第11話 悪霊と聖女

「えーっと、俺たちの何を聞きたいのかな?」


 俺は唐突に確認する。

 目の前にいるのはルストファレン教会所属の聖女様だ。

 藍色の髪に茶色の瞳。背は俺よりも小さいが、顔立ちは物凄く整っている美人だ。

 純白のローブは先ほどの戦闘で土埃を被ってはいるものの、それでも白く美しい光沢を放っている。

 ローブに包まれたその四肢は……。


『フッ……』


 エリーが勝ち誇っているから寸評は控えよう。

 まあ、当の聖女様は頬を膨らませているようだけどな。


「……ただの冒険者だと思っていたけど、そこの牛チチ女は悪霊でしょ? 一体何者なの?」

『牛チチ……』


 エリーの眉がピクリと動く。

 牛チチね……まあ、確かに……。


『ダリル』


 俺を睨むな、絶世の美人…………って、悪口になって無いじゃん!

 というよりもだ。そもそもこれって俺が悪いのか?

 何とも言えない理不尽を感じて視線を聖女に向ける。


『……私は悪霊かもしれないですが、それの何が悪いのかしら? ちっぱい』

「私は普通ですっ! それにまだまだこれからですっ!!」


 何故か猛烈に自身の胸を寄せ上げて対抗してくる聖女様。

 あのさ、あんたの同僚が死んでるんだが、それはいいのかい?

 そもそも、俺たちが何者かを聞きたいんじゃなかったのか?


「あのさ、おっぱい対決はいいから、もう帰っていいか?」

「ダメです」


 ため息をつく。


「じゃあ、何を聞きたいんだ?」

「あなたは冒険者でしょ?」

「ああ」

「なぜ悪霊を従えてるの?」


 エリーをジト目で見ながらそう尋ねてくるちっぱ……いや、聖女。


「悪霊を従えてる理由? ああ、俺ってば『悪霊使い』なんだよね」

「は? 『悪霊使い』ぃ!?」


 目を見開く聖女様。

 まあそうなるよな。なにせ昨日作られたばっかりの職種だし。


「というよりも、すまなかったな、あんたの同僚を助けられなくて」

「え? ……ああ、それは悪霊討滅を目標としている我々にとっては、身近にある現実ですので仕方がない事です。冷たく聞こえるかもしれませんが……」


 そう言いながら、聖女様が俺の傍に歩み寄り、頬に手を翳した。


治癒リキュア


 小さくそう呟くと、俺の頬からズキズキしていた痛みが消えた。

 慌てて頬をこすると、そこには既に傷は無かった。


「おお、治癒魔法……ありがとう聖女様」

「カチュアです」

「カチュア様」

「……カチュアで結構です。親しき者たちからはカティと呼ばれていますが」


 え? それって愛称で呼んでいいってことかい?

 まあ美人だし、なかなか器量よさげな子だな……あ、これって出会いか?


