第26話 水の根源追いし者(ダリルの回顧 その4)
エリーが告げた能力について、俺はいまいちピンときていない。
無の力? 追う者? 一体何を言っているのだろう。そう思っていた。
だが、エリーが語った内容は、子供の俺でも分かるほど恐ろしいものだった。
全てを無へと帰す力。
子供ながらに理解したのは、ぜーんぶ失くしてしまうという力だということ。
エリーが教えてくれたのはまさにそんな力。
驚く俺を見つめていた二人だったが、リティが俺の目を見つめながら静かに話す。
『ふふっ……今の私はあなたの使い魔です。今度は私があなたの願いを叶える番ですね。ならば、私はあなたの使い魔として共に一緒に街へ向かいましょう』
『ま、待って! 私も行くわ!!』
エリーは驚いたように声を上げるが、リティは微笑みながらそっと首を横に振る。
『ダメよ……狙いはあなたなのよ? ここはまだ結界が有効に作用しているから、外よりも安全なのよ? それに、ここであなたが
『ならば、私たちが
エリーの一言に、リティは目を丸くする。
『それは確かにそうかもしれないけれど……』
『もう一人は嫌なの。お願い姉様、私も一緒に行かせて欲しい……』
短いやり取りではあったが、リティはエリーの想いに折れたのか、小さく頷いて答えた。
『わかりました。でも、絶対に私から離れないと誓って』
『誓うわ』
『よろしい。ではダリル、早速向かいましょう。もう
「は、はい!」
俺たちはお互いに頷きあうと、急ぎ神殿を後にした。
街に着いた俺は、目の前に広がる異様な光景に体を震わせた。
城塞都市としての名を知らしめていた立派な城壁はところどころ崩されており、城門は物凄い力によって破壊されていた。
門を通り過ぎ、街の中心部へと向かう中央通りの至る所に、赤くべったりと塗りたくったようにして血痕が付着している。
だが不思議な事に、その血の主たる遺体はどこにも見当たらない。
「……み、みんな……どこに行っちゃったの……?」
恐る恐る辺りを見渡すダリルの傍にふわりと舞い降りる美しい2人の女性。
リティとエリーは周囲に目をむけながら、凄惨な光景に眉をひそめている。
『……この周囲に、生きている者の存在は確認できません』
『遺体がない……恐らく取り込まれているのでしょう……』
「……そんな」
恐怖によって震える声をやっとの思いで出す俺に、傍にいたリティが俺の頬に手を添えるような仕草をする。
『ご家族のいる場所はどこです?』
「こ、こっちです」
震える指をまっすぐ南の方へと向けると、リティとエリーは俺の前に進み出て、周囲を警戒しながら先へ向かう。
遠くで金属がぶつかり合うような音が聞こえてくるが、それ以外の音は一切ない。
「まだ無事な人が!?」
『ええ、この先ですね』
俺の希望を混ぜた言葉に、リティが静かに頷く。
『この先には何があります?』
「えっと……確か教会があります」
俺の返答に応じる様に、二人が小さく頷きながら先を進むと、街の中央広場付近が見えてくる。
すると、そこでは魔物の群れが執拗に何かに向かって攻撃を繰り返している光景が見えた。
狼頭のコボルトとオークの集団が、狼の魔物を率いて街の中心部にある大きな教会建物の中央扉を必要に攻撃していた。
魔物の咆哮が辺りに響くと、俺は思わず恐怖に立ち竦む。
『ダリル。あなたの使い魔は、この程度の魔物に後れを取りません。さあ、ただ一言告げるだけです。『倒せ』と』
リティが真剣な眼差しを俺に向けてくると、小さく頷いてその言葉に応じる。
『リティさん。お願いします。僕たちの街を助けて!』
そこ言葉を聞き、リティは青く長い髪を緩やかに揺らめかせると、にっこりと笑みを浮かべてダリルを見つめ、優雅にカーテシーを披露した。
