第3話 くっ……不覚

「どうです?」


 アイシャが柔らかな口調で尋ねてくるが、俺の視線はスリットに見え隠れする美しい脚線美に向いている。

 健全な男子ここにあり。


『……おっぱいの次は脚ですか』


 やかましい。


「どうって言われてもね。それって、エリーが悪霊だって認めるって事だよね?」


 俺はエリーのジト目にも負けずに辛うじてそう尋ねる。

 エリーは確かにだ。

 だが最大の特徴が異なっている。

 それは目だ。

 彼女の目の色は美しいアイスブルー。悪霊の目は深紅なのだ。


「そうなりますね。ですが、『悪霊使い』として公式にギルドがお墨付きを与えれば、近衛騎士長……いや、ルストファレン教会をも説得できます」


 ルストファレン教会。

 この世界最大の脅威である悪霊を除霊することが出来る集団を抱える組織。

 正直、関わりたくない集団だね。


「教会を説得するのは良いけど、エリーは悪霊じゃないからなぁ……」

『構いませんよ。私は』

「じゃあ決まりだね」


 ジーヴァがニヤリと笑みを浮かべて俺を見る。

 男ににやけ顔をされながら見られるのって、正直気持ち悪い。


「また失礼なことを考えただろ?」


 だから女かって、あんた。


「まあいい。とにかくその職種を新設して登録してしまえ。そうすればエリーが街に現れても、『ダリルは悪霊使いだから問題ない』で一蹴出来る。こうなりゃ俺たちが動かなくても良くなるし、お前さんはナンパし放題。どうだい? これほどいい条件はないよな?」

「お受けしましょう」


 俺の即答を聞いて笑うジーヴァ。

 あんた神様だよ……。


「と、いう訳で。お嬢ちゃん、いいかな?」

『……構いません』

「こいつがナンパすることも認めてやんな。どうせ失敗するんだから」

『それもそうですわね』


 神撤回。こいつら悪魔だ。


「そんな風に言うのは良くないです」

「アイシャさん……」


 思わず口から名前を呟いてしまう。

 やっぱり脚線美の美しい人は性格もいい人……。


「思っていても言わないのが優しさです」


 グレるぞ、マジで。馬車盗んで爆走するからな。


「……という訳で、受付にカードを提出しとけよ。職種を直して戻してやるからな」

「馬車を盗んで爆走しても、文句言わないでくださいね」

「何を言ってるんだお前は」


 ジーヴァが不思議そうに首を傾げるがそんなの無視だ。

 俺の心は傷ついたよ。俺を癒すのは……。


「依頼もお受けになったようですから、これからも頑張ってくださいね」


 形のいい胸を張り、笑顔で告げてくるアイシャ。

 やっぱり豊穣の果実には癒し効果抜群だね……。


『……そしておっぱいに戻る』


 やかましい。


 俺たちはギルドマスターの部屋を後にした。





「あ、ダリルさん、お待ちしてました」


 受付窓口へと向かうところで、先ほど応対してくれたルナから声が掛かる。


「丁度良かったです。カードをお預かりしますね。出来上がりましたら、受付でお返しします」

「ありがとう。どれくらいで出来ます?」

「そうですね……それほど掛からないと思います」

「わかりました。待ってます」


 笑顔で頭を下げるルナを見てほっこりする。


『……おっぱいが無くてもいいんですね』

「……未来への投資だ」


 エリーにジト目で見られるが構わない。

 ああいった朗らかな子も良いね。やっぱり笑顔が一番。

 それにまだ10代なんだから、未来があるさ。





 受付に戻って待つことしばし。ルナが受付カウンターに姿を現し、俺を見つけて声を掛けてきた。


「ダリルさん、お待たせしました」


 カウンターに立つと、笑顔で差し出された銀色のカードを確認する。

 間違いなく俺のカードだ。

 すると、ルナが不思議そうな顔をして尋ねてきた。


「あの……ダリルさん。職種が今までに見たことのない『悪霊使い』ってなってましたけど……あの悪霊を手懐けるというのですか?」


 おっかなびっくり聞いているのだと思うが、その仕草が妙に可愛い。

 ここはひとつ格好良く回答すべきだな。うん。


「ふっ……その通りだよ、ルナくん」

「……くん?」

「んむ。その名の通り、この世の悪を使役する正義の味方、それが私なのだよ。うんうん」

『……おっぱいが大好きな正義の味方よね』

「え? おっぱい……?」


 おいおいエリー。声が聞こえてるぞ。

 折角の見せ場を台無しにしてからに……。


「いや。そんな事は言ってないぞ?」

「アハハ……ですよね」

『心の声を代弁したまでよ?』

「……女性?」


 ルナがきょろきょろと辺りを見渡している。

 今日出来たばかりの職種なのだ、ここでエリーを見せるのは非常に不味いと思うのは気のせいか?


「……少し興奮してしまったようだ。依頼、行ってきます」

「え? あ、はい。いってらっしゃい」


 きょとんとした表情を浮かべていたが、すぐさま笑顔に戻って手を振ってくれるルナ。

 こんな朗らかな子もいいね。

 そんな思いを胸に、俺はギルドを出た。





『悪を使役する正義の味方……ね。悪って誰のことかしら』


 ギルドを出てからというもの、頬を膨らませ、ブツブツ何かを呟きながら着いてくるエリー。

 俺に対する散々な物言いは、既に時効を迎えていると思っているようだがそうはいかん。


「別に。どうせ俺はモテないからな。正義に縋るしかないだろ?」

『拗ねても可愛くないのに?』

「3対1では勝ち目がないのにどうしろと? ……仲間がいないよー。独りぼっちは寂しいよー…………そうだ、恋人を作ろう」

『……はぁ』


 ふわりと俺のすぐ側に寄り添うエリー。

 すると、耳元に口を寄せる。


『……私だって寂しいよー』


 すぐさま俺の数歩先へと離れ、こちらを振り向いて片目を閉じながら舌を出す。

 卑怯な……目が点になったじゃないか。


「くっ……不覚……」


 生身の身体だったら!!

 俺の魂の叫びなど、誰にも届くまい。

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