『……大きいのを見慣れてしまったからかしら。まさかちっぱい好きになるとは盲点でした』

「おいおい」


 眉をひくつかせ、エリーが俺を睨みながらそう呟く。

 だが、俺の傍にいたカチュアは冷ややかにエリーを見つめ返している。


「ローブって、結構重くて膨らみが見えなくなるんですよね」

『私もローブよ?』

「身体が無い分、いかようにも誇張出来ますものね」

『元々無いからと、そうひがまれても困りますわ』

「ひがんでませんっ!」


 互いに顔を近づけてガルルと唸る。

 俺は孤児院の院長先生かよ……。


「はいはい。じゃあ、一度王都に戻りたいんだが、いいか?」

「……納得できませんが構いません。私も同行しますから」


 カチュアがそう言いながら俺に視線を合わせてくる。


「それに、あなたは大丈夫だと思いますが、牛チチは私がいないと討滅対象にされて今後の活動に支障を来してしまうでしょうし」

『どうせ無いなら、初めから無いことに……』

「物騒だな、おい」


 エリーが俺の背後で冷ややかな視線をカチュアに送っているのをビンビンに感じる。

 当のカチュアは俺を見つめながら、少し恥ずかしそうに頬を染める。


「お、お恥ずかしながら、あなたの名前をよく覚えていないのです。改めてお教えいただけませんか?」

「俺? 俺はダリルだ。王都のギルドに所属する剣士……いや、悪霊使いだ」

「ダリル様……ダリル様…………」

「ん? なんです?」

「え? いえいえ、何でもないんです。何でも……」


 僅かに俯くカチュアを、エリーが冷ややかに見つめているがまあいい。

 とりあえず王都に戻らなければな……。


「カチュア、王都へ戻りたいんだが、馬車は来てくれるかな?」

「あ……そ、そうですね。少しお待ちください」


 俺の言葉にはっとして顔を上げると、白い長杖を天に掲げて小さく呟く。


光源グロスリヒ


 掲げた白い長杖から小さな閃光弾が上空へと高々と舞い上がると、瞬時にして巨大な光が周囲を眩く照らした。


「おー」


 俺が感嘆の声を上げると、カチュアは頬を染めながら微笑んだ。

 そんな彼女を、エリーは冷ややかに見つめている。

 まあ、あれだ。喧嘩さえしなければいいさ。


「この光で、馬車が来てくれるのかい?」

「はい。全てが完了したら、毎回この光源によって合図する決まりになっています」

「そうなんだ。じゃあ、しばらく待てば来るかな?」

「はい」


 なら、しばらくのんびりしていよう。

 正直言って、限界だ。


「じゃあ、馬車が来るまでの間、少し休むかな……」

「わかりました、馬車が来たらお教えしますね。私は、同僚の魂を弔うことにいたします」

「……すまない。じゃあ、あの宿にいるから」


 宿の場所を教えると、カチュアは頷いて応じた。


「わかりました。では、後ほど」


 カチュアは頭を下げると、広場の中央に向かって両膝を着くと、静かに手を重ねて祈り始めた。

 俺はその場から静かに立ち去ると、無人となった宿に戻り、昨晩借りていた部屋へと向かう。


「……まずいな。もう、だめ……だ……」


 部屋の扉を開け、ベッドへと向かおうとした時、俺の意識はそこで途絶えた。





◇◇◇◇


 目が覚める。

 すると……。


『おはよう。ダリル』


 いつもの光景だ。

 はぁ……。たまには生身の女の子から言われ……。


「お目覚めですか? 大丈夫ですか?」


 は?


「は?」


 いかん。本音が漏れた。


「あ、あの、ずっと眠られていたので、気になってしまって……」


 エリーの隣に、カチュアがいたのだ。

 藍色の美しく長い髪をベッドサイドに落とし、長い睫毛の奥から覗く茶色の目が僅かに潤んでいる様に見える。

 あれ? 泣いてるのか?


「どうしたんだ? もう馬車が来たのか?」


 すると、エリーが呆れ顔をしながらベッドサイドにふわりと座る。


『……3日』

「何が?」

『寝ていた日数』

「はい?」


 そう言われて思い出す。

 そうだった……。悪霊と戦った後は、決まって俺は眠りこけるのだ。

 身体のダメージは回復しているのだが、どういう訳か精神力が限界に達するようで、いつもこんな感じだ。

 にしては今回はやけに長いな……。


「3日も寝てたのか、俺」

「ええ。馬車が来たので呼びに来たのですが、ずっと眠ったままでしたよ?」

「そうか……」


 いつもなら1日も眠れば回復するはずなのだが、今回は3日か……。

 あれ? 村人たちはどうなったんだ?


「すまん。すぐに起きないと……。金、払わないと……」


 俺が慌てて身体を興そうとすると、カチュアが慌てて両手を俺に突き出して顔を横に振る。


「大丈夫……大丈夫ですよっ! この宿の主人には許可を貰ってますから」


 ジンさんが? でも、王都に避難……って、そうか。そうだよな。もう3日経ってるんだ、みんな戻って来たんだな。

 すると、エリーが目を細めて呟く。


『人の心配よりも、自分の心配しなさい……バカ』


 あー、酷いな。バカって言う方がバカなんだぞ?

