幕間 冒険者ギルドにて……
「おーい。ルナー」
「はーい。ただいまー」
野太い声に呼ばれ、ルナは軽く身なりを整えてカウンターに立つ。
「ルナ。依頼終了したので、確認頼むよ」
「はい。では、ギルドカードをお願いします」
テキパキと仕事をこなすルナ。
受け取ったカードに、依頼対象となる討伐証明を魔導石板に取り込んでいく。
「そういえばルナ、今夜俺と一緒に食事でもどう?」
厳つい男がニィと笑みを浮かべて尋ねてくる。
ルナはカウンターに落としていた目を彼に向けると、微笑みを浮かべて応じる。
「ごめんなさい。仕事が立て込んでて難しいです」
「そっか。じゃあ、また誘うから、その時はよろしくな!」
「はい。ありがとうございます。あ、カードをお返ししますね。あと、報奨金です」
全ての対応を終え、冒険者の男が去る姿を見ると、ルナはため息をついて職員控室へと向かう。
向かう途中の廊下で、ギルドの副官であるアイシャとすれ違う。
「あ、ルナ。マスターが呼んでいるわよ?」
「マスターがですか?」
「執務室に居るから、よろしくね」
「わかりました」
首を傾げながら、ルナはアイシャに言われたギルドマスターがいるという執務室へと向かった。
扉をノックして返事が返ってくると、ルナは静かに中へと入る。
執務室の中では、ギルドマスターのジーヴァが、椅子に座って書類を片手に難しい顔をしながら頭を掻いていたが、ルナの姿を認めると一転して笑顔になる。
「おお、ルナ。呼び出してしまってすまないな」
「いえ、構いません。で、どのようなご用件でしょうか?」
ギルドマスターであるジーヴァは、頭を掻きながら立ち上がる。
「ああ、シルバーランクの冒険者ダリルについてなんだが、今日からあいつは教会預かりになってね、フランティア聖王国へと向かったんだ」
「え?」
ルナが一瞬唖然とした表情を浮かべる。
ジーヴァが驚いてルナに尋ねる。
「ん? どうかしたのか?」
「え? い、いいえ。なんでもありません」
「そうか? まあいい。でだ、ダリルがこれまで行ってきた依頼に関する資料を纏めて欲しいんだ。何やら教会の司教様が、ダリルに関するこれまでの依頼記録を見たいと言ってきてね、ルナならよくあいつの仕事を処理していたと思うから、やってくれないかな?」
突然の内容に、ルナはしばらく呆然と立っていた。
「……ルナ?」
「え? あ、はい。わかりました。記録を抹消すればよろしいんですね?」
「は?」
「え?」
驚くジーヴァに見つめられ、ルナが目を丸くする。
「え? あれ……ご、ごめんなさい。もう一度いいですか?」
あたふたするルナを見ながら、ジーヴァはしばらく思索にふけるが、すぐさま首を小さく振って依頼内容を繰り返し伝える。
「……わかったかな?」
「は、はい。わかりました」
「じゃあ、早速頼むよ」
「はい……あ、あの、マスター?」
「ん? どした?」
座りかけたジーヴァが、ルナに問われてそのままの姿勢で聞き返す。
「あの、ダリルさんは、いつ頃戻ってくるのですか?」
「あいつか? そうだな……1か月か、半年か、どれくらいになるかはわからないな……」
腕を組み、考えるようにして応えるジーヴァ。
すると、何故か肩を落とし、俯くルナ。
「そうですか……失礼します」
何が何だか分からないジーヴァは、部屋を去っていくルナの後姿を怪訝そうな表情で見送るのだった。
「あ、ルナー!」
受付カウンターに戻ってきたルナに、突如として明るく元気な声で呼びかけた少女がいた。
テルの村で、ダリルによって悪霊の襲撃から難を逃れた冒険者、ミーアだった。
「ミーア?」
「うん。今日も依頼を受けに来たけど、暇だから声を掛けただけー」
「そう」
素っ気ない返事に、ミーアは首を傾げる。
「どしたの? 何か悪い物でも食べたの?」
「……ううん。大丈夫」
「そっかぁ……あ、そういえばさ」
カウンターに身を乗り出してくるミーア。
「ルナが村を出て行くきっかけになった冒険者、会えたのかな? かなっ?」
両肘をつき、顎を手の甲に乗せて笑顔で尋ねてくるミーア。
そんな彼女にルナは寂しそうに乾いた笑いを浮かべる。
「……会えたよ」
「えー! そうなんだー!! やったじゃんっ! 大好きだって言って、飛び出していったもんね!!」
そう。
ルナは王都から遠く離れた北方の小さな村の生まれで、10歳の時にコボルトの集団に襲われたところを、通りすがりの冒険者によって助けてもらった過去がある。
その冒険者は1対の漆黒の剣を振い、瞬く間に10体以上いたコボルトを蹴散らし、村まで送り届けてくれた優しい人だった。
王都に急いで向かっているとは言っていたが、名前も名乗らずに去っていったので探すのにも苦労したほど。
今でも印象に残る黒髪に黒い瞳。優しそうな笑顔。
ただ、他の冒険者と違っていたのは、彼は一人ではなく、傍に長いウェーブがかった漆黒の髪をした美しい精霊の様な女性が付き従っていたのだ。
小さな少女の瞳に映ったその男性冒険者は、彼女の心を掴んで離さなかった。
未だにあの笑顔を向けられると、心が締め付けられるような感覚に陥る。
でも、今は……。
「うん。そうだね。でも、もう会えないかもしれない……かな……」
「ふーん。でもさ、ギルドに所属して受付嬢になったんだから、探そうと思えばいくらでも探せるんじゃない?」
「!?」
そうなのだ。今では職場の権能を利用すれば、すぐさま探すべき冒険者を調べることが出来るのだ。
「……そうだよね! その手があったよ! ありがとう、ミーア!!」
「え? うん。どういたしまして?」
きょとんとするミーアに、ルナは満面の笑みを浮かべながら彼女の手を取り、優しく握る。
「本当にありがとう。助かったわっ」
そう言って、ルナは受付の奥へと消えていった。
「……喜んでいるならいいけど、結局誰だったんだろ?」
首を傾げるミーアの後ろに、仲間であるクレストたちが集まってきた。
「ルナと会えたかい?」
「うん。会えたけど……本人も喜んでいるし、まあいっか!」
意味は分からなかったが、仲良しの友達にお礼を言われたことで、一先ず良しとするミーアだった。
だが、そんなやり取りを見ていた二人の人物がいた。
「……まさか…………アイツのことか?」
「さあ? わかりませんね……」
「ぐぬぬぅ…………うちの可愛い看板娘を汚すことなど、許せるものではない……そんな輩は排除するまで。よし。ギルド総出で全力護衛だ」
「……その気合、仕事に向けてください」
厳つい壮年男性の気合の籠った言葉を受けて、その補佐を担う美しき副官が、ため息交じりにそう窘めるのだった。
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