第5話 道を極めた方ですか?

『楽しそうね』


 ゾンモーナト遺跡への道。周囲に木々が鬱蒼と林立し、次第に森へと変化していく中、獣道のような一本道を歩いている際に、エリーが不意に俺の隣に現れてそう呟いた。


「そう見えるか?」

『ええ。美人にあった時と同じ顔してるもの』


 ジト目で俺を見てくるエリー。


「ふっ……俺は天使に会ったのだよ」

『天使? ああ、ミリーね』

「……もしかして、俺の考えてる事って読めるの?」

『……さあ? どうかしら』


 嫣然としたまま俺の傍から離れると、正面を見据えて目を細める。

 少しだけ顔を俺の方へ向け、視線を前に向けたまま小さく告げる。


『……相変わらず多いわ』

「もういるのか?」

『ええ。そこら中に』


 既にエリーは魔霊を見つけた様だが、俺にはさっぱりわからない。


「さて、遺跡まではまだあるが……」

『襲ってくる様子はないのでこのまま進みましょう。その方が楽になりますし』

「楽……ねぇ」


 俺は苦笑いを浮かべて道を進む。

 エリーは相変わらず正面を見据えたまま、俺の少し先を進んでいく。


 やがて遺跡と思える人工構造物が見えてくる。

 巨石の柱が数本並び、途中から折れて地面に倒れている柱も何本か見えるが、苔が生えているものの、昔は綺麗な白い柱だったに違いない。

 柱を尻目にそのまま進むと、次第になだらかな下り坂に差し掛かる。

 坂を下った先には、小さな開けた空間が見える。そこが目的地である祭壇がある場所だ。

 こんなにも開けた場所だというのに、ここは迷宮化している遺跡なのだ。

 注意を払わねば、魔物や魔霊たちが襲い掛かってくるような危険な場所であることに変わりがない。

 誰がどう見ても、平和的な空間が広がっているようにしか見えなんだけどね……。


 そんな牧歌的な奇妙な場所を歩き続け、結果何事も無く祭壇のある広場に到達した。


「目的地には到着したけど、いけそう?」

『問題ないわ。始める?』

「そうだね。早い方がいいだろうから頼むよ。いつものとおり魔霊を集めてくれ」

『わかったわ』


 俺の話に頷き、祭壇跡だった場所に音もなくふわりと舞い降りる絶世の美女。

 かなり絵になるのが悔しい。

 こちらを一瞥して右腕を地面にかざし、俯きながら瞼を閉じて小さく呟く。


『……我が闇の根源に応えよ。闇霊召喚サモンドゥケル


 エリーの掌から禍々しい漆黒のオーラが彼女を中心とした円を描いていく。

 魔法陣のような紋様を地面に染み込ませるかの様にしてオーラが舞い上がる。


『……来なさい』


 瞼を開き、俺の方を向いて呟く。

 地鳴りのような微かな音が聞こえ始め、地面に転がる小石が僅かな振動で微弱に動き始めると、周囲に広がる闇のオーラが激しく揺れ動く。

 エリーがローブの袖から見える白魚の様な美しい腕を天空に向けて伸ばしたかと思うと、すぐさま一気に振り下ろした。

 その直後、ドンという音と共に漆黒の稲妻がエリーの前方の大地目掛けて突きささり、激しく土埃が舞い上がる。

 土埃が次第に舞い散り、その中に禍々しい漆黒のオーラを纏った灰色のボロボロのローブを纏う骸が跪きながら姿を現した。


『……お呼びですかい、お嬢』


 エリーの目の前に現れた灰色のボロボロのローブを纏う骸がそう告げる。

 どう見てもエルダーリッチという魔霊の中でも上位に位置する霊障存在だ。

 というよりもだエリー、お前はいつからお嬢と呼ばれるようになったんだ?

 いやいや、そもそも何でこんな上位魔霊が1体だけ来るんだ?