 というよりもだ。俺、ベッドにたどり着けてたっけ?

 まあいいか。


「酷いなー。というより、俺ってばベッドにたどり着けたんだな……」


 すると、エリーがふいっとそっぽ向く。

 その仕草にカチュアが苦笑いを浮かべながらこう説明してきた。


「この人、ダリル様が宿の部屋で倒れたから、ベッドまで運んで欲しいって私に頼んできたんですよ?」

『……黙りなさい。ちっぱい』

「なぁんですって!? 心配そうに大慌てて私の所に来るから手助けしてあげたのに、そんな恩知らずな事を言うんですかっ!?」


 立ち上がりながら険しい顔をしつつエリーに抗議するカチュア。

 当のエリーはそっぽ向いたまま腕を組んでいる始末。

 まあなんだ、仲良くして欲しい。


「ハハハ。まあ、仲良く……な?」

「『無理です』」


 二人して声を重ねて告げるだけ、仲がいいと思うけどどうなんだ?

 まあいい。

 とにかく、一度王都に戻って依頼達成報告をしないと、依頼失敗扱いにされてしまうな。


「カチュア。馬車はもう通常通り来るのか? いざとなったら徒歩で移動するが……」


 徒歩で行くのも問題ないが、はっきり言って徒歩だと遠いのだ。

 まあ贅沢は言えない立場だけどね。

 だが、カチュアは微笑み、俺の手を取りながら首を軽く振った。


「……ご安心ください。あなたは私の命の恩人。王国騎士団と話をつけ、既に馬車は待機しております。なのでいつでも出発ますよ?」


 すごいな。流石教会所属の聖女様だ。

 俺はただの一介の冒険者に過ぎないのだが、いいのだろうか……。

 だが、エリーは俺とカチュアが繋いだ手を魔力操作で強引に引きはがしてきた。


「なっ!?」

「ぬおっ。どした?」

『……ダリルはちっぱい小娘の事など眼中にないのよ』

「……私のは普通です。牛チチ」


 両者睨みあう状況になっているが、俺は黙ってベッドを降りる。

 テーブルに乗せられていた水瓶を手に取り、コップに水を注いで一気に飲み干した。

 3日も寝ていたんだ。いきなり話し込んでしまったが、喉はカラカラで大変だったんだよね。

 さて、喉も潤ったところで睨みあう二人に声をかけるか。


「じゃあ、馬車はありがたく利用させてもらうよ。だからもう行こうか。王都の宿を確保しないといけないし、それに……」


 俺に視線を合わせてきた二人に苦笑いを向ける。


「依頼達成報告しないとお金が貰えん」


 彼女たちは目を見開きながら俺の方を見つめると、苦笑いを浮かべて静かに頷くのだった。





「お前さんが無事でよかったよ。聖女様がいてくださって本当によかったなぁ」


 ジンさんがそう言いながら笑顔で頷く。

 宿から出る前、俺は3日分の宿代を払おうとしたのだが、既にカチュアからお金は受け取っているから要らないと言われてしまっていた。

 それならと渋々了承して馬車が待っているという広場に向かったのだが、改めて見送るよと言われ、ジンさんがやってきていたのだ。

 余談だが、エリーから聞いた話では、俺が眠っている間にカチュアと話したそうで、「悪霊を退治したのはカチュアだ」という事にしたのだとか。

 まあ、まだ「悪霊使い」という役割が浸透していない状況で、俺が悪霊を討滅した何て話になったら騒ぎが大きくなるだろうし、何より今の状況でエリーの存在を知られれば、教会と敵対する事になりかねない。うん、妥当な判断だと思うな。

