第2話 悪霊使い
朝。
それは清々しい一日の始まり。
小鳥たちがチュンチュンと囀り、隣には……。
『おはよう』
口元を僅かに吊り上げ、目を微かに細めて俺を見つめてくる絶世の美女。でも悪霊……。
素敵な朝よ、現実をありがとう。
「……おはようエリー」
ため息交じりに起き上がると、寄り添うようにふわりと傍に腰を掛ける。
『今日は迷宮に潜るのよね?』
「ああ。その前にギルドにいって目ぼしい依頼を確認する」
『……恋人獲得活動はどうするの?』
「鋭意継続中」
『そう。なら手伝うわ』
「やめてくれ」
ベッドから降りてブーツを履くと、テーブルの上にきちんと並べられた服と軽装の皮鎧に着替え、ベッドサイドに立てかけておいた長剣を腰のベルトに装備する。
俺の生着替えを間近で見ていたエリーが、俺の正面に立つと『ふぅ』とため息をつく。
『やっぱり、その恰好が一番似合うわね』
「……そうは思えないんだけどなぁ」
『必要な物はある?』
「今は平気だ。後で頼むかもしれないが……」
『わかったわ』
周囲を見渡し、部屋の中に置いておいた私物が全て綺麗に無くなっているのを確認すると、俺は小さく頷いて部屋を出た。
宿に鍵を預け、ギルドへと向かう。
道中、露店で販売しているサンドウィッチを購入し、食べ歩きをしながら目的地へと向かう。
『お行儀が悪いですね』
「早めに潜りたいんだ。仕方ないだろ」
怪訝な表情を浮かべて俺に視線を送ってくる通行人。
まあ、無理もない。俺にははっきりと認識できる会話をしているが、傍から見たら独り言をブツブツと喋っているアブナイ男にしか見えない事だろう。なにせエリーが見えてないのだから。
途中、騎兵の集団が街路時を通り過ぎた。朝の巡回だな。
過ぎ去った騎兵集団を見送り、ここが王都だった事を思い出す。
「やっぱり王都は治安がいいね」
『国王がいますから、当然ですわね』
「だねぇ」
もはや熟年夫婦の如き会話だな。
ため息をついて再びギルドを目指す。
目的のギルド建物に到着すると、躊躇なく扉を開いて中に入る。
建物に入った俺をチラ見する周囲の反応を尻目に、迷わず依頼掲示板へと向かう。
様々な依頼が掲示板に貼りだされ、物色する様に掲示板を見つめる。
『これなんかどうです? レイス討伐』
「レイスか……いいね。節約になりそうかな。他も探しておこう。ついでだからね」
エリーが真剣な表情で俺を見つめてくるが、とりあえず依頼探しに傾注する。
「よし。これくらいでいいかな」
俺は3枚の依頼票を掲示板から剥がすと、それを持って受付窓口へと持っていく。
応対してくれたのは紫色のショートボブヘアーにギルド職員の証である深緑色の制服を着る可愛らしい女性だ。俺が依頼を受ける時は、大抵彼女が処理してくれる。
「おはようございます。あら、ダリルさん」
「おはようルナ。今日はこれを頼む」
差し出した依頼票を笑顔で受け取るルナ。依頼票をカウンターに並べ、確認のために依頼内容を読んでいく。
「確認しますね。えっと……レイス、ダークファントム、そしてスピリットの討伐ですね。証明方法はそれぞれ魔石の提供もしくは提示になります。提示の場合は報酬は3割減となりますが、いつも通り受領希望でよろしいですか?」
「ああ。そうして欲しい」
「わかりました。では、ギルドカードをお願いします」
俺は頷いてカードをカウンターに置く。
銀色のカード。シルバーランクのギルドカードだ。
手早くカードを確認し、依頼票の内容をカウンターに設置された魔導石板に読み込ませ、再度差し出される。
「確認終了しました。ところで、今回も同じ場所で討伐されるのですか?」
「ああ、そのつもりだけど」
「最近、討伐対象となっている『魔霊』が溢れているという報告が多く寄せられています」
「……そうなの? 怖いねぇ」
悪霊とは異なり、霊が人々に悪さをする存在がある。そう言った存在は『魔霊』と呼ばれている。
まあルナが心配そうな表情をしてくるので、俺は努めて冷静に笑顔を向ける。
どう? なかなか落ち着いた感じに見えるでしょ?
