第17話 「悪霊使い」聖王国へ
リュナによって魔石の解呪を終えた俺は、宿に戻る前に風よけのマントを購入しようと防具専門店を訪ねた。
冒険者ギルドから少しばかり離れているが、俺の様な中級冒険者たちがよく利用している為か、店に入ると防具を念入りに吟味している冒険者たちの姿が見受けられる。自分の命を預ける防具だ、そりゃ真剣にもなるよな。
「いらっしゃいませ。何をお探しでしょうか?」
店に入ると、壮年の渋い男が俺に声を掛けてくる。
毎度見ていて思うのだが、この壮年の男が店長だ。
「ああ、風よけにマントが欲しいと思って」
「マントですね? でしたら、あちらに用意しております」
「ありがとう。探してみるよ」
「何かございましたら、お声がけください」
笑顔でその場を去る店長を見送ると、俺は奥にあると言われたマントの売り場へ向かう。
フランティア聖王国は、ここノルドラント王国から南にある小さな国だ。
この国は四方を山に囲まれた中央の盆地にある巨大な城塞都市なのだが、この国へ入国するには山を切り抜いて作られた「切通し」と呼ばれる回廊からしか入る手段はない。何故かといえば、山を越えようとも強力な魔力結界に阻まれるからだ。
回廊は山を切り抜いて作られただけあり、盆地から吹き抜けてくる風が強い。そのため、今回のフランティア聖王国行きをきっかけに、マントを新調しようと思えたのである。
まあ、もっともな理由を言ったが、実際には男のロマンだから、と言うのが一番の理由。これはエリーには内緒にしよう。
『いろいろな種類があるんですね……』
俺の傍で小さく呟くエリー。
服飾のセンスは彼女が一番あるから、正直買う時にはエリーのセンスに任せているのが実情だ。
ま、楽だし。
「そうだな……」
適当にマントを手に取る俺。
『あ、それ良いんじゃないですか?』
そう言って指を指されたのは焦げ茶色のマントだ。
至って普通の色合い。
表が漆黒、裏が深紅とか憧れるんだが……。
『漆黒のマントとかいらないでしょ? 別に騎士とかじゃないんだから』
エリー。お前は男のロマンを知らないな。
『縫い目もしっかりしてるし、何より厚手で丈夫そうだから、こっちの方が良いと思うよ?』
「漆黒のマ……」
『風が強い地域でしょ? こっちの方が一番いいわ』
そう言って魔力操作で器用に俺の手元にマントを持ってくるエリー。
『……いつ、お金が無くなるかわからないよ?』
マントの購入価格を値札で確認すると、焦げ茶色のマントが銀貨7枚に対して、漆黒のマントは金貨4枚だった。
「……こっちにする」
泣く泣く、焦げ茶色のマントを購入したのだった。
宿に戻り、俺は上着を脱ぎ棄て、ベッドに飛び込む。
『……せめてクローゼットに仕舞えばよろしいのに』
そう言いながらも、魔力操作で俺の上着を畳むエリー。
何度も言うが、相変わらず器用だなぁ……。
「相変わらずき……」
『それ、前も言ってたわ』
「いいじゃないか、器用なものは器用なんだから」
『じゃあ、一体か……』
「それこそ前に言ってたじゃないか」
俺の回答に若干笑みを浮かべ、再びエリーは作業を続ける。
「いやー。それにしてもフランティア聖王国か……。初めて行くなぁ」
『ルストファレン教会の総本山がある場所でしょ? どんな街なのかしら……考えただけでも眠れなくなりそうだわ』
「……睡眠の概念があるとは知らなかったよ」
『無いわよ?』
無いのかい。
「じゃあ、俺が寝ている間、何してるのさ」
『え? 聞きたい?』
「ああ。一応……」
すると、俺をジト目で見つめてくる。
『……明日身に着ける装備の準備をしてあげたり、服を畳み直してあげたり、ほつれた箇所を直してあげたり、ブーツを整えてあげたり……』
「すまん、もういいや。あ、ありがとうな」
ふふんと腕を組んで笑みを浮かべるエリー。
いや、いつも俺が寝ている間にやってくれているのか。
なんだかすまない気がしてきた。
「なんだか悪いな」
『……今更どうしたの?』
怪訝そうな表情をしてエリーが俺を見てくる。
「……本当だな。なんでだろう」
本当にどうしたんだろうな、俺。
