第8話 聖女が美人は鉄板でしょうが、イケメンムカツク。
翌朝。
『おはよう』
いつものように、目を僅かに細めて微笑みながら俺を見つめてくるエリーの顔を見ながら起床する。
「おはよう」
俺が起き上がると、いつものようにテーブルには装備品が綺麗に並べられている。
「いつもすまないねぇ」
『ハイハイ。さっさと準備してね』
俺がブーツを履きながらそう言うと、エリーはすまし顔で呟く。
「彼らは今日は様子見だろうが、大丈夫かな」
『食堂で会えるんじゃないですか?』
「あー、そっか。そうだな」
着替えを済ませ、部屋に何もないことを確認すると、そのまま食堂へと向かう。
食堂には、既に昨晩出会ったクレストたち3人組の冒険者が席につき、提供された朝食を摂っていた。
よく見ると、眼鏡をかけた金髪の少年も座っている。
昨日クレストたちが言っていた、馬車酔いをした少年なのだろう。
確か、ケニーだったか?
「「「おはようございます」」」
「おはよう」
3人が俺の姿を見つけて笑顔で挨拶するのを、ケニーだけが呆然として見守っていたが、すぐさま居住まいを正して立ち上がると軽く頭を下げてきた。
「おはようございます。僕はケニーです。昨晩はお会いできませんでしたが、どうぞよろしくお願いします」
物凄く礼儀正しい少年だ。確か、回復術師だったっけか?
「いやいや、気にしないでくれ。ところで、今日はどうするんだい?」
俺の質問に、クレストが口元を腕で拭う。
「ダリルさんの言う通りに、王都に戻ろうと思ってます」
「そうか。なんだかすまないね」
「いえ、良いんです。迷宮に入りたい以上に、みんなの命の方が大事ですから」
やっぱりこの少年少女はしっかりしている。
フィーニアもミーアも皆頷いているしな。
「そうか。だが、もしも何もなかったら、ギルドを通じて俺に教えて欲しい。宿代なんかは弁済するからさ」
「いいえ、そんな大丈夫ですよ。この村に来てボアステーキを食べれただけでも幸運でしたし。な!」
そう言って皆の同意を得ようと見渡すクレストに、他の2人は笑顔で頷いた。
まあ、食べそびれたケニーだけは微妙な表情を浮かべているが。
「僕はまた馬車に乗るのかと思うと憂鬱になりますよ……」
ケニーの苦言に他の皆が笑う。
「王都に帰るのなら、俺が頼んでいた馬車に乗って行くかい?」
「え? いいんですか!?」
「ああ。4人なら全く問題ないだろうからね」
「ありがとうございます」
クレストがお礼を言うと、他の皆も立ち上がって頭を下げた。
そんな様子を見ながら俺は問題ない事を伝え、直ぐ近くの席に座る。するとリーナさんが朝食を乗せたトレーを運んできてくれた。
「おはようダリルさん。特製のパンとサラダですよー」
そう言ってトレーを机に乗せる。ふわふわの焼き立てのパンの匂いが食欲をそそる。
俺が笑顔でお礼を言うと、微笑みを返して去っていくリーナさん。そんな彼女の後姿を見送ると、俺は朝食を食べることにした。
俺が朝食として提供されたパンをかじって新鮮な柑橘ジュースを一口飲む。
相変わらずうまいな……。
隣の席では食事を終えたクレストたちが軽く雑談し、俺に会釈をしながら席を立とうとした時だった。
宿の外が急に慌ただしくなったかと思うと、馬蹄が数頭村の中を走り去っていく音が聞こえる。
すると、宿の入り口を勢いよく開かれ、中に甲冑姿の王国騎士が駆け込み、大声を張り上げた。
「聞け! ここより西方に悪霊が出現した! ここにやって来る可能性が非常に高い! 至急王都へ避難せよ!!」
王国騎士の声を聞いたクレストたちが、一斉に俺の方を向く。
「ダ、ダリルさんの言った通りに……」
フィーニアが震える手でそう呟くのが聞こえる。
俺は柑橘ジュースを飲み干すと、静かに立ち上がり、目の前で呆然としている4人組の若者に声をかける。
「落ち着くんだ。もうすぐ馬車が来る。荷物を纏めて、広場で待っていてくれ」
はい、という返事の後、彼らはすぐさま部屋へと戻って行く。
俺は厨房に顔を出し、そこでジンさんとリーナさん、そしてジンさんに抱き着くミリーを見つけて声をかける。
「皆さん、避難する準備をしてください。馬車が間もなく来るので、それに乗って王都へ向かってください」
「馬車が!? ダリル、お前が呼んでいたのか?」
「ええ。今日の帰還用に予め依頼していた馬車です。8名は乗れると思いますから、すぐに準備してください」
「わ、わかった」
俺は宿を出て広場に向かう。
トマの馬車が来るのを待つためだ。
周囲を見渡すと、村の中は騒然としている。
無理もない。災害級の存在と言われる悪霊が接近しているのだから当然だ。
