第12章 悪霊退散っ!

 馬車に揺られること数刻。

 貰った小さなバスケットの中身はカチュアと二人であっという間に消費したけど、それ以外にする事無く、終始無言のまま王都に着いた。

 とにかく怖いの何のって……。

 エリーの気配は俺の横にずっとあるし、カチュアはじーっと俺の横を睨んでるし……ホント帰りたいよ。……まあ、帰ってるんだけど。

 そんな事を考えていると、馬車が静かに止まった。


「聖女様、到着いたしました」

「ご苦労様」


 御者にねぎらいの言葉を伝えたカチュアは、外から開かれた馬車の入り口から顔を出す。


「おかえりなさいませ、カチュア様」


 扉が開いた先には荘厳な建物へと続く階段が見える。

 カチュアに促されて降りると、俺は思わずその建物を見上げる。

 そこは『ルストファレン教会』と呼ばれる、この世界最大の信徒を持つ王都にある教会建物だった。


「ご苦労様。教区司祭の皆さまは?」

「はい。お待ちになっております」

「教区司教は?」

「共に」


 馬車を降りたところに控えていた、純白のローブを身に纏う女性が恭しく頭を下げつつ応対している。

 その回答を聞き、カチュアが微笑みを浮かべて俺を建物へ入る様に促した。


「では、参りましょう。教区司教をご紹介いたします」


 だが俺は躊躇する。


「す、すまん。ギルドに先に戻りたいんだが……」


 瞬間的にカチュアの目が細められるが、何かを察したかのように小さく頷く。


「ダリル様の状況は把握しております。ご安心ください、その悩みもすぐに解決いたしますから」

「……そうなの? でも、俺はギルドで換金……」

「大丈夫です。ご安心を」


 そう言ってカチュアが数歩先を歩くと、振り向きながら笑顔で俺を招く。


「どうぞ、こちらへ」


 まずい。まずいぞこれは……。

 目の前にそびえるは悪霊退治専門家たちの拠点。

 そして、少し先で待つ聖女と教会関係者。

 

 そうだ、ここは逃げよう。


 そう思った時……。


「お待ちしておりました。私はこの教会の司祭長を仰せつかっているポーラと申します。本教会の代表であるノード司教がお待ちです。遠慮せずにどうぞこちらへ」


 現れたるはポーラと名乗る美しき女性神官。

 純白の白いローブを纏うのは皆共通だが、彼女の耳が特徴的だった。


 耳が長いのだ。


 長い耳には赤いイヤリングがキラキラと輝き、腰にまで届きそうな長く煌びやかな金髪は陽の光で輝いている。人形のように整う顔、エメラルドグリーンの瞳に淡い桃色の唇はぷっくりと膨れ、ローブを着ていても一目でわかるほど素晴らしいスタイルの持ち主がそこに居た。

 はい来ました、美人司祭。しかも森の守護者エルフときましたか……。会うのは初めてだけど、噂にたがわぬ超絶美人だねぇ。

 やばい……惚れそう。


『…………ビキッ』


 何かが聞こえるが、気のせいだろう。


「ささ、どうぞこちらへ」


 笑顔でポーラは俺の腕を取ると、自然に自分の身体へと手繰り寄せてくる。

 逃がさないという意思表示なのだろう。

 だが……腕に伝わるフワフワな柔らかい感触を実感して、次第に俺の足は軽くなる。

 仕方がないじゃん。こんな感触、久しぶりなんだからさっ!