「……ダリルさんにとってはいつものことかもしれませんけど、単独で大丈夫ですか?」
「心配してくれてるの?」
「え? いっ、いえ、そんなことは……」
「いつも通り対処するから、問題ないよ」
「そうですか……。くれぐれも気をつけてくださいね」
「ありがとう」
カードを受け取り、踵を返してギルドを出ようとすると、入り口の扉を勢いよく開け、プレートアーマーに身を固めて大楯を背負い、短く刈り上げた茶髪の厳つい男と、軽装だが深紅のマントを身に纏い、脚線美が美しく見えるスリットの入ったスカートが印象に残る紫色のロングヘアーの美しい女性が入ってきた。
「ジーヴァ……落ち着てください」
「落ち着いていられるか! 何で俺があいつの尻拭いをせにゃならんのだ! アイシャ、お前さんだってそう思っているだろ!?」
鎧姿のジーヴァを諫めるように、アイシャが慌てて追いかける。ああ、これは避けた方がいい。俺の勘がそう告げている。
明後日の方を向きながら、遠回りに建物から出よう。
「あんの野郎……いつもいつも言ってるのに、何であいつはナンパなんかする……おい」
見つめ合う瞳。
「……ちょっと来い」
やっぱり……。
俺に向けて手招きをするジーヴァ。
隣で額に手を当てて天井を見上げるアイシャ。
愛想笑いをする俺。
いつものパターンですな。
「俺?」
「『俺』以外にいるか?」
「デスヨネー」
奥へと続く廊下を顎で示される。
『あらあら、可哀相に』
「お前が言うな」
元凶が白々しく呟く。
ギルドの奥にある部屋。
立派な棚が設置され、難しい題名の本がビッシリと並ぶ。
絶対に読んでいるとは思えない。だって脳筋だもの、ここの主。
「……失礼なこと考えてないか?」
女かと思うほどの勘の良さ。いや、これも読まれそうだから自重する。
目の前の執務机に肘をつき、頬杖ついて俺を睨んでくるここの主。
ジーヴァという名の、所謂ギルドマスター様だ。
ギルドマスターが不機嫌そうに俺を見つめ、彼の背後には美しき副官であるアイシャが静かに様子を見守っている。
いたずらしたことを咎められる子供か俺は。なんで執務机の前で直立しなきゃならないんだ。
正に蛇に睨まれたカエル。
カエルなので帰る。
「じゃあ、そう言う事で」
「どういうことだよ。意味わかんねーぞ」
「デスヨネー」
様々な想いの籠ったため息と言う名の呆れを吐き出し、ジーヴァがジト目で俺を見る。
「……昨晩、『ヴェシュピート』に行ったな?」
「ヴェシュピート? なんです、それ」
「酒場だよ。王都で有名な『社交場』だ」
「さあ……」
アイシャがため息をつく。
「昨晩、酒場『ヴェシュピート』で悪霊騒ぎがありました」
「……悪霊ですか」
「目撃者の話によれば、漆黒の髪に物凄く美しい女性が禍々しいオーラを纏って酒場に現れたそうですよ?」
「女って怖いですもんね」
「……黒髪の平凡な顔をした男が、その悪霊を『エリー』と呼んでいたそうで」
「それまた平凡な名前ですねぇ」
俺の横で浮遊しながら笑っていたエリーが、笑うのをピタリと止めて俺を睨む。怖いから、マジで。
「しかもその男性は30歳だそうですよ?」
「29です」
「お前じゃん!!」
執務机をドンと叩き、ジーヴァが俺に顔をずずいと寄せる。
「あのな、悪霊を使役して活動している奴なんか、このギルドにはお前意外に居ないんだよ!」
「悪霊なんか使役してません。憑かれているんです」
「どっちでもいい! あれだけエリーを出すなら街に出るなといつも言ってるだろうが!!」
「出ろなんて言ってない」
「現に出てるじゃないか!」
これはきっちり伝える必要があるな。俺はキリっとした視線をギルドマスターに向ける。
「何だ?」
「あのですね、俺は恋人が欲しいんです。そのために活動して何が悪いんです?」
「ほう……だからナンパをして、嫉妬したエリーが出てきた、そう言いたいのか?」
『嫉妬じゃありませんわ』
俺の隣に闇が集約する。
集約した闇から禍々しいオーラを身に纏いつつ、絶世の美女が姿を現す。
姿を見せた途端、エリーが静かに反論する。
『何で私が嫉妬しなければならないんですか?』
「え? 今回は金髪美女に言い寄ったダリルに嫉妬したことが原因の出来事だろ?」
『現状を素直に伝えて、押し売りしただけです』
ジーヴァもアイシャも深いため息を吐く。
「つまり邪魔をしたわけだ。それを嫉妬と言わずして何と言うんだよ……」
ジーヴァの一言に、エリーが大きな胸を逸らせて腕を組む。
『嫉妬ではありません。だって、正直にお伝えしただけですのよ? 明らかな事実だというのに、嫉妬などと言われて心外ですわ』
「へー。お前さんは俺をそういう風に見てたのかい」
俺がそう呟くと、エリーがふんとそっぽ向く。
そんな様子を見てため息を吐きながらジーヴァが告げる。
「まあいい。だがお前さんは悪霊には違いない。こいつのどこが良いのか知らんが、明らかにお前さんは街に出現して周囲を騒然とさせた。違うかね?」
『うっ……』
正論を突き付けられて、エリーがたじろぐ。
「まあ何だ、あまり騒ぎは起して欲しくないんだよ。事情は知っているから何とか収めはするがね。だがダリルは恋人が欲しいんだろ? ……そうだ。だったらアイシャ、お前さんが……」
「お断りします」
ジーヴァが声をかけたアイシャは、とびきりの笑顔で即答している。
「まだ何もいっとらんぞ」
「私、イケメンしか興味ございません」
何これ。俺泣くぞ? 泣いていいよね?
「……という訳だ、まあ頑張れ」
「どういう訳です。これって、単に俺がみじめになっただけじゃないかっ」
何がしたかったのか全く理解できん。ジーヴァは頭を掻きながら俺に視線を向けてくる。
「そんなことはどうでもいい」
「どうでも良くないっ」
「……それよりもだ、王都の近衛騎士長から調査の依頼が届いた以上、何もしない訳にはいかない。単刀直入に聞くが、エリーの事を正確に伝えてしまっても良いのか?」
「……困る……かな?」
『……そこは断言して欲しいです』
拗ねた表情を浮かべるエリー。
腕を組むジーヴァを見て、アイシャがため息交じりに告げる。
「これ以上隠すことは難しいです。なので、公式に認めてしまっては如何ですか?」
「何をです?」
「悪霊を使役する者、『悪霊使い』として正式に登録してしまうんです」
「はい?」
俺は唖然として、美しく微笑むアイシャに見惚れてしまった。
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