『まあ、気にしないで欲しいわ。暇だからやっている事だし、それに……』
少し考える素振りをするが、小さく首を振った。
『……何でもない』
「何でもないのかい」
『まあ、明日はフランティア聖王国に向かうのだから、ゆっくり休むと良いわ』
「そうだな……そうするよ」
俺はベッドに横になる。
「じゃあ、おやすみ」
『ええ。おやすみ、ダリル』
俺は微笑むエリーを一目見ると、静かに瞼を閉じた。
深夜。
宿の周囲は静まり返り、ダリルはベッドの上で寝息を立てて静かに眠っている。
エリーはダリルの安らかな寝息を聞き、小さく笑みを浮かべる。
放り出されていた服を綺麗に畳み終え、不要な服は全て空間魔法によって収納し終え、装備品などを整理整頓し、明日の為の準備品を用意し終えたエリー。
全てを終えた時、ふと窓の方へと目を向ける。
それに呼応するかのように、雲から顔を出した月の淡い明かりが部屋の中を照らし出し、ベッドの上で瞼を閉じるダリルの寝顔が、薄暗い空間の中にぼんやりと浮かび上がった。
幸せそうな顔をして眠りにつくダリル。
そんな表情を見たエリーは、目を僅かに細め、頬を緩めて嬉しそうに見つめる。
『こんな人が、私を絶望の淵から救ってくれたなんてね……』
そう小さく呟き、ベッドサイドにふわりと舞い降りると、彼の頬に唇を一瞬だけ添え、すぐさま顔を離して再び見つめる。
『……おやすみなさい』
そう呟き、エリーは姿を消したのだった。
朝。
目が覚めると、いつものようにベッドサイドでエリーが微笑んでいた。
『おはよう』
いつもの朝だ。
「ああ、おはよう」
俺はブーツを履き、テーブルの上に並べられた装備品を身に着けていく。
「いつもすまないねぇ」
『……どういたしまして』
ノリが悪いなぁ……。
「さて、今日は朝ご飯を食べたら南門へ行くよ」
『出発ね。わかったわ』
「ああ。行こうか」
俺たちは宿を出た。
宿を出てすぐの屋台でサンドウィッチを購入し、それを食べながら南門へと向かう。
『お行儀が悪いですね。座って食べても十分間に合うでしょうに……』
「いいの。女性を待たせてはダメだろ?」
『……私も女の子よ?』
「俺、お前さんを待たせてるのかい?」
『……オジサマの可愛らしい寝顔を見ながら起きるのを待ってるよ?』
「……ごめんなさい」
そう言いつつ、手にしたサンドウィッチを頬張る。
恥ずかしいから胡麻化したわけではないぞ? うん。
「そういえば、南門の馬車広場で会おうとは言ったが、何処で待てばいいんだ?」
俺がふと呟くと、エリーは俺の真正面にふわりと舞い降りる。
『馬車広場でのんびり待っていればいいじゃないですか』
「……それもそうだな」
女性は準備に時間が掛かるというもんな。
「女性は朝の準備が大変だって聞くからね……。そう言えば、エリーは毎朝お色直しとかの準備ってしてるの?」
不意に質問すると、エリーはふふんと胸を張る。
『私は何もせずとも美しいままよ?』
ま、そりゃそうだ。確かに絶世の美女だし。そもそも霊体だし。
というよりも大した自信だ。とはいえ、あながち間違ってもいないというのが悔しい。一度不細工の気持ちを知ってみるべきだと思うね。うんうん。
そんなたわいもない会話をしながら歩いていると、気がつけば南門の馬車広場に着いた。
朝も早いせいか、周囲はいたってのんびりと準備をする馬車がちらほら見えるだけだで、慌ただしさは感じない。
もう少し時間が進めば、冒険者や商人たちがこの辺りに溢れかえることになる事だろう。
そんな事を考えていると、一台の馬車が道を進んでこちらへと向かってきた。
たまたま視線を向けただけだったのだが、その御者台の上に座る人物を見て、俺は思わず目を見張る。
「あれ? ポーラ?」
御者台に座って笑顔で馬車を扱うポーラが見えたからだ。
驚いたことに、昨日見たような教会の司祭が着るような純白のローブは着ておらず、白いシャツに濃紺のズボンの上に革製の鎧で身を固め、真っ白なマントを翻す正に冒険者の様な恰好をしていた。