『……ルネ、相変わらずで何よりです。首尾を』

『へい。お嬢の指示通り、周囲の魔霊どもには冒険者に手出ししない様厳命しておりやす。今ではお嬢の『天昇』待ちがおよそ800程集まりやしたが、どうしやす?』


 ルネと呼ばれたエルダーリッチ。しかも名前持ちネームドかよという突っ込みは後でしよう。

 一言で言えば骸骨の魔導士。纏っているオーラは明らかに禍々しいのだが、何故かエリーに崇拝の様な心酔している様な雰囲気を感じる。

 これ、俺がエリーの機嫌を損ねたら速攻で殺される法則?

 それよりも、エリーの前で跪く骸骨魔導士ルネは、どう見ても女王陛下とその騎士の様です。ありがとうございました。


『すべて対処しましょう』

『畏まりました』

『すぐ出来て?』

『もちろんでさ』


 訂正しよう。女海賊頭と古参海賊だな、これは。


『……我が眷属よ、我が声に応えよ。闇霊召喚サモンドゥケル


 ルネの背後に禍々しいオーラが渦巻いていく。

 漆黒のオーラが地面に染み込み、激しく上下に揺れ動く。

 その様子を一切見ずに、ルネが両腕を天空へと振り上げた直後、彼の背後に夥しい数の魔霊たちが一気に姿を現す。

 うん。凄いね。

 というよりもだ。召喚ってさ、物凄く魔力を消費するんじゃなかったっけ? おかしいな、どう見ても骸骨魔導士が言っていた通り800体ぐらいは居そうな魔霊が見えるんだけど、それをあいつ一人の魔力で呼び寄せたんだよね?

 これ、詰んでない?

 それよりもだ。今はエリーだよ。

 俺がエリーの傍に近づいた瞬間、ルネが瞳のない窪んだ眼窩で俺を見据えてきた(?)が、そんなことなど一切気にせずにエリーに声をかける。


「あのさ、エリー」

『……何でしょう?』

「これ全部、俺が倒すの?」


 しらーっと明後日の方を向くエリー。

 おいおい。


「……無理。死ぬ」

『問題ないわ』

「根拠がわからん」

『まあ、何とかなるわよ』


 わかった。

 なら聞こうではないか。


「じゃあ、何故に『お嬢』?」

『……知らないわ』

「ここのボスが、実はエリーだったとか?」

『……そんな訳ないでしょ』


 無表情。

 そんな言葉が妥当な一言で、エリーは静かに正面を見つめ、ルネとその背後に現れた魔霊たちの群れを見渡している。

 するとルネが恐る恐るといった感じで尋ねてくる。


『お嬢、この人はもしや……』


 俺を指さして聞いてくるルネ。

 エリーは跪くルネに向けて冷ややかな視線を向ける。


『……手出し無用とだけ言っておきます。ですが、万が一にも何かあったら……よろしくて?』


 おいおい、上位霊障が肩をビクつかせるってどれだけだよ……。


『……へ、へい。お、おいお前ら! このお方はエリー嬢の大事な旦那様だ! 手出しするんじゃねえぞ!!』


 ルネが慌てて立ち上がって背後を振り返りながら叫ぶ。

 すると一斉に魔霊たちが『応!』と応じた。

 あら嫌だ、ここは新手のマフィア集団ですか?

 そもそも俺は『旦那様』じゃない。

 俺の思いなど無視して再び俺たちの方を向くルネ。手を口元に当てて小さく咳払いする。


『コホン……では改めて、お嬢の指示通り、全ての魔霊を呼びやした。どうか迷えるこいつらを『天昇』させてやって下せえ』


 ルネの発声に、背後の魔霊たちが一斉に声を上げる。


『『『姉御ー!!』』』

『『『グオオオ!!』』』


 お嬢。姉御。

 ここって、道を極めた方たちの本部か何かですか? 