『……お任せください』
リティが表情を崩さぬまま、ゆっくりと手を魔物の集団に向ける。
『
もう一方の腕も魔物の集団に向けると、詩を紡ぐように凛と告げる。
『……
魔物の集団を中心に、突如として大きな炎の竜巻が生じる。
急な後背からの焔の嵐に為す術もなく、魔物達は巻き込まれて悲鳴を上げる。
やがて炎の嵐が消え去ると、その場にはピクリとも動かなくなった魔物の群れが無残な死体を曝した。
『まだ、他にもいそうですね』
リティが翳した手を下げ、俺の方を向いて小さく呟く。
すると、教会建物の中央扉が僅かに開き、中から街の衛兵らしき者が姿を現した。
「すげぇ……一瞬で倒したのか……」
周囲に転がる魔物の死体を見ながら、衛兵が俺の姿を見つけて声をかけてくる。
「坊主! 早くこっちに来い!!」
衛兵からの声掛けに俺は少し驚く。
俺の目の前には二人の女性が宙に浮いているのだが、彼にはどうも見えないらしいからだ。
「あ、あの! 僕の両親と祖父を探しているんです! ご存じないですか?」
「ん? 誰だい?」
「父はノーマン。母はクレアです。あと、『北の酒場』のボンじいちゃんです」
「……そうか。お前さんの母さんとじいちゃんはここにいる。だが、ノーマンは……」
少し寂しそうに呟く衛兵の男。だが、その背後から祖父のボンが顔を出すと、勢いよく飛び出してきた。
「ダリル? ダリルじゃないか! 無事じゃったか!!」
祖父であるボンじいちゃんが俺の方へと駆け寄ってくる。
白髪に白い髭を蓄えて見た目はおじいちゃんだが、その体躯は老人とはいえがっしりしており、俺を抱きしめてはぎゅっと力を籠めるから息苦しくなる。
「じ、じいちゃん……くるし……」
「お? おお、すまんかった。息子もお前も帰って来んし、儂もお前の母さんも心配しておったんじゃぞ?」
「そ、そうなんだ」
「まあいい。それよりも早よこっち来い。生き残った者たちは教会に逃げ込んでおるからの」
笑顔で俺の手を取って教会へと案内しようとするボンじいちゃん。
だが、リティが急に上空に鋭く視線を向けて警告を発する。
『来る! 逃げて!!』
リティの声に反応するように、エリーがダリルと祖父の背後を護るように飛び出すと、腕を宙に向けて掲げて声を上げた。
『
エリーの正面に漆黒の焔で作られた壁が形成されるが、そこに目掛けて巨大な氷の槍が幾本もぶつかる。
エリーの後ろにいた俺と祖父は、漆黒の焔の壁にぶつからなかった巨大な氷の槍が地面に数本突き刺さるのを目の当たりにして目を見開く。
氷の槍から俺たちを守ったエリーは、目の前に展開する漆黒の闇の壁を腕を軽く振るって消し去ると、地面に突き刺さる巨大な氷の槍を一瞥しながら、冷ややかな声音で正面を見据えつつ告げる。
『……あなただったとはね』
その言葉を聞き付けたであろう者が、ふわりと俺たちの正面に舞い降りる。
『あれだけの闇の魔力を感じたら、そりゃ来るに決まってるよお嬢様』
応じたのは女性の声だった。
その者は漆黒のローブを纏い、コバルトブルーの長い髪に深紅の瞳を持つ、妖艶な笑みを浮かべる女性だった。
その女性もまた、リティやエリーと同じように身体は透けている。
その様子を見ていたリティが、冷ややかな視線をその女性に向けながら、静かに口角を吊り上げる。
『……随分な挨拶ねアシュイン』
するとアシュインと呼ばれた女が歪んだ笑みを浮かべて目を細める。
『これはこれは。誰かと思ったら、魔力乏しい情けない力しか持っていない自称守護者じゃないですか。ああ、あれかい? ようやく闇と無の素晴らしさに気がつき、呪縛から解放されて力を蓄える必要になったということかい? それなら良い得物がすぐそこにいるじゃないか。いやぁ、さっきからあちこちで喰いまくってたらさ、あんたらよりも力を持っちまったよ。ハハっ、最初からこうしてりゃよかった』
