第14話 知らないってある意味怖い

『……は?』


 エリーが真っ先に反応した。


『結婚? 何を抜かしているの、この色ボケエルフ』

「……あら? デートのお誘いという事は、私と結婚するという宣言ではございませんの?」


 ちょっと待て。

 いやいや、結婚って、まずはお互いに知り合ってだね、趣味とか性格とか理解し合いながら辿り着く境地でしょ?

 俺、さっき会ったばかりの女性に結婚なんか申し込むほど勇気ないぞ?

 ここはきちんと説明せねば……。


「いや、あのですね、お近づきになった証として、一緒に食事でもどうですかと」

「え? 私の事お嫌いなの?」

『ええ、嫌いです』

「……貴女に聞いてませんわよ?」


 腕を組んで俺の前に陣取るエリー。


『順番が早すぎでしょ。何でデートの話から急に結婚に至るわけ?』


 するとポーラは微笑みを浮かべる。


「おばあ様から聞いてましたもの。デートをしたなら結婚しなさい。結婚なんて所詮は『慣れ』だって」


 ばあちゃん、なんてことを教えてるんだ……。

 というよりも待って欲しい。

 慣れって何? じゃあ俺って何?


「あのー、『慣れ』って何です? そもそも俺って?」

「え? ああ、お気になさらないでください。私たちエルフはイケメンを見すぎているので、の方が私は好きですわ」


 満面の笑みで答えてくる美人司祭。

 いやね、確かにイケメンとは思ってないよ? でもね、はっきり言いますかね。

 俺、泣いて良いよね。


『ね? 言った通りでしょ?』


 ふふんと胸を張るエリー。

 もういいや。


「さて、そろそろいいかの? 馬車を用意させるでな、それでギルドに向かうといい。ポーラ司祭長は後でダリル殿の宿へと向かわせるので、詳細は彼女から聞くと良いじゃろう」


 そういってノード司教が手を小さく上げると、傍に控えていた神官が頷いた。


「では、皆に神のご加護を」


 複雑な思いを胸に、俺は頷いた。

 なんか色々と聞きたいこともあったし、言わなきゃならない事もあったような気がするけどもういいや。

 本当、疲れたよ……。





 教会を出ると、待機していた馬車に乗って冒険者ギルドへ向かう。

 あっという間にギルドに到着すると、御者の方が親切にも扉を開けてくれる。

 俺の姿を見た他の冒険者たちが、何事かと俺を見てくるが、気にしないで欲しいし、見ないで欲しい。

 いやぁ、視線が痛いぜ……。


「あれ? ダリルさん?」


 ルナの声に我を取り戻す。


「え? ああ、戻りました」

「……おかえりなさい。心配しましたよ? 3日も帰って来なかったんですから」


 あれ? モテ期到来?