 ま、当のカチュアは「私じゃないのに……」などと言って、終始渋っていたようだけどな。


「ま、王都への道中腹が減っているだろうから用意しておいたぞ」


 そう言ってジンさんが差し出してきたのは小さなバスケット。

 これは非常にありがたい。


「助かります。ありがとうございます、ジンさん」

「いいってことよ。じゃあ、また来てくれよな!」

「ええ、また来ますよ」


 そういって俺たちは握手した。

 すると、宿の方から可愛らしい声が聞こえてくる。


「だりるー!」

「おー、ミリーじゃないかー」


 ミリーが俺の方へ走り寄ってくると、勢いよく俺の足にしがみついた。


「もういっちゃだめー」


 ヤバイ。天使だ……。


「もう、だめですよ? これから出発するんだから」

「いやー。だりるはミリーのパパになるのー!」


 後ろから苦笑いをしつつ追いかけてきたリーナさんに抱き上げられる。

 いやいやしながら抱っこされるその姿に、俺は少しばかり口元が緩んでしまう。

 なんだかんだいっても、好かれるのっていいよねー。


「ミリー。また今度会おうね」

「ぶー。だりるのこんどって、いつもおそいからいやー」


 ぷいっとそっぽ向くミリーの頭をひと撫ですると、俺はリーナさん達に手を振った。


「じゃ、これで戻りますね。また会いましょう」

「ああ。気をつけてな」

「ええ。元気で」

「びー! ぜったいきてよー!」


 笑顔で手を振り、俺はカチュアが待機していた馬車の方へと向かう。

 トマのボロ馬車とは大違いの、屋根まである立派な馬車だった。

 貴族が良く乗るような馬車とでもいうのだろうか。俺には縁が無いと思っているから、流石は聖女と言うべきかな。

 当の聖女様は俺が近づくと笑顔で頭を下げてきた。


「準備はよろしいですか?」

「お待たせしました。いいんですか? 俺なんかが乗っちゃって……」


 すると、カチュアは笑顔で頷く。


「構いません。むしろ、ダリル様にこの馬車では申し訳立ちませんが……」


 いやいや。これ以上豪華だと俺が失神する。


「いや、こ、これで十分です。うん」

「とりあえず、参りましょう!」

「あ、ああ」


 カチュアが笑顔で告げると、俺は苦笑いを浮かべて馬車の中へと入った。

 俺が座ると、後から乗ってきたカチュアが俺の横に座ろうとする。


『……小娘』


 急に小さな声が俺の耳元近くで聞こえる。

 エリー……怖いよ?

 ほら見ろ、隣に座ろうとしていたカチュアが動きを止め、ジロリ睨んできたじゃないか……。

 あれ? 睨む先が俺じゃなく、隣の空間を……。


「……何です?」


 カチュアまで……何ゆえにそこまで争う。

 すると、御者台側にある小さな小窓がノックされ、御者らしき男から声が掛かる。


「あ、あのー、カチュアさま、如何なさいましたか?」


 恐る恐る尋ねてくる御者の男。

 なるほど。彼が言われたと勘違いしているのか。

 カチュアは瞬時に察すると、小さく舌打ちして告げる。


「……なんでもありません。出発してください」

「か、畏まりました。村の外で待機している騎士と合流します。よろしいですね?」

「ええ」

「では、出ます」


 御者に声が届くよう俺の対面に座って指示をするカチュア。

 馬車が動き出すと、俺に向かって微笑みを浮かべるが、すぐさま視線を俺の横へと向け、眉間に皺を寄せながら睨みつける。


『…………ふっ。他愛もない』


 エリーの勝ち誇った声が俺の耳元で聞こえる。

 馬車が動き出し、外の景色が流れていくように移り変わっていく中で、カチュアはじっと俺の横を睨んでいる。

 何だか知らんがちと怖いぞ。

 そうだ。腕を組み、目を閉じることにしよう。

 改善されそうにないし、このままでは怖いから俺は寝る。そう決めた。

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