醜悪な表情を浮かべるアシュイン。
リティとエリーは、ただ静かにその視線を受け止めている。
『……それは豪気ね。まあ、文化的で健全な生活を送ってきた私たちには不要な心遣いよ』
『へぇ、私たちを封じ込められなかった小娘風情が、えらく言うようになったね』
『今の私に敵うとでも?』
『本調子じゃないのによく言うよ』
「だ、誰?」
隣にいたリティに辛うじて質問するが、深紅の瞳をしたアシュインを見て、俺は底知れない恐怖に囚われる。
『……私かい? 私は“水の根源を追いし者”さね。そこにいる者には昔世話になってねぇ。折角この世に顕現したんだから、私がその力を有効に利用してやろうと思ってさ、こうして来た次第さ』
アシュインの歪んだ笑みを見据え、リティとエリーが腕をかざす。
『戯れ言を……
『
一切躊躇する事無く詠唱した二人の放つ魔法が、一気にアシュインを包み込もうと襲い掛かる。
だが……。
『鈍くさいなぁ』
アシュインは呆れた表情でその場から姿を消す。
リティは冷静に正面を見据えたまま俺の傍に舞い降りると、エリーがそっと告げてくる。
『姉様。私が相手します。』
『……わかりました。援護はしますが、無理はしないでね』
『はい』
互いに意思の疎通を終えたエリーは、目を閉じて静かに両手を地面にかざす。
『
エリーの周囲に漆黒の焔が壁の様に立ち昇るが、阻害するかのようにアシュインの声が響き渡る。
『
漆黒の焔で形成された壁が一気に凍結し、更に言葉を紡ぐ。
『
エリーの周辺に無数の氷の礫が現れ、一気に取り囲むようにして襲い掛かるが、至って冷静に周囲に展開する氷の礫を一瞥し、右腕を天空へとかざす。
『
その様子を見ていたリティが、氷の礫目掛けて手を翳して声を上げると、炎の嵐が一気に巻き上がり、氷の礫が一気に融解して消え去った。
だが、エリーの正面にアシュインが姿を現したかと思うと、歪んだ笑みを浮かべたまま深紅の瞳を向けてくる。
『へぇ……リテシアもやるねぇ』
にやけた表情のまま告げるアシュインに、エリーは静かに佇んだまま正面を見据え続ける。
そんな二人の会話を聞きながら、俺は祖父に引っ張られながら教会の方へと向かう。教会の中から外の様子を除いていた衛兵は、先ほどからの戦いの様子に慄いており、今ではすっかり扉の陰に隠れてしまっている。
エリーとアシュインが対峙する中、リティは俺と祖父の傍に寄り添うように援護してくれている。
だが、祖父は目の前で急に現れる数々の魔法に、驚きの表情を浮かべていた。
「だ、誰かおるのか?」
「え? うん。今、魔霊同士で戦っているの」
「何じゃと!?」
俺の返答に、ボンじいちゃんが目を丸くする。
「お、お前、その者の存在が見えるのか?」
「うん。3人いるよ?」
「な、何と……」
俺がアシュインの方に視線を向けると、一瞬だけ目が合った。
すると、俺に目をむけてきたアシュインの表情が歪み、口角を吊り上げてエリーに話しかける。
『……へぇ、面白そうなガキじゃないか』
『そう? 決して面白くは無いわよ?』
『へぇ、あいつに何かあるのかい?』
『さあ?』
『……クククッ……嘘が下手だねぇ。こいつはやっぱり面白い!』
アシュインが聞く者を不愉快にさせる笑い声をあげながら、おもむろに俺目掛けて手をかざす。
『
アシュインの唱えた
『
強烈な炎の嵐が俺たちの目の前に現れ、狙ってきた氷の礫を一気に融解していく。
だが、物凄い勢いで生じた水蒸気が薄れると、そこにアシュインの姿がない。
すると、上空から笑い声と共にアシュインが一気に降下してきた。
『甘いね!
