第13話 え? 行けちゃう? え? 行き過ぎ?

 思わぬ人物の登場シーンって、大抵感慨深いものだと思うんだよね。

 でもさ、ジーヴァがここに来てデカい声で俺の名前を叫んで、しかも教会でだよ?

 俺、もしかして攫われるパターンか?


「ダーリールー……。お前は俺をどれだけ苦しめれば気が済むんだぁ」

「いや、俺は別に……」


 あー。ゾンビだ。ゾンビがおる……。


「また失礼な事を考えていただろう?」


 だから女かって。


「まあいい。ノード司教、またしてもこやつが失礼をしまして、申し訳ございません」


 ジーヴァが肩で息をしながら笑顔の司教に謝罪するが、当の司教は首を横に振っていた。


「いんや、問題ないぞ?」

「……ん? この状況はどう見ても……」


 そう言って辺りを見渡すジーヴァ。

 周囲を見渡せば、若干浮足だった視線を泳がせる神官たちと、俺の傍でニコニコする美しきエルフの女性神官、そして正に悪霊と睨みあう聖女といった構図だ。


「何故ですかね、どう見ても問題大ありの様な気がしてならんのですが……」


 そう評価するジーヴァ。

 うん。間違っていないな。


「ジーヴァ……ここは一度落ち着きましょう」


 アイシャさん……脚線美の美しさは心の美しさ。


「まずはやらかしたダリルさんに話を聞かねば」


 やっぱりか。

 何故か俺には厳しくない?


「それもそうだな。うんうん」


 ジーヴァが呼吸を整えると、エリーと俺をジト目で見てくる。

 痛い視線を感じて思わず尋ねる。


「……俺に何の用です?」

「……あのな、教会からお前さんが受けた依頼の報酬について質問されたから説明に来たんだよ。そんで来てみりゃこんな状況じゃねぇか。むしろ俺に今の状況を説明して貰いたいくらいだぜ」

「あのですね……」


 尋ねるジーヴァに俺が口を開こうとすると、隣でニコニコしていた美しきエルフの司祭長が……。


「ダリルさんが聖女を手助けして、それに対して我々からお礼を申し出たのです。そしたら、『お礼というならわたくしとデートさせてくれるだけで結構ですよ』なんておっしゃったのですっ! ああ……なんという事でしょう! 正直、今まで言われた中で一番嬉しかったですわっ!」


 屈託のない笑顔付きで投入しちゃったよポーラさん……。

 ジーヴァもアイシャも一瞬だけぽかんと口を開けたが、すぐに俺を一瞥してため息をついた。


「……またか」

「……またですね」


 あんたらは夫婦か。いや、お似合いだと思うな。


「あのね、俺はお礼されるような事なんかしてないのよ。お礼を申し出るくらいなら、一緒に食事して楽しいひと時を過ごすぐらいで丁度いいって思っただけですよ。わかります?」


 俺の弁明完璧だね。教会の皆さまからお礼なんて受け取れないよ、うん。

 だが、二人の反応は淡白だ。


「わからん」

「わかりませんね」


 同じ反応をしてくるギルドのトップ2人。

 ジーヴァがエリーを見据えて呟く。


「大方、お前さんの嫉妬が原因だろ?」


 するとエリーが目を細める。


『ですから、嫉妬ではありません。二人が釣り合わないと説得しようとしただけです』


 そっぽ向くエリー。

 再び深いため息をついて、ジーヴァが司教に頭を下げる。


「……なんだか申し訳ないです。このダリルという奴は、うちのギルドの『悪霊使い』として登録しているんですよ」

「……悪霊使い……とな?」

「ええ、この間作った職種でしてね」


 ジーヴァが苦笑いを浮かべる。


「こいつがこの街を拠点にしてから5年経つんですけどね、その間頻繁に悪霊騒動を起こしやがるんですよ。その都度ギルドに鎮圧の依頼も苦情も殺到してねぇ、もういい加減うんざりだ思っていた時に、副官アイシャから『いっそのこと悪霊を使役しているってことにしません?』て言われてましてね、これだ! と飛びついたわけですな」


