第6話 贖罪と警告

「ルストファレン教会? ……あの『悪霊』退治に特化した集団を抱える組織が、昔の討滅騎士団ベグラレンリッタだと言うのかい?」

『そうです』


 俺は先ほどから魔霊と会話しながら浄化し続けているエリーに視線を向ける。

 そもそもだ、悪霊であるエリーが教会と関わるのはどうなんだ?


討滅騎士団ベグラレンリッタと教会を結びつける根拠は?」

『指輪です』

「指輪?」


 渡された指輪を見つめる。


『その指輪は、儂が封印される直前に、封印魔法を阻止しようとして攻撃した討滅騎士団ベグラレンリッタの団長の物で、団長は自身の腕と引き換えにして儂は封印されましたがね』

「へー……この指輪がねぇ……」

『……この指輪の内側、古代神聖文字が彫られてるんですわ。まあ指輪の内側をみてくだせぇ』


 指輪を掲げて輪の内側を見ると、そこにはびっしりと小さな文字が書き記されていた。

 うん。全く読めない。


「これは?」

『対魔神防護魔術の術式言語です』

「はい?」


 はい神話きました。


「うーん……魔神なんて神話の世界の話じゃないのか? そもそも、そんな言語が存在している事すら知らないぞ?」

『魔神は存在します。現存する魔神に関する資料の中に、この防護魔術がありやしてね、魔神に対抗する数少ない術式の一つとして理解されてやす。儂もこの術式を紐解いて言語解読を進めていたんので、間違いないですな』

「待ってくれ。という事は、トレスディア皇国は魔神召喚をしたかったのか?」


 するとルネは首を横に振る。


『いや、恐らく逆だと推測しておりやす。むしろ、魔神への対抗手段を研究していたんじゃないかと思うんですわ』

「……対抗手段ねぇ。でもそれって、魔神が召喚されたことが前提の話だよね?」

『そうですな。ですが、皇国騎士に対魔神防護魔術を施した指輪を騎士に渡しているんですよ? という事は、前提が既に成立しているに他ならないと思いやせんか?』


 そう言ってルネは俺の真正面に立つ。


『トレスディア皇国は魔神に対抗する方法を研究していた。お嬢はそんな国との繋がりがあり、今では『悪霊』として存在している。……何か裏があるように思いやせんか?』


 なるほど、ルネが言いたいことが分かった。


「つまりはあれか。ルストファレン教会を調べれば、エリーが何故悪霊になっているかも理解できる。そう言いたいのか?」

『……どうですかねぇ』


 ルネは何も言わずに俺を見据えてくるが、何を考えているのかまで見透かされていそうだな……。

 憑りつかれたときからずっと考えていた理由。

 なぜ、悪霊になったのか。

 なぜ、未だ悪霊でいるのか。

 俺の質問に、エリーは一度たりとて答えてくれたことはない。

 ルネの話を聞く限り、調べる価値はあるな……。


「この指輪、貰っていいのか?」


 ルネが笑いながら頷く。


『もちろんでさ』

「いざとなったら軍資金だな」

『……なるほど。お嬢のために、魔石を浄化する費用が要り様ということですな』


 そう言ってルネが小さな小袋を差し出してくる。

 今度は何だろう。単純に好奇心からそれを受け取る。

 ズシリと重く、慌てて受け取る手に力を入れ、そっと袋の中をのぞくと、金貨が100枚以上あるほかに、それに混じって白くて鈍く輝く硬貨が3枚程入っていた。

 まさか……。


「あのさ、この白っぽい硬貨って、まさかの白金貨?」

『ですな』

「まじかっ!?」


 俺は小袋を掌にそっと包み込む。

 金じゃ! 金じゃぁ!!

 いや待て。俺は金の亡者じゃないぞ。

 ここは紳士的に交渉すべきだな。


「……これ、貰っていいのか? 一度受け取ったら、返せと言われても無理だぞ?」


 しっかりと小袋を抱きしめる俺。うん。紳士的だ。

 一方のルネは乾いた笑いを零していた。


『ケケケ。どうぞどうぞ、儂らには不要ですけぇ』

「いいのか? すまんね、本当に助かったよ……」


 ああ、これで宿が確保できる……。


『魔石以外の魔力補充方法として、魔霊を集めて従わせておきやすから、今後は定期的に来てくだせえ』

「ありがたい。本当に助かるよ……」


 ルネの提案はこっちとしても渡りに船だ。

 とはいえ、このままでは申し訳ないように思うな。


「ところで、何でエリーのためにここまでしてくれるんだ?」


 俺の質問を聞くと、ルネがエリーの方に顔を向ける。


『魔力を吸い取られ、能力の一部を奪われて眷属化した儂は、ようやく自我を取り戻せたんです。ですがね、眷属化する前の儂の唱えた極大封魔呪文によってあなたを消滅させかけていたんです。その刹那、咄嗟に言われたお嬢の言葉は、眷属化した儂には堪えました』

「何と言ったんだ?」

『……それは言えませんな。『言うな』と指示されておりやすから』

「ほおー。ここまで言っておきながら、勿体ぶるのかっ!」

『ケケケ。儂はお嬢の眷属ですけぇ。まあ、いいじゃありやせんか』

「ふん」


 何だいそれ。

 まあ、いいか。


『眷属化してから後は、儂自身の失った魔力を取り戻しつつ、儂が眷属化した魔霊たちをお嬢に浄化してもらうことで魔力を維持できるようにしておりやした。尤も、眷属化した儂が旦那と会うのはこれが初めてでやしたね』


 そういえば、ゾンモーナト遺跡に来る都度エリーがどこかへ消えていくなーと思っていたが、こういう理由があったからなのか……。

 全く気付かなかったぞ。


『今後も魔霊を集めておきやすから、定期的に来てくだせぇ』

「そうするよ。俺も助かるからな」

『儂も贖罪になりやすから、丁度ようござんす』


 そう言ってルネが笑った。

 俺は苦笑いしか出来ないけどなっ!