フードなどない装備が故に一つに纏め上げた煌びやかな美しい金髪が風に靡き、顔立ちの整った美しい容姿を引き立てるように長い耳に光る赤いイヤリングがキラリと輝くたびに、周囲の男達は「ほぅ」とため息交じりにうっとりとした顔で見つめている。昨日とは全く違う意味でとても美しく、綺麗だった。
ただ、そんな彼女の横で恐縮する御者の姿も見える。
その御者はとても若く見えるのだが、男の容姿なんかどうでもいい。
まあ、ポーラが自ら動かしてみたいとか言ったのだろう。だからこそその御者は恐縮してしまっているのが想像できて少し可笑しくなる。
ゆっくりと近づいてきた馬車が俺の目の前で止まると、ポーラはふわりと飛び降りて俺の目の前で笑顔を見せる。
「おはようございます、ダリル。お待たせしたみたいですね?」
「おはようポーラ。この馬車は?」
荷台には小さいながらも小さな窓が付いた幌がかかる立派な馬車だ。
「この馬車、教会の所有物なのです。司教様にお話ししたら、これを使うようにと渡されました」
笑顔で応じるポーラ。
相変わらず綺麗な笑顔だ……。
『……朝から鬱陶しい』
エリー。ここは優しさ。優しさを出そう。
「ふふっ。相変わらずね、エリーちゃん」
エリーを見つめて微笑むポーラ。
だが、傍に居た御者が辺りをキョロキョロしている。
ポーラには見えるようだが、御者には見えない様だ。そういう意味では、認識阻害は有効に機能していると言える。
「準備は大丈夫ですか?」
ポーラが微笑みながら尋ねてくる。
「ああ、大丈夫だ。むしろポーラは朝ご飯は食べたの?」
すると彼女は微笑みながら首を縦に振る。
「大丈夫よ? 教会の朝ご飯はとっても早いんですから!」
笑顔が眩しい。
「それに、昨日お伝えした通り冒険者登録してきましたから、今後はギルドで受けた依頼も一緒に行くことができるようになりました。いつでもお手伝いしますから言ってくださいね?」
「はわー。早いねー」
「ええ。冒険者には興味もありましたから、はりきっちゃいました!」
そう言って舌を出しながら笑うポーラ。
うん。美人がこんなポーズをすると絵になるねぇ。
「じゃあ、準備が出来ているなら早速出発しましょう」
そう言って、俺を荷台へと案内するポーラ。
「あ、そうでした。御者の子はアルク。教会に所属する神官見習いの子ですが、今回は修行の一環として御者として一緒に来てくれることになりました。よろしくお願いしますね」
「アルクです。よろしくお願いします!」
若い少年が頭を下げる。
「ああ、よろしく。アルク」
俺が手を差し出すと、アルクは笑顔で握り返す。
「フランティア聖王国までは大体4日くらいかかるから、早速行きましょう」
ポーラが荷台に乗りながら笑顔で告げる。
俺が座ると、彼女は隣に座った。
『……色ボケ金髪耳長女。身の程をわきまえなさい』
エリーに言われたポーラが笑みを浮かべると、いきなり腕を絡めてきた。
柔らかなふくらみに、俺の腕が沈む。
『……むっ』
「……ふふっ。楽しい旅になりそうね!」
目を細めてポーラを見つめるエリー。
微笑みを浮かべて余裕の表情のポーラ。
俺は……。
「ア、アルク! 行こうかっ!」
「え? あ、はい!」
馬車がゆっくりと走り始めると、俺は静かに天を仰ぐ。
何事も無く、平穏無事に到着できますように……と。
とはいえ……。
神様。ありがとう。
この感触は実に素晴らしい!
ああ、生きていてよかった……。
流石司祭長様。
そんな俺は、口角は吊り上がり、頬が緩んだ表情を浮かべていたのだろう。エリーが静かに俺の顔を覗き込み、魔力操作で俺の頬をつねってきた。
若干痛みを感じながらも彼女を見ると、当の絶世の美女は微笑みを浮かべてこう告げる。
『……ずっと憑りついてやるんだから。覚悟しなさい』
あのね、一つだけ言わせてもらうぞ……。
「美女だからと言って、何をしても良い訳ではないんだからな。エリー」
目指すはフランティア聖王国。
目的地目指して、腕に伝わる柔らかな感触と頬に感じる痛みを覚えながら、ゆっくりと馬車は進んでいくのだった。
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