第27話 またですかっ!?

 ガタンという音と共に馬車に振動が響くと、それに合わせるように御者のアルクから声がかかる。


「まもなくロム・レム砦に着きます」


 砦につくという声掛けに、俺は腕組を解いてポーラに目を向ける。


「そっか…………じゃ、今日はここま「待ってくださいっ!」でってええっ!?」


 話を終えようとした矢先、急に勢いよく俺の肩を掴んでくる美しきエルフの巫女。

 顔が急接近。

 あふん。顔が近い。うわー、桃色の唇なんだ。いやぁ、近いなこれ。

 ちゅーするぞ。ちゅー。


「またですかっ!?」

 

 エリーによって強引に引き離され、口を突き出しながらも言い募るポーラだったが、その様子が何か可愛い。

 ジト目で見つめるエリーに気がつき、思わず俺は咳払いする。


「ゴホン。い、いやさ、もうすぐ着いちゃうからさ……」

「またお預けなんですか!? 続きが気になって眠れなくなるじゃないですか!!」

『ぐっすり寝てるじゃない』


 エリー……ポーラを押さえつけながら冷静に言うんじゃありません。

 でもなんだろう。どこかで見た光景だな……既視感か?


「……ま、まあこの話は置いておいて」


 強引に俺から引き離されたポーラは、両手に持った空気の箱を脇にずらすような仕草をしながら咳払いをする。


「コホン……。ところでエリーちゃん、聞きたいことがあるんだけど……」

『何?』

「そもそも私たちの言う悪霊って、ダリルが話してくれた魂縛霊イスピリニアナムの事なの?」


 少し間を置き、エリーは静かに頷いた。


『……そうよ。元々は闇と虚無に身を捧げた狂信的な者だったのよ。その成れの果てが、今でいう“悪霊”よ』

「エリーちゃんは800年もの間、神殿に安置されていたのよね?」

『……そうね』

「じゃあ、エリーちゃんは、一体……?」


 話続けようとしていたポーラを見据えながら、エリーは小さく首を振りつつ告げる。


『もうすぐ砦に着くわ。準備した方がいいんじゃない?』

「……ええそうね。そうするわ」


 何か言いたげな表情を浮かべるポーラだったが、深入りせずに引き下がる。


『ダリルも、準備した方が良いわよ?』

「ん? ああ、そうだな」


 そう俺に告げてきたエリーだったが、その表情はいつもと違い、何か真剣に思い詰めているようなものだった。





 ロム・レム砦。


 フランティア聖王国北端に位置する、ロム・レム山によって形成された渓谷を通さぬように築かれた砦だというのはポーラの説明。

 砦という名称通りに、ここには数多くの聖王国騎士が駐屯しているようだが、もっぱら巡礼者護衛を名目としているのだという。

 まあ、ルストファレン教会が実権を握っているから、当然と言えば当然かな。


 ポーラから教わった事だが、聖王国騎士は王国所属だそうで、教会は独自に騎士団を擁しているのだとか。まあその辺は、以前ゾンモーナト遺跡で再会した、エルダーリッチのルネから聞いた討滅騎士団ベグラレンリッタだっけ? そんなおっかなそうな名前の騎士団が今では教会主流なのだとしたら、やっぱり似たようなおっかない騎士団があってもおかしくない、と思う。


 ロム・レム砦にいるのは、そんなおっかない騎士団ではなく、王国所属の騎士団だそうで、フランティア聖王国辺境の国境に配備されているからか、見た感じ垢ぬけている様な雰囲気だった。