『……こちらに向かっているようですね』
「ああ。悪い予感は当たるもんだねぇ」
『それで、これからどうするの?』
エリーの目は真剣そのものだ。そんな瞳で俺を見据えてくる。
「ま、いつも通りだな」
そんな俺の言葉に、エリーは僅かばかり悲しそうに微笑む。
『……そうね』
俺は近くにある広場の隅にある柵に腰を掛け、トマが来るのを待つことにした。
「足に問題ない者は直ちに王都へ向かって避難せよ! 子供を抱えている家族は馬車が来るまで広場で待つように!」
先発隊として到着していた騎士たちが大声で指示を出しながら走り回っている。
村人たちは慌てながらも我先にと村を出て避難していく者もいれば、家族と広場で馬車を待つ者も次第に増えだしていく。
しばらくすると、村の外から数台の馬車がやって来た。
「馬車が到着した! 広場に待機している者は順番に避難させるので、混乱せずに待っている様に!」
先ほど大声を張り上げていた騎士が指示を出していく。
他の騎士たちが広場に集まってきた村民を纏めていると、先頭を走っていた馬車が俺たちの方へと近づいてきた。
トマのボロ馬車だ。
時間通りに来てくれたことに感謝しつつ、トマの背後に連なる馬車を見て驚く。
「そこの馬車! 順番はこちらの指示に従え!」
するとトマが大声で返答する。
「私は事前にここに来るよう要請されていた者です。申し訳ございませんが、依頼人を優先させていただきます」
「今は非常事態で、その話は受け入れられない!」
だが、トマは後ろに視線を送って返答した。
「なので、仲間の馬車を連れて来ました。この後しばらくすれば、20台以上やって来ますよ」
「何だと? そうか、わかった。認める。では奥の馬車はこっちに来るんだ!」
すぐさま決断した騎士。後方の馬車に指示を出してその場を去った。
すると、トマは相変わらずの朗らかな声で俺に話しかけてきた。
「おー、ダリル。待ったかい?」
「いや助かったよ。ちょっと7名程乗せてやってくれないか?」
「構わないぞ。それに、王国騎士団からこの村の住人を避難させるよう通知があってね、商業ギルド総出で馬車を用意して今こっちに向かっているところだよ。今は俺の馬車を含めて10台ほどだが、この後20台以上の馬車が来るから安心していいよ」
笑顔でそう伝えてくるトマ。
とはいえ、王国騎士団の対応の速さに感服するばかりだな、これは。
「ありがたい。じゃあ、早速乗せてくれるかい?」
「ああ、構わないぞ」
広場へ視線を向けると、既にクレストら4人の冒険者と、麻袋を手にしたジンさん一家が俺の方に視線を向けていた。
俺が手招きすると彼らがやってくる。
「トマ、彼ら7人を乗せてやってくれ」
「あいよ、任せな!」
リーナとミリーが乗り込み、ジンさんが乗り込もうとした時、クレストたちが不意に俺の方を向いて首を傾げた。
「ダリルさん、俺たちは徒歩で避難します」
「え? いいのか?」
「はい。まずは村人の皆さんが馬車を利用すべきでしょう。な、みんな」
すると他の3人が頷いて応じる。
「わかった。ではトマ、まだ乗れそうだから、後は村人たちを乗せてやってくれ」
「あいよ。じゃあ、君たちには馬車の護衛をしてもらえるとありがたいな」
クレストが笑顔で応える。
「もちろんです!」
「助かるよー」
そんなやり取りを見ていた俺は思わず笑みを浮かべる。
「じゃあ、ダリルも乗った乗った」
笑顔のトマに、俺は首を横に振った。
「……いや、俺は最後に出ます」
「そうなのかい? まあ今回の依頼人はダリルだから指示に従うが、いいのかい?」
俺が頷くと、トマはしばらく俺をじっと見つめて頷いた。
「……まあいいでしょう。わかりました、気を付けてくださいよ?」
「ああ。後はトマに任せたよ」
真剣な表情になったトマが頷くと、不意にミリーが馬車から顔を出す。
「だりるー! いっしょにいくのー!!」
「ミリー。王都で待っててね」
「いやー! いくのー!」
リーナさんが強引に引き戻す。
「じゃあ、王都で会いましょうー」
トマは騎士のいる方へ馬車を進め、クレストたちが頭を下げながらそれに従って去っていく。
よせやい。恥ずかしいじゃないか。
そんな彼らに、俺は手を振って応じた。
『相変わらず底なしの優しさですね。ダリル』
「……お前さんには適わんよ。エリー」
トマの馬車を筆頭に、村人を乗せた馬車が順次出発していく。
それに合わせるようにして、トマの宣言通り、王都から馬車が続々と村に到着した。
広場には続々と村人が集まり、騎士たちの指示に従いながら、待機していた馬車に乗っては王都へと出発していく。