 苦情が殺到してたのか。これは反省しないといけないな。

 そんな俺の感情を察したのかは分からないけど、ジーヴァが俺の肩を叩く。


「というわけで、こいつが扱う悪霊は全く問題ないのはウチらギルドでも確認してるんで、今回は何とか穏便にしてもらえないですかね?」


 すると、ノード司教は笑顔で首をかしげる。


「ん? じゃから、儂は別に問題視しとらんが……?」

「……え?」

「いやいや、誤解を招いてしまったようじゃが、儂はこの可愛げな悪霊さんをどうこうしようとか考えておらんぞ?」


 ノード司教が俺の傍へと歩み寄り、俺の傍でふわふわ浮かぶエリーに目を向ける。


「お前さんはエリーというのか?」

『……そうよ』

「悪霊なのかね?」

『どうかしら?』

「ふむ」


 アイスブルーサファイアの瞳が司教の瞳を静かに見つめる。

 深紅の瞳ではない以上、エリーが悪霊と言われることはないはずだが……。


「今後、我らと敵対する可能性はあるのかね?」


 終始笑顔のノード司教だが、目を細めて静かに尋ねられるエリーは首を小さく横に振る。


『そんなつもりはないわ。でも……』


 エリーが俺を見つめる。


『……あなた方の対応次第では容赦はしない』

「ほう……なるほどの」


 司教が何かを察したのか、俺に一瞬だけ視線を向けるが、再びエリーに視線を戻して穏やかに尋ねる。


「では、今回我らの同胞を助けてもらったお礼をしたいのだが、構わないかね?」


 エリーが司教からの質問を聞いて不思議そうに首を傾げる。


『何で私に尋ねるのかしら。別に構わないわよ?』

「そうかそうか。それは良かった」


 カカカと笑い声をあげ、司教は俺に視線を向け、次いでポーラ司祭へと目を向ける。


「ポーラ司祭長」

「はい、司教」

「明日からダリル君の案内役としてフランティア聖王国に行き、教皇と話をしてエリー殿の事を報告し、彼女を討滅対象から外すよう交渉するのじゃ」

「……承知いたしました」


 ポーラ司祭長が恭しく頭を下げると、ノード司教は白髭をひと撫でし、思いついたように続ける。


「……ダリル殿にもお礼をしなければなりませんのぅ。……そうじゃ、所望のデート、ポーラ司祭長が良いなら誘ってみてはどうかね?」

「まぁ!」

『……そういう事ね……このジジイ、やってくれるわ』


 驚きの表情を浮かべる俺の顔を見て笑顔を見せる司教と、なぜか嬉しそうに微笑むポーラ司祭長。

 あれ? これって脈あり? ついに俺も……?

 まあ、エリーの小さい呟きはあまりよく聞こえなかったから気にしない事にしよう。


「ま、待ってください!」


 カチュアが間に割って入る。


「ダ、ダリル様の案内役、私にお任せいただけませんか!?」


 すると司教は苦笑いを浮かべて告げる。


「ふむ……じゃが、君はこの教区で修行している身。まだ修業期間は終わっていない以上ここを動かすわけにはいかんのぉ。行きたい気持ちは理解できなくもないが、今回はダメだ。良いかの?」

「で、ですが……このままではダリル様が憑りつかれたままになってしまいます」


 しゅんと項垂れるカチュア。ちょっと可愛い。


「そうじゃのぅ…………。では、こう考えなさい。お前さんがもっと修行して、エリー殿を除霊出来るような実力をつければいいんじゃないかの? それならば今は修行に専念すべき。そうは思わんかね?」

「!? そうですね! 頑張ります!!」


 あー、この子危険だ。そんな危険な子に変な事を吹き込む司教も司教だ。

 ポーラ司祭長は苦笑いを浮かべている。


「いつか、いつか必ず、ダリル様から牛チチ女を除霊して差し上げます!」


 拳を胸元で握りしめ、うんうんと頷くカチュア。

 というよりもだ、「私の」って、俺はお前さんの物じゃないぞ?

 俺は未成年女性は対象範囲外だ。そういやこの子は未成年だよな? 年齢は知らんけど。

 というか、そもそも残念感が半端ない……こんな事思うのは俺だけか?


『……今まで面白半分にからかっていたけど、何だか悪い事した気がしてきたわ』


 お前もか、エリー。


 次いで、司教がギルドマスターへと視線を向ける。


「……冒険者ギルドマスターのジーヴァ殿」

「ん?」

「貴殿には申し訳ないのだが、しばしダリル殿をお借りしますがよろしいか?」


 するとジーヴァは満面の笑みを浮かべた。


「!? 構いませんとも。どうぞどうぞ…………これでしばらく安泰だぁ……」


 ギルドマスターのにへら笑いを尻目に、アイシャがすました顔をして頷いた。

 その様子に、ノード司教は笑顔で頷く。


「それじゃダリル、後でギルドに依頼報酬を受け取りに来るんだぞ」

「また後ほど」


 そう言って、ジーヴァとアイシャが教会から去っていった。


「こんな所かの。おぬし等にきちんとお礼が出来て良かったわい」


 司教の言葉に、俺は小さく頭を下げた。


「感謝いたします。司教様」

「カカカ! うまくいくといいのぉ、ダリル殿」

「ええ……ということでポーラ司祭長」


 そう言いつつ、俺はポーラ司祭長に目を向ける。


「……ポーラで結構ですわ」

「じゃあポーラ。俺と一緒に食事しません?」

「ええ、喜んで」


 笑顔で応じるポーラに、俺は笑顔で頷いた。

 初めてじゃないか? 女性に了承してもらえたのって……。


『……チッ』

「むぅ……」


 門出を祝ってくれよ、二人とも。

 俺は、俺は今日こそ漢になるんだ!!


「あ、そうでした」


 ぽんと手を叩いてポーラが俺に笑顔を向ける。


「結婚式はいつにします?」


 周囲が一瞬にして凍り付いた。

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