『くっ!』
上空から俺目掛けて放たれた巨大な氷の槍を目にし、リティが身体を俺たちの正面に晒す。
だが、それにいち早く反応したエリーが、一気に飛び上がって氷の槍目掛けて手をかざした。
『
漆黒の闇の焔が氷の槍の軌道を逸らせ、俺たちから幾ばくか離れた場所へと落下させた。
だが、その瞬間。
「うわっ!」
『甘いねぇ』
俺のすぐ傍に現れたアシュインが、愉悦に歪む表情のまま俺の目を見据えて告げた。
リティとエリーが驚愕の表情を浮かべるのも束の間、アシュインの身体から漆黒のオーラが溢れ出し、ロープの様に蠢いた闇のオーラが迸る。
『ま、こいつも喰っちまおう』
「うわあああああ!!」
「させん!」
漆黒のオーラが俺に纏わりつこうとした瞬間、ボンじいちゃんが勢いよく俺を突き飛ばした。
「ぐああ!!」
容赦なく闇のオーラがボンじいちゃんを包み込み、急激に集約していくと、骨が折れる音が聞こえ、血が地面へと飛び散った。
「じいちゃん!!」
『っ!!
エリーが目を見開きながら、アシュイン目掛けて数十本もの闇の槍を向ける。
『
『……つまらん』
アシュインはつまらなそうな表情を浮かべ、漆黒のオーラを一時的に解除すると、彼女目掛けて放たれた数十本もの闇の槍を難なく避けてしまう。
漆黒のオーラから解き放たれた祖父。
だが、彼の身体は醜く歪み、至る所の骨が砕かれ、穴と言う穴から血が流れだし、呼吸はあるようだがまさに虫の息だった。
「じ、じいちゃん!!」
慌てて無残な姿になった祖父へと駆け寄ろうとしたが、ケタケタ笑いながら手を翳すアシュインから漆黒のオーラが溢れ、瀕死の祖父を再び覆いつくす。
傍に寄ることが出来なくなる中、ボキボキと骨が砕ける異音が響き、俺は何も出来ずにその場にぺたりと尻餅をつく。
瞬く間に漆黒のオーラが消え去ると、そこには血だまりしか残っていなかった。
『あはぁ……あはははは! こいつはいい。やっぱりこの街を襲ったのは正解だったねぇ。こんなジジイでもこれだけの力が手に入るんだからねぇ』
『外道が!』
呆然と佇む俺を気遣う様にリティが傍に寄ると、高笑いをするアシュインに向かって叫ぶ。
『ぷっ……あはははは!! 滑稽だねぇ。お前達は誰も守れないんだ。今も昔も、変わらない。変わらないんだよ!』
笑い続けるアシュインに目もくれず、リティは俺の傍で顔を伏せて小さく首を横に振っている。
そんな様子を目にしたアシュインは、嗜虐的な感情に火がともり、更に貶めようと俺の方に手を翳した。
『あぁ……もう十分力を貰えたわ。こりゃもう面倒だ。あそこに居る奴等含めてまとめて奪ってやろう。
『くっ!
アシュインの唱えた極大魔法を前に、リティが急ぎ俺を庇う様に覆いかぶさり、焔の壁を周囲に展開する。
極度な寒さが襲い来る中、俺の周囲に展開された炎によって辛うじて意識を奪われずに凍えていたが、やがて炎が消え去ると、周囲の状況を見渡して俺は絶句する。
氷の世界だった。
教会も、街並みも、倒されていた魔物も全て凍り付いていた。
「な……な……何……が?」
俺のすぐ傍にいたリティが、俺を悲しげに見つめてくる。
そんな様子を見ていたアシュインが、腹を抱えて笑い出した。
『あはははは! いやぁ、まさかここまでの力を得ていたなんて思ってなかったなぁ。これは楽でいいや。
勢いよく両腕を大きく広げ、声を張り上げて唱えた魔法により、アシュインの身体から漆黒のオーラが迸り、教会や周囲目掛けてオーラが飛び出す。
『あうんっ……んふっ……あはっ、あはははっ! こ、これはいい! やっぱりいいぞ!! もっとだ……モットヨコセ!!』
恍惚な表情を浮かべるアシュインは、コバルトブルーの髪を振り乱し、ぞくぞくするのか微かに震える身体を両手で抱きすくめている。
そんなアシュインの背後に、黒いオーラが揺らめきながらを空間をたゆたうと、漆黒のオーラが次第に集約し、次第に人の輪郭を形作る。
エリーだった。
『はっ? どうしたお嬢様。今更こっちに着くのかい?』