 ノルドラント王国の騎士に比べたら、少しばかりゆるい気もするのは気のせいだろう。


 そうこう言っているうちに、馬車が正門に到着すると、待ってましたとばかりに衛兵に呼び止められる。


「ここからはフランティア聖王国だ。来訪の目的は何ですか?」


 二人の衛兵が詰所から現れ、見た限り若い衛兵に尋ねられると、御者台に座るアルクは手馴れているのか、素早く用意されていた書簡を差し出した。

 衛兵は書類を受け取るとすぐに目を通し、途中まで読み終えると驚いたような表情を浮かべながら顔を上げる。


「し、司祭長様がいらっしゃるのですか?」

「はい。ポーラ司祭長様と、司教様から教皇様と謁見するよう依頼されてる銀等級シルバーランク冒険者のダリルさんがいらっしゃいます」

「しばしお待ちください」


 別の衛兵に書簡を渡してその場を去る若い衛兵。

 すると、残ったもう一人の壮年の衛兵が、荷馬車を見据えながら尋ねてくる。


「ノルドラント教区の司祭長様がいらっしゃるのかね?」

「はい。中におりますが、お声がけしますか?」


 アルクから問われ、壮年の衛兵は微笑みながら首を縦に振る。


「すまないが、密入国者も多いので、身元確認のためにも一度お顔を見せていただきたい」


 返答を受けてアルクが頷くと、声をかける間もなくポーラが荷台の後部から降り立ち、壮年の衛兵に歩み寄る。


「お役目ご苦労様です。ノルドラント教区司祭長のポーラです」


 後ろで一纏めにした金髪を揺らし、エメラルドグリーンの瞳をまっすぐ見据えながら美しきエルフの巫女はそう挨拶すると、壮年の衛兵は顔を赤らめて頭を下げた。


「し、失礼しました。申し訳ございません。これも役目の為で……」

「存じてますわ。最近は巡礼者の数も多くなっている事でしょうし、密入国する者も後を絶たない様子。警戒されるのも無理ありません」


 微笑みを見せるポーラを見た衛兵は、安堵したのか深くため息をつく。


「申し訳ないですが、そう言っていただけるとありがたい。通行に必要な証文は拝見いたしました。ですが事前に早馬が来てましてね、皆様方がいらしたら守備隊長に声をかける様に言われていたんですよ。なのでしばらくお待ち願いますか?」

「構いません。どうぞお勤めをお果たしください」

「助かります……お、来ましたね」


 壮年の衛兵が視線を砦内部の方へ向けると、先程この場を離れていた若い衛兵に連れられて、白銀の鎧を身に纏い、深紅のマントをひらめかせながら、凛々しい顔立ちをした茶髪の青年がやって来た。

 ポーラの前まで歩み寄ると、白銀鎧の青年は静かに頭を垂れた。


「お待たせして申し訳ございません。ロム・レム砦北門守備隊長のファクタです。ノルドラント教区のノード司教から伺っております。早速ですが、今宵の宿舎へご案内いたしましょう。場所までご案内いたしますので、私も同乗してよろしいですかな?」

「構いません。お願いします、ファクタ様」

「ファクタで結構ですよ、司祭長様」


 爽やかな笑顔を見せるファクタと名乗る男。唇から零れるキラリと輝く歯が眩しい。

 折れちまえばいいのに……。イケメンムカツク。


 まあ俺は何をしているかと言えば、馬車の幌に備えられた覗き窓から外の様子を覗き見ているという非常に寂しい状況だ。

 イケメンがポーラに付き従う様にして馬車の入り口へと向かうと、俺はすぐさま椅子に座り直して背筋を伸ばした。

 すると、そんな光景を見ていたエリーが、ニヨニヨした笑みを浮かべながら俺のすぐ隣に身を寄せ、耳元にそっと呟く。


『イケメンね』

「ウルサイ」

『ふふっ……嫉妬?』

「出るなよ?」

『わかってるわ。男だもの、流石に恋人獲得活動はしない……よね?』


 何で疑問形?

 するはずないだろ!