『…………ビキキッ』

「……むっ」


 なんか増えたが、俺は気にしない。うん。


 ポーラ司祭長に腕を絡ませられながら、若干頬を膨らませるカチュアと共に階段を上がり、荘厳な建物の中へと入る。

 目の前に広がるは荘厳な礼拝堂。中央をまっすぐに祭壇の方へと続く道の両脇に、真っ白なローブを身に纏う教会関係者が左右に分かれてずらりと並ぶ。

 皆が一様に首を俺の方へと向けてくる。

 ポーラ司祭長が豊満な胸を俺に押し当てているのを見てか、彼らは一様に目を細め、どことなく嫉妬に近い視線を俺に向けている……様に見える。

 その中を、ポーラ司祭長に引きずられる形で進んでいくと、少しばかり頬を膨らませた聖女カチュアがズンズン後をついてくる。

 胸が当たっている幸福感と、周囲の嫉妬を深めた痛い視線と、俺の背後から伝わる冷たい圧迫感。これほど見事なトリオはないでしょう。


 あー……帰りたい。

 あ、でもこの感触は離れたくないな……。


 そんな事を考えながら正面に視線を向けると、壇上の上で俺たちを微笑みを浮かべながら見つめて立つ、白い顎鬚をたたえた老年の白髪男性がいた。

 ポーラ司祭長がその老人の前で立ち止まると、その老人に向かって小さく告げる。


「ノード司教。カチュア・フロイデ第1等級司祭並びに剣士ダリル殿をお連れ致しました」


 すると、ノード司教が笑顔のまま大きく頷いた。


「うんうん。待っておったぞ。さて、カチュア第1等級司祭。此度の悪霊討滅、ご苦労じゃった」

「ありがとうございます」


 恭しく頭を避けるカチュア。


「冒険者ギルドの剣士ダリル殿、ようこそおいでくださった。儂はノード。この王国教区最高責任者じゃ」


 頭を下げるノード司教に、俺も慌てて頭を下げるとポーラ司祭長が腕を離す。

 あー、残念……。


『…………ビキキキッ』


 いかん。挨拶しよう。


「……えっと、もうご存じかと思いますが、俺はダリルと申します。王都の冒険者ギルドに所属しています。司教様とお会い出来て大変光栄で……ございます……」


 俺がぎこちない挨拶をしたせいか、ノード司教が破顔して声を掛けてくる。


「いやぁ、堅苦しい話し方は無用じゃよ。とにかく、今回は貴殿にお礼が言いたかったのじゃ。よく我が教会の若き聖女を救ってくださった。心の底から礼を言わせてくだされ」


 ニッコリと笑顔で再び頭を下げるノード司教。

 俺の隣に静かに立っていたポーラ司祭長が微笑みを浮かべて俺を見つめてくる。

 とはいえ、俺は大したことはしていない。むしろエリーのお陰なんだから。


「い、いえ、別に俺はその場にたまたま居合わせただけです。それに俺は何もしてませんから、そんなお礼だなんて……」


 ポーラ司祭長の綺麗な金髪とエメラルドグリーンの瞳に目を合わせ……。


「ポーラさんとデートさせてくれるだけで結構ですよ」


 ふっ……決まった。


『……金髪耳長おっぱい……は私の方が大きいか……金髪耳長女など、あなたには不釣り合いよ?』


 ノード司教もポーラ司祭長もカチュアもその場にいる教会関係者も、皆すべてこの声を聞き、そして驚きの表情を浮かべている。


 またこれか……。


 俺の後悔をよそに、すぐ隣に闇が集約する。

 そして集約した闇の中から黒いオーラが溢れ出し、禍々しい漆黒のオーラを纏い始める。

 やがて中から白魚のような白い透き通った綺麗な手が現れ、漆黒のローブを身に纏い、漆黒のウェーブかかった長い髪を揺らめかせ、切れ長の睫毛の下に輝くアイスブルーサファイアの如き青い瞳をした、美しい女性が静かに現れると、薄く笑みを浮かべて俺の隣に並び立つ。


『……何度も言うけど、あなたには不釣り合いよ? ダリル』

 

 周囲が騒然とする中、カチュアは俺とエリーの間に割って入り、ポーラ司祭長はうっすらと笑みを浮かべて俺の傍に立つ。

 よく見ると、ノード司教は笑顔のままその場で静かに立っていた。


 俺が頭を抱えて騒ぎの元凶に声をかける。


「あのさ……どーして我慢できないの?」


 すると澄ました顔してエリーが微笑む。


『いつも言っているじゃない。あなたが恋人獲得活動を望むなら、私はいつでもお手伝いをするって』


 絶世の美女だからなかなか反論しにくいのが悔しい。

 でもさ違うんだよ。違うんだよ……エリー。

 これってば手伝いになってないからな?