 てか明らかにボスじゃん。


『ルネ。順番に対処します。采配は任せましたよ』

『承知』

『……本当に構わないのですね?』


 エリーの一言に、ルネは恭しく頭を垂れる。

 やっぱりボスだな。


『……彷徨っていた迷える者たちです。あのまま放置されていたら、あいつらは遠くない将来無為に狩られるか、もしくは危害を加える存在になっていた事でしょう。それよりも、お嬢の役に立てればこやつらも本望というもの。一度浄化させることで再び現世でやり直すことも出来やしょう。どうか是非とも輪廻の門をくぐらせてやってくだせぇ』


 エリーは静かに頭を下げるルネを見つめている。


『お嬢の力を聞いて、ここに来た者もおりやす。遠慮は無用。こいつらを


 そこまで聞いたエリーは、静かに目を伏せ、僅かに首肯した。


『……わかったわ。では、始めましょう。ダリル、しばらく待っていてください』

「つまり、どういうこと?」

『私が魔霊を除霊するの』

「はい?」

『つまり、私が魔霊を倒して、依頼を完了させる。そう言う事よ』


 楽と言ったのはそういう訳か、なるほどね。じゃあさ……。


「……俺は?」

『しばらく待っていれば大丈夫よ?』


 むむっ……もしかして、俺ってばいらない子?

 でもまあ楽が出来ると思えばいいのか。


「うーん……良くわからんが、一応理解したよ。でもな……後で説明しろよ?」

『……ええ』


 明後日の方を向くエリー。

 これは、説明する気がないな……。まあいい。


「……ああそうそう。依頼対象の魔石だけは確保しなきゃならんから、その事は留意してくれ」

『わかったわ』


 そう言い残し、エリーはその場を去っていった。

 俺はルネに導かれるまま魔霊たちの方へと向かうエリーの後姿を見ていたが、近くにあった腰の高さほどある折れた柱に腰を下ろして待つことにした。





 エリーが俺から少し離れた場所で魔霊たちを相手に手を翳し、手を翳された魔霊が光の粒子となって霧散していく姿をぼーっと見つめていた。

 とはいえ、お昼御飯用にと貰っていた特製サンドウィッチは、お昼になる手前辺りで食べてしまい、今では手持ち無沙汰になっていた。


『旦那、いいですかい?』


 背後から声を掛けられ、慌てて振り向くと、そこには骸骨魔導士のルネがふわふわ浮かんでいた。


「うおっ! ビックリした」

『あーすいやせん。他意はないんでさ』

「わかってるよ。なんだかエリーがいつも世話になっているようだね。ありがとう」


 俺だって世間並みの常識は知ってるつもりだ。共に過ごすエリーにここまでしてくれる相手なんだ、保護者にでも親にでもなったつもりで挨拶するさ。

 魔霊に通じるかは知らんが。


『いえいえ。お嬢がここまで惚れ込む相手でさ、気にしないで下せえ』


 惚れ込む? 憑りつかれているだけなんだが。


『ケケケ。お嬢は強引ですからな、何となく察しやすよ』


 あれ? ルネってば良い奴だな。


「そうか。それは助かるかな?」

『ケケケ。5年前に会ってやすから、気にしないでくだせえ』


 ん? 5年前?

 ボロボロのローブに……骸骨魔導士……んんっ?


「……まさか、あの時のカイザーリッチ!?」


 カイザーリッチ。

 魔霊の中で最上位に位置する3大魔霊の一つに数えられる存在。

 リビングデッドと呼ばれる生ける屍が、長い間強力な魔力を浴び続けることで突然変異し、物理攻撃に特化した特殊個体『アンデッドロード』。絶え間なくアンデッドをこの世に呼び出し続けることが出来ると言われている『デスシャーマンキング』。そして、魔導を極めるあまりにその身を不死に変えた存在『カイザーリッチ』。これが3大魔霊と言われる者たち。

 古参海賊かと突っ込んでいたルネが、実は5年前に討伐したこの遺跡の主であるカイザーリッチだったとは思いもしなかった。

 だってあの時は、ヒスイの長杖を持ち、頭にはヒスイの王冠をしていた、正に堂々たるアンデッドの帝王だったのだ。

 いやはや、今ではエリーの補佐とは、俺ってば全く知らなかったよ。


『ケケケ。左様です、旦那』

「物凄い変わりようだね、驚いたよ」

『儂も驚いておりやすよ。あの時もそうでやしたが、未だお嬢が旦那に付き従っていやすとは』


 遠い目をしてエリーを見つめるルネ。目は無いけどな。


「俺もびっくりだよ? 未だに離れてくれないからなぁ」

『本気で言ってそうでちぃと怖いですな……まあいいでしょう。ところで旦那、一つお伝えしたいことがありやす』

「ん? なんだい?」


 俺の問いかけに、ルネが小さな黒く錆びついた指輪を差し出してきた。

 よく見ると、施された装飾はどこか高貴なものを感じさせる。

 恐らく銀製の指輪なのだろうか?