「するはずあるかっ」

『ふふっ……よかったわ』


 意味深な笑みを浮かべてそう呟くと、景色に溶け込むように消えていった。


「では、こちらへどうぞ」


 ポーラがファクタに荷台に乗るように案内すると、彼はニカッと笑ってポーラの手を取る。


「いやいや、どうぞ司祭長様」

「……ありがとう、ファクタ」


 表情を変えずに小さく頷いたポーラは、取られた手を一瞥するも、すぐさま荷台に視線を戻して乗り上がる。

 ポーラが乗ったのを確認してからファクタが荷台へと上がり、視線を荷台の中に向ける。

 するとどうだろう。そこには先客が座っているではありませんか。

 はい、俺ですね。

 イケメンが俺の姿を見つけると、何故か幾分顔を顰める。


「あなたは?」

「先ほどアルクが説明していた、銀等級シルバーランク冒険者のダリル殿です」

「ほう。そうでしたか」


 ポーラに紹介され、小さく頷くが澄ました表情を浮かべるファクタ。

 だがポーラに向き直ると表情を一転させ、キラリと光る歯と共に笑顔を見せる。


「ところでポーラ様。長い旅路、さぞかしお疲れの事でしょう。本日、我らがささやかながら慰労の宴を催そうと考えております。そこでですね、フランティア聖王国辺境地ともいえるこの場を守る我らに、是非とも司祭長様からお言葉を賜りたくお願いしたいのですが」


 イケメンが何か言ってるが、ポーラの表情は一切変化はない。のぺーっとした無表情そのものだ。

 そんなポーラは俺と向かい合うように席に座り、姿勢を正す。


「それは、ダリル殿やアルクも同席する事が前提ですか?」

「アルク?」


 イケメンがポーラの隣に座り、笑顔を崩さぬまま尋ねる。

 するとポーラは御者台の方に視線を向けながら静かに答える。


「御者を務めてもらっている、教会見習い神官の子です」

「ああ、彼ですか。もちろん問題ございません。皆さんがいらしていただいて結構ですよ?」

「そうでしたか。ならば、皆様に教義を説法するは司祭長としてあるべき役目。ここにいる皆にも教義をお教えするまたとない機会ですから、喜んでお受けいたします」


 イケメンに向ける微笑みが眩しいね。

 俺の黒い心が洗われるようですなぁ。


「では、宿舎到着後に会場をご案内いたしましょう。高名で美しいポーラ様にお会いすることが出来ると、皆喜ぶでしょう」

「全ては神の御心と共に」


 美しく微笑むポーラは、それきり言葉を発する事無く俺に視線を向けて微動だにしなくなる。

 そんな姿を見つめるイケメンは、ポーラの横顔を見つめながらも、俺にチラリと視線を投げかけてきた。


 あ、この目は知ってるぞ。

 あれだよ、嫉妬の目。

 俺も美人と仲良く話している男を見ては、よくあんな視線を投げかけていたっけな。まあ、あれだよ? その美人司祭はブサメン好きだよ? 気を付けなよ?