急激に力を吸収して身体をビクビクと震わせるアシュインが、緩やかに現れたエリーに向かって、人を小馬鹿にしたような物言いをする。
すると、問われたエリーは静かにアシュインを見据え、冷めた視線を一度伏せ、そして小さく頷いた。
『……そうですね。今更ですよね』
エリーが小さく呟き、そして小さく首を振る。
『私は、愚かでした』
静かな声。だが、とても深い悲しみを帯びた声。そんな声を聞いたアシュインが、おもむろにエリーに手を翳した。
『ようやく気がついたのかい? 今更だねぇ』
『ええ。今更ですが、気がつきました』
エリーはそう呟きながら、アシュインを正面に見据える。
『……本当に愚かでした。許してください』
エリーが顔を静かに持ち上げ、アイスブルーサファイアの美しき瞳でアシュインを見据える。
そんな言葉を投げかけられたアシュインは、口角を吊り上げて愉快そうに笑い始めた。
『あはっ……あははははは! やっと気がついたのかい? 馬鹿だね、あんたは。ま、これから私の力の糧になるんだ。永遠の想いを妾と紡げることを有難く思うがいいさ』
手をむけられ、侮蔑交じりの笑い声と共に告げられた言葉を一身に受け止めていたエリー。
だが、そんな言葉を受けながらも、静かに開かれたアイスブルーサファイアの瞳がアシュインを射抜く。
『ええ。本当に……』
そして、勢いよくアシュインの顔をエリーが鷲掴みにする。
『
『はん! お前程度の魔力で、私を吸収することなんざでき……え? なあっ……にいぃぃっっっっ!!!!!!!』
エリーはまるで詩を語るかの如き美しき声音を紡ぎ出して呟くと、掴まれたアシュインの身体を漆黒のオーラが勢いよく纏わりつく。
霊体にもかかわらず、アシュインの身体はまるでアメーバのように全身を軟化させ、中空に持ち上げられるとその異様な姿恰好を周囲に晒す。
無表情のままアシュインを掴み続けるエリーの瞳は、一切動じることなくその光景を冷たく見据える。
そんな瞳を向けられたアシュインは、声にならない悲鳴を上げ続ける。
『……私は本当に愚かです。救える命を救えなかったのですから。ですが、そのお陰というには非常に腹立たしいですが、あなたが一気に大量の魂を簒奪してくれたおかげで私も決心できました』
そう言いながら、エリーは冷ややかにアシュインを見据える。
『魂の簒奪魔法は“無”の魔法なのはご存じですよね? なのに、水の根源を追う者がそれを使えば、適性が無いので当然魔力は暴走します。ですがそれは一時的なこと。魔力が定着すれば全てあなたの能力となる。ですが、今回あなたは、私がいる目の前で数多くの魂を簒奪した。少数でも魔力が暴走するのに、あれだけの数を奪ったのです。その影響は計り知れないと思いませんか? 現に私の拘束から逃れられないですよね?』
冷たく言い放つエリーを前に、為す術もなく言葉を発せずに苦しむアシュイン。
更に続ける。
『お分かりになりましたか? あなたは、自ら墓穴を掘ったのです。だから、今のあなたは私にとってただの餌。簡単にその力を奪うことが出来ます。あなたのこれまでの記憶も、力も、全てね。だからお礼を言いましょう。ありがとう、私に能力を与えてくれて。ありがとう、私を侮り、隙を作ってくれて』
『っ!! っっっっ!!!!』
完全に姿が視認できない程の姿に成り果てたアシュインに、エリーは冷ややかな視線を向けて呟く。
『永遠の想いを妾と紡げることを有難く思ってくださいね? あ、これ、あなたの言葉でしたか。なのでお返ししますね』
最後の断末魔だろうか。甲高い悲鳴が辺りに響き渡る。
『それでは、さようなら』
冷たく言い放つエリーへと、全てを簒奪した漆黒のオーラが濁流の如き勢いを上げながら身体へと流れ込む。
やがて黒き奔流は静かに消え去り、残すは目を虚ろに開いて呆然と佇む美しき女性魔霊のみとなる。
落ち着いたと思った途端、糸が切れたように頭を垂れるエリー。
俯く顔は伺い知れないが、その口元は小さく痙攣させて醜く歪んでいた。
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