『旦那に、この指輪を持っていて欲しいんでさ』

「指輪? 売ってもいいのかい?」


 金が欲しいんじゃ、金が。


『ケケケ。金に換えるのも良いですが、今は持っていて欲しいとだけ言っておきやす』

「何で?」


 ふわりと俺の傍に並び、器用に腰をかける仕草をする。


『旦那、トレスディア皇国って知っていやすか?』


 トレスディア皇国。

 その昔に栄えた魔法国家……だと言われている。

 それもそのはず。一説によれば、魔神によって滅ぼされたとされており、ある日忽然と国そのものが姿を消したと言われているからだ。まあはっきり言ってしまえば、神話、もしくは御伽噺の世界と言える幻の国だ。


「ああ、御伽噺の世界だろ?」

『……そうだといいんですがね』


 意味深だな。


「どういうことだ?」

『儂は、お嬢に魔力と力の一部を吸収されたことは知っていやすね?』


 倒した時に傍に居たらかな。エリーがルネから魔力と能力を奪ったのは知ってる。


「ああ」

『魔力と力の一部を吸収された儂は、今ではお嬢の眷属になったんですわ』


 そう言って、ルネが俺の手を上に向けさせると、その掌の上に指輪を落とす。


『つまり、お嬢と儂には繋がりが生じた……ということですな』

「……ん? という事はあれか、エリーが何者かを知っている?」


 ルネが静かに頷いた。

 だが窪んだ眼窩は俺をじっと見据えたまま。となると、真相までには至っていない事を物語っているように見える。


『旦那、お嬢が皇国と繋がりがあるのは間違いないんですわ。儂はその昔、この地で討滅騎士団ベグラレンリッタによって封印されたからこそ断言できる』


 はい? 何その怖そうな騎士団。


「何それ、そのおっかなそうな騎士団」

『ん? ご存じないので?』

「聞いた事ないなぁ」

『……なるほど、儂が封印されたのは800年程前。今ではその歴史も記憶も風化してるでしょうから無理もありやせん』

「というかさ、お前さん封印されていたの?」

『いかにも』

「何で?」


 ルネがエリーの方に視線を向け、俺もつられて視線を向ける。

 先ほどから変わらず魔霊たちに手を差し伸べては、光の粒子へと変えている。『天昇』と皆は呼んでいるようだが、実際にはエリーが魔霊の魔力と力を全て吸収しているだけなのだが……。

 その様子を見つめながら、ルネが静かに話始める。


『……儂はこの地で多くの生命を殺め、生贄として捧げてきました。ここで彷徨う魔霊の多くは、そんな儂の実験のなれの果てでもあるのですよ』

「生贄? 実験? 何のための実験であり生贄なんだ?」

『魔神召喚のためです』


 俺の目が点になる。

 魔神? 神話の世界の話じゃないか。


「またまたー。魔神なんて、いるはずないじゃないか」

『……儂は討滅騎士団ベグラレンリッタにより封印された。これは事実です』

「うん」

『魔神召喚の研究を続けていたから封印されたのです』

「……そうなの?」

『そもそも、討滅騎士団ベグラレンリッタがどの国の所属騎士団かご存じで?』


 騎士団の名前でさえ初めて知ったのに知るはずがない。


「知らない」

『トレスディア皇国です。旦那』

「……そうなの?」


 俺が首を傾げるとルネはエリーの方に視線を向け、正に天昇されていく魔霊の方を指さす。


『ここに集まってきた魔霊たちから聞いた話ですが……おそらく討滅騎士団ベグラレンリッタは今でも活動してやすね』

「トレスディア皇国は今では存在しない国なのにかい?」

『名前を変えていやすから、知らなくて当然ですな』

「名前が違う?」


 ルネが静かに呟いた。


『ルストファレン教会……今はそう呼ばれておりやす』

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