 こんな俺の感情などイケメン……ファクタに届くはずもない。

 馬車はゆっくりと進みはじめ、やがて平屋の長屋の様な建物の前にたどり着いた。


「さ、着きました。こちらの宿舎の一角が皆様の部屋となります。案内しましょう。こちらです」


 馬車を降りたつ俺たちにそう言いながら、ファクタはポーラの手を取ると、建物の中へと静かに進みだす。

 だが、ポーラは取られた手をそっと離すと、俺の傍に寄り添うように立ち並び、静かに告げた。


「ダリル。参りましょう」


 ぽかんとする俺をよそに、ポーラはアルクの方へ視線を向ける。


「アルク。荷物を部屋までお願いします」

「はい! 司祭長様!」


 元気の良い返事をするアルクに微笑みを投げかけると、ポーラはそっとファクタに視線を戻し、微笑みを浮かべた。


「お待たせいたしました。では、ご案内願います」

「は、はあ。こちらです」


 ファクタの拍子抜けした様な表情を見てしまい、俺は思わず視線をそらす。

 あれは絶対「え? 何でそっち?」って言ってるな。俺もそう思うよ。


 そんなこんなで建物に入り、長い廊下を奥の部屋へと案内される。

 たどり着いた部屋の扉を開けると、質素ではあるがベッドが2つある小さな部屋だった。

 だが、流石に俺とポーラはここに泊まるのはどうかと思う。

 それを告げようと視線をイケメ……ファクタに向けた時だった。


「ここはダリル殿とアルク殿のお部屋です。どうぞお入りください」


 ファクタは事も無げにそう告げる。

 俺は思わず目を点にし、小さく頷いた。

 昨日は美人司祭と同じ部屋だったのだが、そこは流石のフランティア聖王国。女性と男性が同室になるなどと、夫婦でもない限りありえない。うんうん。


「私の部屋はどこでしょう?」


 俺の隣で静かに尋ねるポーラ。

 すると、とびきりの笑顔を浮かべるファクタは頷いた。


「はい。司祭長様のお部屋は別に用意しております。どうぞこちらへ」


 そう言いながら案内しようとするファクタ。

 だが、ポーラは静かに、淡々とした口調で告げる。 


「私の役目はダリルを教皇様にお会いさせる事。その間、私は彼の周辺を警護する役目も担っております。なので私もこの部屋で問題ございません」

「ご、護衛の任であれば我らが担いましょう。なのでご安心いただきたい」


 その言葉を聞いて驚きの表情を浮かべながら反論したファクタだったが、ポーラは表情一つ変えずに続ける。


「ここにいるダリルは悪霊討滅において非常に貴重な存在です。皆様の実力は存じておりますし、決して軽んじてはおりませんが、対魔霊においては対処が難しいのもまた事実。それを考えると、私が傍にいた方が間違いなく事はご理解いただけますよね?」

「で、ですが、司祭長は女性ですし、それに、見ず知らずの男が同室にいるというのは……」


 少し怪訝な表情を浮かべるファクタだったが、ポーラは目を細め、視線だけを彼に向ける。


「良く知らない女の手を容易に取るのは構わないので?」

「え? あ、ああ、それはですね、私の癖と言うか何と言うか、なはは……」


 誤魔化すような口調で告げるファクタをよそに、ポーラは俺に視線を合わせてくる。


「ということで、本日も私と一緒の部屋に泊まりま……」


 不意にポーラが言葉を止め、視線がファクタの背後に釘付けになった。

 俺はその様子を可笑しく思い、同じように視線を向けると……。


『……(ニッコリ)』


 俺は思わず後ずさる。

 なぜなら、ファクタの背後に、顔だけ顕現させたエリーが、俺とポーラに向けてとびきりの笑顔を見せていたから。


「え……」

「え?」


 俺の呟きに反応して、ファクタが呆けた表情を浮かべる。


「どうした?」

「え? あ、いや、なんでも」


 俺の返答を聞いて、ファクタは表情を改め、少しばかり睨むように視線を向けてくる。


「そうか……。だが、君も一緒の部屋で泊まるのは問題あるのは理解できるだろう?」

「あ、ああ。そうだな」

「ならば、君からも言ってくれ。司祭長は我ら王国民にとっては特別だ。そんな存在が君と一緒に泊まるだなどと、到底受け入れることは出来ない」


 そう言いながら、ファクタは俺に詰め寄る。 


「いいか、冒険者。お前の様な下賤な野良犬と違い、司祭長は高貴な方なのだ。それを踏まえろ」


 ファクタの物言いに、ポーラが静かに間に割って入る。


「ファクタ。その話は聞き捨てなりませんね」

「し、司祭長、ですが」

「ダリルは悪霊討滅の鍵と言ったばかりです。下賤という物言いは看過できません。謝罪なさい」


 若干顔を引きつらせ、ファクタは一歩後ずさる。


「くっ……」


 唇を噛み締め、俺たちを睨むように視線を投げる。


「こんな男にたぶらかされるなどと、所詮は辺境の国に派遣された神官という訳ですか」


 ポーラは静かにその言葉を受け止めているところで、俺はポーラの肩に手を乗せ、ファクタに視線を向ける。


「……少しいいですか?」


 俺は険しい表情を浮かべるファクタを睨みつけた。


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