いすぎました」
爽やかな笑顔を向けられ、俺は思わず頭を下げる。
……イケメン効果ムカツク。
まあ、互いにわだかまりも取れた事だから、まあいいか。
すると、隣の扉が開き、そこから初めて会った時の司祭長服を着たポーラが颯爽と現れた。
いやぁ……こうしてみると、やっぱりポーラは神官なんだな。
「お待たせいたしました」
豪奢な金髪をゆるやかに肩へと流し、エメラルドグリーンの瞳を僅かに細めて微笑むポーラ。
不覚にも見惚れたよ。くぅ……可愛いなぁ……。
「では、こちらへ」
ファクタに先導され、俺たちは宿舎を出てすぐ隣にある大きな施設に案内された。
そこは、砦の兵士たちにとっての練兵場だという。
ファクタがその入り口となる門の前で立ち止まると、ポーラに頭を下げる。
「司祭長様。本日の役目を担った者以外が参集いたしました。中に入りましたら、演壇までお願いします」
「わかりました」
「ダリル殿とアルク殿は、入ってすぐの席にお願いします」
俺たちがそれぞれ頷くと、ファクタも頷き返し、門をくぐる。
門をくぐった先には、大きな敷地内に数百名程度の兵士たちが整列していた。
よく見ると、兵士以外の住民の姿も見える。
俺たちが入ってきた門の方に、一斉に数百の瞳が向けられる。
俺は思わず後ずさりしそうになるが、すぐ傍にいたポーラは涼しい顔をしたまま演壇に向けて歩き出した。
ファクタはポーラと共に演台へと向かうと、そこには白銀の鎧を身に纏う壮年の騎士らしき男が立って待っていた。
ポーラが頭を下げると、その男もまた頭を下げる。
「道中お疲れのところ申し訳ない。ポーラ司祭長」
「いえ。先に挨拶もせず、大変ご無礼を致しております。どうか平にご容赦を。ゼル隊長」
すると、ゼルと呼ばれた壮年の男はポーラに屈託のない笑みを浮かべる。
「ハハハ! 水臭いぞ、ポーラ司祭長。儂と貴殿の仲ではないか!」
そう言いながらポーラの肩に手を掛けようとするが、すぐさまふわりと避けると、涼しい顔をしたまま告げる。
「ゼル隊長。今度はどちらまで飛びたいですか?」
表情変えずに告げるポーラに、ゼルは顔から冷や汗を流しながら口をひくつかせる。
「い、いや。まあ、いつもの挨拶だよ。うん」
「そうでしたか。今回はこの方々にお話をすればよろしいのですね?」
「ああ。まあ、我ら聖王国兵士にとって、エルフの神官は神の使いだからな。よろしく頼むよ」
「その割には、相変わらず口説くのですね。ここの兵士の皆さん方に、エルフを口説くように指導されてるはあなたですか?」
そんな言葉を聞いて、ゼルはちらりとファクタに視線を送るが、当人は気まずそうに苦笑いを浮かべていた。
「ああ……そういうことか。まあ、美人の神官なんか滅多にお目にかかれないし、教会関係者と縁者にでもなればこの国では将来安泰だからねぇ」
ゼルの言い分に呆れた表情を浮かべるポーラ。
「はぁ……なるほど。まあいいです。私と共に来た者に対して、これ以上侮辱する事を控えてくれさえすれば良しとします。では、始めましょう」
「ああ、よろしく頼むよ。豊穣の風の巫女様」
そう言いながら苦笑いを浮かべるゼルを尻目に、ポーラは姿勢を正して演壇へと向かう。
練兵場の観戦席に設けられた演壇へと続く段差を緩やかに登り、質素な造りの台の前に静かに立つ。純白のローブを身に纏うポーラが立つと、何故か厳かな雰囲気になるから大したものだ。
演壇演台に立ち、両手を胸の前に組むと、厳かに目を閉じ、首を垂れる。
練兵場に集まった数百目の者たちが、演台に立つ美しきポーラに見惚れる。
これまでざわめいていたその場の雰囲気が、彼女の登壇で波紋も静まる静寂が瞬時に辺りを支配した。
しばらくその状態を続けたかと思うと、ポーラは静かに両手を空へ掲げ、閉じた瞳をゆっくりと開ける。
「……我らルストファレン教会に信を奉ずる方へ。私はポーラ。エルフの巫女であり、ルストファレン教会ノルドラント教区の司祭長を務める者です」
凛とした口調で話し始めるポーラ。
俺はアルクと共に、練兵場の隅に設けられた椅子に座ることなく、そのまま立ち尽くすようにその様子を見つめていた。
「……皆様は、このフランティア聖王国の守護者。そして聖なる勇者ルストと、生涯を連れ添いし光を司る我らが信仰の主神、ファレンを奉じるルストファレン教会の盟友として、教義を絶やさぬためにと、この地を守り続ける類稀なる忠勇の士であることを教皇猊下は存じ上げております」
周囲を一瞥し、ポーラは微笑みを浮かべ、先ほどまでとは異なり、とても柔らかな口調で言葉を紡ぐ。
語り掛けるような話を聞きながら、俺は周囲に視線を向ける。
この場にいるのは辺境の砦を守護する兵士たちだ。
初めて会った印象では、どこか垢抜けていたような雰囲気があったが、ポーラの話しを聞く彼らの表情はとても真剣だ。
ふとポーラの方に視線を向けると、彼女と目が合ったような気がした。
いや。間違いない。
俺の方を見て口元に笑みを浮かべてるもの。
「……なればこそ、我らは共に手を取り、魔物、魔霊、悪霊蔓延るこの世界を、神と精霊の御名において守り抜きましょう。神のご加護を。そして、皆様へ優しさを……
嫣然と佇む美しきエルフの巫女は、おもむろに両手を上空へ翳しながら言葉を紡ぐと、ポーラの真上に浅葱色の長い髪をポニーテールにまとめ、同じ浅葱色のドレスを身に纏う美しい女性が姿を現す。
セフュロスだ。
彼女は皆が見惚れる笑みをたたえながら胸の前で腕をクロスさせたかと思うと、ゆっくりとその腕を外へと解放する。
その瞬間、柔らかで温かな風が周囲を包むように溢れ出した。
練兵場にいた全ての者の身に風が触れると、なんとも穏やかな温もりが心を満たしていく。
その温かな風を受け、ある者は涙を流し、ある者は跪いていく。
「すごいなこれ」
「はい! すごいんです。我らの司祭長様は!」
その様子を見て俺は思わず呟くと、隣で同じように立ちながら美しき司祭長を見つめるアルクが力強く頷いた。
そんな俺たちの評価など届かぬ声だが、当の本人は優雅に豊かな胸の前で手を合わせ、そして頭を下げる。
歓声の波が、練兵場を覆った。
彼女の目の前には、先程までの垢抜けた兵士はもういなかった。
なにせ、今や皆の表情には、神への敬意を新たにした決意が表れている様にしか見えないのだから。
僅か数日しか共に行動していないが、俺はこの日、いつもは可愛い女性程度にしか思っていなかった人物が、実はとんでもない
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