「あ……あ、悪霊!!」


 ノード司教のすぐ傍に控えていた神官の一人が叫ぶと、周囲にいた神官たちが一斉に俺とエリーを取り囲む。


「こ、ここから逃がさぬぞ!」

「街に出てしまう前に滅するんだ!!」


 いやぁ……おっかないね。


「……どうしてくれるんだエリー」

『そんなこと言われても……あなたがそこの金髪耳長女を恋人にしたいと思ったようだから、キチンと説明しなきゃいけないって思っただけよ?』

「お前さんは俺のオカンか」

『母ではないけど……さしずめ保護者?』


 何故に疑問形……。


「あのね、保護者がこんな風に混乱させるはずないでしょ?」

『そうなの?』

「そうなの!」


 俺たちの会話を遮るように、周囲の神官たちが一斉に腕を俺たちに向けて突き出してきた。

 その様子を静かに見つめるノード司教とポーラ司祭長。

 だが、聖女カチュアが声を上げた。


「ま、待ってください! ダリルさんは、ダリルさんは……」


 カチュアの声に、周囲の視線が一斉に集まる。


「ダリルさんは、この牛チチ女に憑りつかれているだけなんです!!!」


 周囲の神官たちは口をぽかーんと開け、エリーなんかは目を細め、口角なんか僅かにひくつかせている……。

 いやね、確かに憑りつかれているけどもさ、もっと綺麗なというか、丁寧な言い方があるでしょうに……。

 そもそも、それじゃエリーを退散させるしか道が無くなるじゃないか……。


『……ちっぱいは黙ってなさい』

「私は普通ですっ! 悪霊退散っ!!」

「あのー。ちょっといいかしら?」


 ほら始まった……。

 エリーとカチュアが互いに顔を近づけ、ガルルと唸り合ってそうな勢いでやり合っているところに、ポーラ司祭長のほんわかした声が遮ってくる。


「な、何でしょう、ポーラ様」

『……なに、金髪耳長女』


 カチュアは少しばかり頬を膨らませているが、エリーなんかは明らかに憮然としてポーラ司祭長を睨んでいる。


「あのですね、まずは落ち着きましょう。ね?」


 笑顔でそう告げるポーラに、カチュアは毒気を抜かれ、エリーも口元をひくつかせてはいるものの、互いに離れて静かになる。


「はい、よろしい」


 手をパンと叩き、笑顔でポーラ司祭が頷いた。

 そんな様子を見ていたノード司教は、笑いながら壇上から降りて俺たちの傍へと近づいてくる。


「カカカ! いやぁ、カチュア第1等級司祭からの報告は聞いていたが、まさかダリル殿が本当に悪霊と共にいるとは思ってもみなかったぞい!」


 そう言って、ノード司教は皆に向けて手を払う仕草をすると、俺たちに向けられた神官たちの腕が一斉に下ろされた。


 助かった……のか?


 すると、建物の入り口が急に慌ただしくなり、大声がここまで聞こえて来た。


 よく目を凝らすと、入り口で神官たちと押し問答をしている2人の人物が見えた。

 よく見知ったその人物が、俺に向けて声を張り上げる。


「ダーリールー!! またエリーを出しやがったな!!!」


 だから、俺の意思じゃないんだってば……。

 神官たちを押しのけ、遠慮なしに俺の方へと走り寄ってくる冒険者ギルドのギルドマスター・ジーヴァと、それを傍でなだめすかす美しい脚線美の持ち主である副官のアイシャの姿を見つけてしまい、俺はがっくりとうな垂れるのだった。

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