第4話 天使がいる場所

 不意打ちを受け、満身創痍に近い状態でたどり着いた乗合馬車の停留所。

 俺が狩ろうとしている魔物……いや、正確には『魔霊』か。まあ、その魔霊達がいるのは、王都から少し離れた場所だ。

 冒険者の間では『ゾンモーナト祭祀場』と呼ばれている古代の遺跡。

 その昔、この祭祀場で様々な生贄が捧げられ、夥しい生贄の怨念が渦巻いているいわくつきの場所だそうだ。

 そんな遺跡の近くに王都を建設するのはどうかと思うが、王都の未来よりも自分の明日だ。そのためには魔霊を狩り、魔石を得て換金。素晴らしい流れだと思うね。


 さて、停留所には既に10台以上の馬車が待機している。

 全ての民が安心して目的地に着けるようにと、王国が商業ギルドと協力して運用しているんだとか。ただ驚くことに利用料金が非常に安い。しかも安全対策も万全というから驚きだ。それもそのはず。早朝見かけたわけだが、王国騎兵たちが常に街道を巡回し、治安維持を担っているのだ。しかも定期的に周辺区域の脅威を排除しているから魔物や盗賊などに襲われる心配もない。脅威の排除には冒険者ギルドも協力しているから盤石だ。

 この国は様々な組織が協力して成り立っている訳だ。俺の生まれ故郷とは偉い違いだな。流石大陸中央に近い北方の雄『ノルドラント王国』。


『何でドヤ顔になってるの?』


 エリー……余韻に浸るぐらいは見逃して欲しいな。


『……おっぱいが大きい娘は周囲にいないわよ?』

「なんでおっぱいに繋げる」

『え? 好きじゃないの?』

「大好きです」


 即答している俺って何だろうね。

 そんなことよりも、目的はいつもの馬車を探すことだ。

 そこは流石に察しているようで、エリーが俺の傍にふわりと寄った。


『いつもの馬車……あそこにあるのがそうじゃない?』


 エリーが指し示す方に、いつも利用している馬車が見えた。

 御者は恰幅のいいおっさんで、名前をトマという。

 トマの扱っている馬車は、周囲に止まっている馬車と比べると一目瞭然だ。


 はっきり言ってボロい。


 商業ギルド所属の馬車とは思えないくらいにボロい。

 理由を聞いた事があるが、その回答が……。


―え? この荷車が好きなんだよ。味わい深いだろう?


 だそーだ。

 うん、俺には『その味わい深さ』を理解できん。


 とはいえ、この馬車にはいろいろとお世話になっているのも事実。正確にはトマにだが。

 無一文で困った時に、理由も聞かずに乗せてくれた恩がある。

 俺はそんなトマの人となりが好きだ。これは事実だ。

 早速トマの馬車へと歩み寄る。


「お? 今日は出るのかい?」


 御者台に乗り、こちらに振り向いて笑顔を見せる恰幅のいいおっさんであるトマが、近づいてきた俺に声を掛けてくる。


「ああ。いつもの様にゾンモーナトに行こうと思って」

「そうかそうか。じゃあ、テルの村までだね?」

「頼むよ」

「あいよ。銅貨1枚頂くよ」


 今朝俺が食べたサンドウィッチが鉄貨5枚だ。俺が泊っている宿が1泊銅貨5枚。鉄貨10枚で銅貨1枚。銅貨10枚で銀貨1枚になる。つまり、俺の食べたサンドウィッチ2個分が馬車の運賃なわけだ。ね? 安いでしょ?

 ただし、拠点を1個超えるごとに銅貨が1枚ずつ上がっていく。とはいえ、それでもかなり安い事に変わりはない。

 ちなみに、銀貨以上は金貨になる。銀貨10枚で金貨1枚。その上には白金貨というのがあって、それを目にするには金貨1000枚が必要になる。


「はぁ……」

「どうしたどうした。急にため息なんか吐いて」

「世の中の金持ちが羨ましい……」

「ん? ハハハハっ!」


 トマが急に笑い出した。

 面白い事言ったか? 俺。

 