 そうしてルネが俺の傍から離れてエリーの方へと向かう。

 俺は再びエリーの方を見るが、後ろで控える魔霊の見る限りまだかかりそうだ。

 陽はまだ明るいが、夕暮れぐらいまではかかるだろう。

 何もすることがない俺は地面に座り、腰かけていた柱の残骸に背を預けて昼寝をする事にした。





 頬を何かがプニプニと這う。

 焦って目を開けると、そこにはウェーブがかった漆黒の髪をなびかせる絶世の美女が顔を覗き込んでいた。


『おはようダリル。待たせちゃったわね』


 すべての魔霊を『昇天』という名の『吸収』を終えたエリーが、ルネを伴って俺の頬を魔力操作でつついていた。


「おはよう。終わったのかい?」


 俺が起き上がると、すぐ隣へふわりと舞い降りる。


『ええ。目的の魔石も確保できたわ』


 エリーは微笑むと、俺の手元へと指先を器用に操作して赤色の石『魔石』を見せてきた。

 よく見ると、数個しか見えないが……。


「それだけかい?」

『収納済みですわ』


 そう言って、エリーが小さく何かを呟くと、彼女の掌に闇が集約し、その中から魔力操作で数個の魔石を取り出した。

 闇の空間に収納する魔法だ。

 この魔法のお陰で、俺はかなり楽をさせてもらっている。


「そうか。俺は今回何もしていないな……まあ楽で助かるけど」

『たまには良いんじゃない?』

「たまに……か。じゃあお言葉に甘えるよ。ありがとな、“お嬢”」


 俺がニヤリとしてエリーに告げると僅かに目を細める。


『……私がそう呼べと言った訳ではないわ』

「どうだかねぇ」

『ケケケ……』


 エリーがジト目で俺を見てくるが、それを無視して立ち上がる。


「じゃあ、そろそろ村に戻るか。着く頃には夜になるだろうし」

『わかったわ』

「ルネ、いろいろありがとな」

『ケケケ。また来てくだせぇ』


 そう言って遺跡の出口へ向かおうとした時、不意にルネが声を掛けてくる。


『お嬢、旦那、ちょっといいですかい?』

「ん?」

『何です?』


 すると、ルネがその場で小さく何かを詠唱すると、彼の真後ろに闇が集約し、一体の魔霊が召喚された。

 その魔霊はボロボロのローブを纏っているが、うっすらと青白い靄が人を形作る霊体そのもののような存在だった。


『……こやつ、つい最近眷属にしたのですがね、まだ自我が戻っていないんで今回の天昇から除外していたんですが、眷属化させてからずっと奇妙な事を言ってるんでさ』


 そう言い、魔霊を前に出させる。

 その魔霊はずっと何かをブツブツ呟いていた。


『……来る。奴が来る……来る……奴が……』


 ルネが手を振ると、ブツブツ言い続ける青白い魔霊が静かに姿を消えた。


「今のは何だい?」

『……西方から流れてきた奴なんですがね、奴はイビルファントムの成れの果てなんですわ……』


 ルネはさらっと言っているが、イビルファントムと言えば上位魔霊の一種で、高名な魔導士の成れの果てと言われている暗黒魔法を多用する結構危険な存在だ。

 俺、そんな危険な存在のすぐ傍で声を聞いちゃったよ。


『……ルネ、お前の魔力はどれほど戻ったのです?』


 急にエリーがルネに尋ねる。


『全盛期の半分くらいでしょうかねぇ』

『……そう』

「なあ、どうしたんだ?」


 すると、エリーが表情を硬くしたまま俺の方を見つめてくる。

 冗談が通じるような状況ではなさげだ。

 そんな彼女の口から零れた言葉。


『悪霊よ』

「は?」


 マジで?


「何を根拠に悪霊だと?」

『結論から言うとですね、あやつは魔力を吸われた成れの果てなんですわ。つまり、誰かが奴の魔力を吸収したという事になる』

「待ってくれ。さっきの魔霊はイビルファントムだったよな? 上位魔霊だろ? そんな奴の魔力を誰が吸える……」


 言いかけて俺は理解した。エリーやルネが何を言いたいのか。

 つい先ほどまで、俺の目の前で多数の魔霊から魔力と力を吸収している存在が居たじゃないか……。

 するとルネが首を振る。


『悪霊以外にありやせんぜ、旦那』


 悪霊が近づいている。もうこの事実は確定だ。

 後は、何処に向かっているかだな……。


『お嬢、旦那。さっきの奴は西から流れて来たんでさ。という事は、目指す先はここか、はたまた南下するかのどちらかですぜ』


 結構切迫しているな。こいつはギルドに報告した方が良さそうだ。


「わかった。警告してくれて感謝するよルネ」

『お安い御用でさ。伝えるのが遅くなってすいやせん』

「いいさ。な、エリー」

『……ええ』


 そう言ってエリーは微笑むが、すぐに無表情へと変わっていく。


「そういえば、ルネは大丈夫か? 遭遇した場合、傘下に入る危険性があるんじゃないのか?」

『儂は平気ですよ。既にお嬢の眷属でやすからね。ただ、抵抗するには力が弱すぎるんで、今回ばかりは逃げますわ』

「わかった。じゃあ、また会おう」

『お気をつけて』


 そう言って、俺たちはゾンモーナト遺跡を後にする。


 村への帰り道、エリーは終始無言で俺の隣に従っている。

 表情には一切出ていないが、その目は確固たる意志を感じさせる。


 まあそうだよな……。


 だ。

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