「教会の使いの方がいらして、ダリルさんは心配ないから、報酬を事前に用意して待っていてくれとの連絡をいただいたので、用意してお待ちしてたんです」


 そう言って、カウンターに小さな小袋を置いたルナ。

 まあ、そうだよねー。


「では、ギルドカードをお願いします」

「はい」


 渡されたカードを受け取るルナ。

 手早くカードを魔導石板に乗せる。


「では次に、対象の魔石を提示してください」

「ほい」


 俺は事前にエリーから受け取っていた小さな麻袋をルナに渡すと、彼女は中身を取り出し、中に入っている魔石を魔導石板に開けられたスペース1個ずつ丁寧に置いていく。

 全ての出された魔石を読み取り、魔導石板は淡く輝いくと、カードを差し出してくる。


「確認が完了しました。依頼は全て完了です。魔石は受領希望だったので、こちらもお返ししますね」


 そう言って魔石を麻袋にしまい、俺に戻してきた。


「ありがとう」

「では、またのご利用お待ちしています」


 そう言って笑顔でお辞儀するルナ。

 やっぱりいいなぁ。朗らかで……。


 俺はギルドを後にし、寝床を確保するため、いつもの宿へと向かった。





 宿はギルドから少し離れた場所にある。

 値段は安く、治安がいいので結構気に入っている。


「はぁ……やっと着いたか」


 俺は思わずため息をつく。


『……ねえ』

「ん?」

『色ボケエルフに宿の場所を教えなくていいの?』


 あ……そうだった。

 というよりも、彼女は「ポーラ」だ、エリー。


「後で教えに教会に行くよ。まずは寝床を確保しないと」

『……いいけど、ここでいいの?』

「何が?」


 そう言ってエリーが俺の正面に現れる。


『……こう言うのも癪だけど、こんな安宿にあの女を呼ぶの?』


 エリー……お前ってやつは……何て良い奴なんだ……。


「エリー……お前……」

『え? ち、違う! あいつの為じゃない! どうせならもう少し高い宿にすべきだと、そう言いたいだけよ!』


 ふっ……お前も実体があれば……。


『……ムカつく』

「何でよ」

『知らないっ』


 ふふふ。いやつめ。


「まあ、有難いが、俺にはこの宿で丁度いいんだよ。それに、彼女はなんだかんだ言って一緒の宿に泊まるとは思えないしね」

『……それもそうよね』

「だろ?」


 そこはわきまえてますよ。うん。


「じゃあ、さっさと確保しよう。まあ、大丈夫だろうけど」

『そうね』


 宿へ入ると、いつものカウンターに無言で座る髭面の親父が俺を一瞥してくる。


「オヤジ、明日から出かける必要があるものだから、今日だけ泊まれるかな?」


 オヤジが小さく頷くと、手を差し出してくる。

 その手の平に銀貨を1枚置くと、親父は頷いて受け取り。銅貨5枚と鍵を差し出してくる。

 鍵を見ると、俺が使っているいつもの部屋だった。


「いつもありがとう」


 俺が笑顔で銅貨と鍵を受け取ると、若干目元を緩ませ、ふいとオヤジがそっぽ向いた。

 無骨な人だが、とてもいい人だ。俺はそう思っている。


 実は、この宿は人気がない。

 オヤジが無言で不愛想だからというのもあるかもしれないが、そもそもこの宿には食堂がない。王都にある宿にしては大変珍しい、ただの素泊まりしかできない宿なのだ。

 理由は知らないが、部屋は綺麗で清潔なのに食堂があれば繁盛するのにといつも不思議に思う。

 俺が初めて利用してからというもの、この宿を確保できなかったことは今までに一度もない。それほどまでにこの宿は人気がないのだ。

 だが、空きが多いかと言えばそうでもない。本当に不思議な宿だった。


 俺はいつもの部屋へと向かい、荷物を整理整頓しようと椅子に座る。

 するとエリーが現れて俺の対面の椅子へとふわりと腰を下ろす。


『装備品は特に問題ないわね?』

「ああ。大丈夫だ」

『お金、大丈夫?』


 エリーに言われ、そうだと思い出す。


「ああ、そう言えばルネから貰ったんだ」


 そう言いながら小さな麻袋を出すと、その中に入っていた白金貨3枚と金銀銅貨幣数十枚。


『……ルネ、今度褒めておかなきゃいけないかしら?』

「是非ともそうして欲しいな」

『そうするわ』


 俺が苦笑いすると、エリーは静かに頷いて応じた。


『ん。ダリルこれってなに?……』


 エリーが首を傾げると、麻袋から魔力操作で小さな輪っかを取り出す。

 ああ、ルネから貰ったやつだな。


「ん? ああ、これか。ルネからとりあえず持っていて欲しいって言わたやつだね」


 その言葉を聞いたエリーが急に目を細める。


「何かあるのか?」


 俺の質問に、エリーは首を小さく振る。

 そしてしばらくじーっと指輪を見つめると、不意に俺に視線を合わせてきた。


『ダリル、この指輪は身に着けておいた方がいいわ』


 ルネと同じことを言うエリー。

 この指輪に、一体何があると言うんだ?


「この指輪、何かあるのか?」

『……ダリル、これだけは覚えておいて』


 俺を真摯な表情で見つめてくるエリー。


『この指輪、対魔神防護魔法が刻まれているの』


 うん。ルネも同じ事をいってたな。

 俺は頷く。


『この指輪は必ずあなたを守ってくれるわ』

「お金になると思っていたんだけどな……」


 少しばかり苦笑いをするエリー。


「じゃあ、持っていた方がいいね」

『待って。少しだけ、私に貸してくれる?』

「ああ、構わないよ」


 そう言って指輪を差し出すと、エリーが指先で器用に指輪を操作し、自身の胸の奥へと潜り込ませると、手を胸元に当てながら顔を伏せる。


『……を……せし…………の…のを………まえ』


 小さくてよく聞き取れないが、何やら詠唱しているようだ。

 しばらくその状態のままでいたが、やがて顔を上げると、再び魔力操作を行って俺の手元へと指輪を差し出してきた。


『これでいいわ。ダリル、この指輪を嵌めて頂戴』

「ん? 指に嵌めた方が良いのか?」


 無言で頷くエリー。

 よくわからないけど、嵌めた方が良いなら嵌めておくか。

 俺は何も考えずに左手の指に嵌めようとするが、一番ぴったりハマったのが薬指だったので迷わずそこに嵌めた。


『……ぇ?』

「ん?」


 エリーが小さく声を上げる。

 何かあったのか?


「何? どしたの?」

『……な、何でも…………ないわ』

「そう」


 変な奴。


『そ、その指でいいの?』

「ん? 一番ハマりやすかったのがこの指だったからなぁ。じゃあ、ポーラ司祭長に宿を伝えないとね」


 そう言って立ち上がるが……。

 何故か口をパクパクとさせ、目を見開いて俺を見てくるエリー。


『こ、こんな奴に期待した私がバカでした……』


 がっくりとうな垂れるエリー。

 というよりも、お前さんは何を言ってる。


「どしたの、さっきから」

『……別にいいの。大丈夫』


 ふむ。よくわからん。


「まあいいか。じゃあ行くぞー」

『……いつか、いつか本当に呪ってやりたいわ……』


 やめてよ。怖いから。

 そう思いながらも、俺たちは宿を出た。

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