「金が全てじゃあないよダリル。金は有るに越したことないが、それでは買えない物もあるんだよ」


 哲学者だな。

 けどね、お金が必要なのよ、ホント。


「まあ、稼げるうちは稼ぎたいという気持ちも理解できるな。40超えたらやれることも限られてくるからなぁ」


 トマが遠い目をして先を見つめる。

 そんなに歳いってないはずだが……確か。


「トマはまだまだ現役じゃないのかい?」

「ん? 現役だぞ? ただ、俺にはもう欲しい物がないだけさ」

「へぇ、それはいいね。俺なんか欲しい物だらけだよ」

「ハハハ! 金が欲しい理由は人それぞれだから聞かんけど、失うものも有ることを忘れてはならんよ?」


 達観しているな。何となく理解出来る気がするよ。


「そうだね。ただ、今は目先の金が欲しいかな。宿代も出せなくなりそうだしね」

「そうかそうか。なら、稼がないとならないねぇ」


 俺の差し出したを笑顔で受け取ると、周囲を見渡しながら声をあげた。


「テルの村にいくぞー! 利用者はいないかー?」


 トマの声に周囲の視線が集まるが、目が合った者たちは皆首を横に振っていた。

 それを確認すると、笑顔で俺に声を掛けてくる。


「今はもう居なさそうだ。じゃあ出すね」

「頼む」

「あいよー」


 荷馬車に乗り込む。板張りの質素な座席の上には、布で作られた簡易なクッションが置かれている。

 御者台のすぐ側にある座席に座ると、トマは俺を見て笑顔で頷き、改めて正面を向いて手綱を振った。


「さて、出発だ」


 ガラガラと馬車が走り出す。

 さて、今日は稼がないとな……。





 トマの馬車に揺られる事数刻。道中至ってのどかなもので、あっという間にテルの村に到着した。


「ほい、到着。いつも通り明日の迎えでいいかい?」

「そうしてくれると助かる」

「はいよ。じゃあ、いつも通り明日のこの時間あたりに来とくよ」


 普通は迎えなど来ない。定期的に乗合馬車が巡回しているから、迎えそのものが制度として無い。

 だが、トマはなぜか嫌な顔せず迎えに来てくれる。

 その事については非常にありがたいが、その反面非常に申し訳なく思う。厚意に甘えてばかりでは男が廃るという思いもあり、今ではトマの馬車に乗るときには、あえて2倍の運賃を渡すようにしている。


「ありがとう」

「気を付けるんだぞー」


 トマと別れ、テルの村にある宿を目指して歩き出す。

 目的のゾンモーナト遺跡へは、ここからは徒歩でいかなければならない。準備と言っても大したものは無いが、それでも早めに行動するに越したことは無い。

 しばらくすると、俺の背後でトマが「王都に行きたいものはいるかー? 乗せてやるぞー」と声がする。前を向いたまま思わず笑顔になる。

 すると、隣のふわふわ浮かぶ存在から憐憫の視線を感じて視線を向ける。


『ついに禁断の世界の扉を開いてしまうのね……ああ、私が不甲斐ないばかりに男色の道を突き進むとは……ヨヨヨ』

「……お前さんは何を言ってる」


 エリー……俺にそんな気はないぞ。


「いつもの宿に行く」

『野営はする?』

「うーん。今回は討伐終了次第村に戻るよ」

『わかったわ』


 了諾の声と共にエリーの姿が消える。

 完全なる肉体を持っている訳ではないため、顕在化した場合には相当量の魔力が必要となるそうで、顕在化していない場合でも多少の魔力は消耗するという。極力魔力を抑えようとするならば、闇の中で大人しくする方が良いのだと以前聞いていた。

 いやまて……という事は、今の俺は完全なる自由ということだ。すばらしき自由! いらっしゃい自由!


『そうそう。“お手伝い”ならいつでもするわよ?』


 いきなり俺の耳元で囁くエリー。

 慌てて振り向くと、ジト目で俺を見つめ、不敵な笑みを浮かべながら再び姿を消した。

 俺の喜びを返して欲しい。


 いつも利用している宿に入ると、正面にある受付窓口に用意された丸い椅子に、小さな女の子が座って足をブラブラさせていた。


「あー! だりるー!!」


 女の子が俺に気がつき、満面の笑顔を浮かべると、椅子を降りて走り寄ってきた。

 確か4歳だったかな?