30台近い馬車が王都へと避難すると、残す村人も俺を含めてあと5人となった。
そんな時、王都方面からやってきた最後の馬車。よく見ると、数名の騎兵に守られている。
その集団が広場に到着すると、騎兵たちが馬を降り、これまで避難指示を出していた先発隊の騎士もその集団へと駆け寄り、馬車の近くで2列に別れて整列した。
馬車には、2人の純白のローブを身に纏う人物が乗っていた。
ローブ姿の者たちは用意されたタラップを使って降りると、騎士たちが護衛する様にその左右に並び立つ。
降り立ったローブ姿の人物が、それぞれフードを外した。
一人は藍色のロングヘアーに茶色の瞳をした、顔立ちの整った少女……いや、女性だった。
もう一人は、金髪のショートカットに金色の瞳をした少年……いや、男性だ。
ローブ姿の女性が手にした白く長い杖を地面に立てつつ周囲を見渡し、傍にいた騎士に向かって静かに尋ねる。
「ここにおられる方で最後ですか?」
「はっ。建物を部下に調べさせておりますが、現時点ではこの者たちで最後かと」
「わかりました。確認が完了次第、あなたたちも後方に下がってください」
「承知しました。カチュア様」
カチュアと呼ばれた女性に敬礼をしてその場を去る騎士達。
残された村人と俺に視線を向けて、カチュアが静かに微笑んだ。
「ここは危険ですので、後ろにある馬車で王都へ向かってください」
その指示に従う村人たち。
だが俺は、その場に残り続けた。
すると、カチュアが目を僅かに細めて静かに警告してくる。
「……あなたは?」
カチュアが俺を見据えて尋ねてくる。
うん。美人だな。
よし、ここは格好良く返すかね。
「俺はダリルといいます。カチュア様」
眉を僅かに吊り上げるカチュア。
「名前は聞いておりません。再三にわたって王都へ行くよう指示されていたはずですが、何故残っているのです?」
その抑揚のない話し方に、俺は苦笑いを浮かべる。
「いや、村人全員が避難するのを見届けようと思って」
「ならば皆さま、馬車に乗り込みますよ?」
「そのようで」
すると、隣に居た金髪の男性が間に入る。
端正な顔立ちをしている正に美青年。
イケメンムカツク。
「……我らはルストファレン教会の者。このお方は聖女カチュア様だ。間もなく悪霊がこの地にやって来るため、教会からの指示により我らが除霊するために来たのだ。お前の様な野良犬は邪魔なだけだ、さっさと逃げるといい」
目を細めてそう告げてくる美青年。
あ、こいつ性格悪い奴だ。
とはいえ、ムカツクイケメンはさておき、この子が今王都で一番有名な聖女様か……。
なるほど……噂に違わぬ美人だな。
「……はいはい。失礼しました」
「レリック。そのような物言いは感心しません」
「……失礼しました。カチュア様」
レリックというのか。イケメンの名前などすぐに忘れるからどうでもいい。
俺は馬車へと向かう。
次の瞬間、瞬時にして周囲が暗くなる。
急激な周囲の変化に呼応して、騎士たちが馬車の方へと集結し、馬に跨ると最後の馬車を護衛しつつ慌ただしく王都へ向けて馬を走らせた。
ポツンと残された俺。
違うか。カチュアとレリックも残っているな。
「逃げ遅れましたね」
「のろまが」
「……酷くない?」
それぞれの見解を聞いた俺。
聖職者らしからぬ酷い言い様だ。
「仕方ありません。レリック、彼を避難させ、防護魔法を展開しておいてください」
「お言葉ですが、私の防護対象は聖女カチュア様、貴女だけでございます」
「指示に従いなさい」
「……承知しました」
俺を睨みつけてくるレリック。
いや、俺を置いて行ったあいつらにはお咎めなしなの?
「……早い」
西方を見据えたまま、カチュアが鋭く呟く。
「おい」
イケメンウルサイ。
「聞いているのか!」
「……なんでしょ?」
「いいから、こっちに来い!」
連れていかれたのは広場から少し離れた小さな民家の中。
「いいか? ここでじっとしているんだ。カチュア様が悪霊を退治する。その間決してここを動くんじゃないぞ?」
「……わかった」
「それでいい。全く……なんで私がこんな奴の面倒を見なきゃならないんだか……」
心の声が駄々洩れですよー。あんた司祭じゃないのかーい。
まあ、俺を民家に押し込めて出て行ったイケメン司祭レリック。
すると、今まで押し黙っていたエリーが耳元で囁いてくる。
『……無理だわ。あの二人では勝てない』
俺は静かに頷いた。
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