「元気だったか? ミリー」

「うん! みりーげんきだよ!」


 ニコニコ笑顔で俺に抱っこされるミリー。茶色の髪に赤いワンピース姿の可愛らしい女の子だ。

 すると宿の奥からパタパタと足音が聞こえたかと思うと、受付窓口に顔をひょいと出して来た、なかなか渋い顔立ちの男が現れる。

 そんな男がミリーを抱っこしていた俺に気がつき、笑顔を浮かべたまま俺の方へと歩み寄る。

 茶髪を短く刈り揃え、頬にある傷が歴戦の勇士を物語る温厚そうな男であり、はっきり言ってカッコいい。


「おー、そろそろ来ると思ってたよ!」

「忙しいところすみません。今回もよろしくお願いします、ジンさん」


 ジンさんは5年前に冒険者を引退した人だ。

 5年前、ゾンモーナト遺跡から溢れ出した魔霊たちがこの村に襲い掛かってきた時、ジンさんと俺は偶然この村に滞在していた。

 魔霊たちの襲撃からこの村を守り、その時に助けた宿屋の娘と結婚。それを契機に引退して、この村を守る担い手になる一方、宿屋の主人として、そして一人娘の父親として現在奮闘しているという訳だ。

 宿屋の女将さんが美人なのが唯一納得できん……。


「村の英雄を断る理由はないな。いつも通り1泊でいいのかい? 何なら、何泊でもしてくれて構わんぞ?」

「英雄はあなたでしょうに。……ええ、今回も1泊でお願いします。あれ? リーナさんは?」


 俺が思わず女将の名前を口に出すと、ジンさんは少し恥ずかしそうに俯いた。


「今はちょっと体調を崩してるんだ」

「それは大変ですね、大丈夫ですか?」

「え? ああ、大丈夫だ。うん。ハハハ」


 何か怪しい。


「あらー、ダリルさんじゃないー」


 声がした方に視線を向けると、そこにはあの美人女将が笑顔でカウンター越しに立っていた。

 相変わらず綺麗だねぇ。うん。

 エリーに見られなくてよかったよ……。


「ご無沙汰してます。体調がすぐれないと聞きましたが……」

「え? ああ、二人目が出来ちゃったみたいなのよー」


 笑顔で告げる衝撃的な発言。

 俺が金にも恋人にも困っている時に、この男は……。


「いやぁ~」

「うふふ」

「ハハハ」


 格差社会を痛感する。

 あの時頑張った俺への追加報酬を要求するっ!


「だりるー。みりー、おねえさんになるんだってー! でね、ミリーはだりるのおよめさんになるのー! きゃはっ」


 天使だ……ここに天使がいました。


「そうかそうかー。おねえさんになるんだね、嬉しいねミリー」

「うん!」

「ジンさんもリーナさんも、おめでとうございます。これはなお一層パパに頑張ってもらわないとなりませんね!」


 邪な感情はミリーの笑顔で浄化されました。この子は破魔魔法の担い手になるに違いない。


「そうね、パパ。うふふ」

「そうだな。頑張らないとね」


 夜の方はほどほどでお願いします。俺へのダメージが大きいですから。


「では、今回もお世話になります」

「ああ。いつもの軽食、すぐに作ってくるよ」

「お願いします」


 笑顔で頷き、宿の奥へと消えていくジンさん。


「今回も1泊でいいのよね? じゃあ、銅貨4枚いただくわ」

「あれ? 5枚じゃ……」

「おまけよ。主人ってば、あなたに会えるのを楽しみにしてるもの。また今度もうちを利用して欲しいから……ね?」


 笑顔のリーナさんに思わず見惚れてしまい、何も言えずに頷いてしまった。

 エリーがいなくてよかった……。


 宿代を支払い、しばらくミリーと遊んでいると、小さなバスケットを抱えたジンさんがやってきた。


「ほい、いつもの特製サンドウィッチ、入れといたぞ」

「ありがとうございます」

「じゃあ、気をつけてな!」

「行ってきます」


 宿を後にする俺に、ミリーが力いっぱい手を振ってくれていた。


「いってらっしゃいー、だりるー!」

「いってきまーす」


 それに応じて手を振り返し、遺跡へ続く道へと向かった。

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