美女に憑りつかれたばかりに彼女が全然できない俺
アマヨニ
第1章 彼女ができない俺には美女が憑いている
第1話 恋人募集中
俺の名前はダリル・リーヴェイ。
29歳。独身。恋人がいなかった歴=年齢。
親しい女性と言えば「母親」と答えそうになる可哀相な男。
だからこそ、心の底から言いたい。
モテたい……と。
モテるためにはまずは出会いから。
今日の俺に抜かりはない。何故なら、この街一番の酒場にいるからだ。
何故酒場なのか? 出会いは
お、今日はついてる。店内に入ってきたあの女性、綺麗な金髪が煌びやかに輝いている。顔立ちも美しい。背に大弓を背負い、腰に
何よりその身体だ。くぅ……男が悦びそうな良い身体をしてからにこの娘は……。
むむっ。金髪美女がカウンターに立ち、注文をしているな。
出会いの第一歩は「スマートな挨拶」からだ。
じっちゃん。俺、今日こそ
「こんばんはお嬢さん。俺は……」
『通りすがりのただのオジサマです』
カウンターに座り、マスターから出されたワインを片手に持つ美女が俺を見る。明らかに怪しい物を見るかのように眉根をひそめているじゃないか。
何だか知らんが、周囲に漏れ聞こえる女の声など俺には聞こえん。
「な……なに?」
「いえ、ただご挨拶をと思っ……」
『30歳独身、女性遍歴無し。“万年貧乏”“甲斐性無し”という「え? それなんて呪文?」レベルのダブルスペル! ですが、そんな負の要素を覆い隠す程の優しさが混在しているという意味不明な物件。ここ数年、なかなか見かけない絶滅危惧男子物件ではありますが、今ならもれなく私もついてくるという見逃せない一品ですよ?』
ガタッと音を立て、椅子を倒す勢いで立ち上がりつつ驚愕の表情を浮かべる金髪女性。
俺? 俺はといえば、ただ魚の様に口をぱくぱくと動かしているだけ。
ふっ。俺としたことが、こんな事で混乱してしまうとは。
負けんぞ。
「ああ、気にしないでいただきたい。俺はダリル。29歳にな……」
『「信用出来ないわ!」……という貴女の為に、本日は特別に直接ご説明したしましょう』
俺の隣に闇が集約する。文字通り『闇』だ。
すると、集約した闇の中から黒いオーラが溢れ出す。
禍々しい漆黒のオーラを纏い、これまた同じ色した漆黒のローブを身に纏い、漆黒のウェーブかかった長い髪を揺らめかせ、切れ長の睫毛の下に輝くアイスブルーサファイアの如き青い瞳をした、非常に整った容姿の美しい女性が静かに現れ、薄く笑みを浮かべて俺の隣に並んだ。
これまた悔しいのが、ローブを押し上げる大きな胸と見事なまでのボディラインは見る者を虜にさせること間違いなし。
はっきり言おう。絶世の美女だ。
ただ如何せん、よく見ればその身体は透けている様に見えるばかりか、明らかに宙に浮いている。
周囲にざわめきが広がる。
無理もない。こんな光景を見たら、何事かと慌てるに違いない。俺だったら逃げ出すね。
『さて、いかがです? 今なら私も憑いてくる物件、お買い得だと思いませんか?』
笑みを浮かべたその表情に朗らかさは微塵も感じられない。むしろ世間ではそれを冷笑と呼んでいるものだ。
急に現れた漆黒のローブを纏う女を目にし、驚愕のあまりにカウンターに腕をつき、辛うじて身体を支えるようにして金髪美女が後ずさる。
「い、いえ、結構……です」
『そうですの? お買い得よ?』
「……え、遠慮しますわ」
漆黒の女が顔を覗き込むと、金髪女性はガクガクと震え始める。その様子に興ざめしたかのようにため息を吐き、冷めた目で見据える。
『……そう。残念ね』
ふいっと振り返り、俺の方に視線を合わせる。
『折角押し売りしたのに』
漆黒のオーラを纏う女が優雅に手を口元にあてながら笑うと、その様子を見ていた女性店員が急に悲鳴を上げる。
「あ……あ、悪霊!!!」
悪霊。
この世界における「膨大な魔力を有した災害級霊障」の総称。
つまり、「私たち(俺たち)にとって、とーっても恐ろしい最悪の脅威」だ。
そんな叫び声を聞けば……。
「あ、悪霊だと!?」
「なんでこんな場所に!? そんな馬鹿な!!」
「やべぇ、逃げろ!!」
悲鳴を聞いた周囲の客が、我先にと出口目指して殺到するわけだ。
悲しいかな、金髪女性も例に漏れず、慌てふためきながら出口へと走り去る。
そんな様子を見ながら、俺は頭を抱えてカウンター席に座り直す。
あっという間に辺りは閑散とした。
「エリー……何故邪魔をする」
『……心外ですね。魅力も何もない男性を推すのですよ? 多少は強引に押し売りするしか方法が思いつきません』
反省の色が見えない回答。
ため息を吐き、ジト目で見据える。
「あのね、俺は真面目に恋人が欲しいの。そのためには友達になる必要があるわけ、わかる?」
『ええ、存じてます』
「それに、俺は29だっ!」
『男は年齢ではありません』
「だぁー! うるさいっ」
「あ、あの……ちょ……ちょっといいか?」
俺とエリーのやり取りに混じって別の声がする。
声のする方に視線を向けると、ガタガタと震えながらカウンターに隠れる店主が顔だけ出した。
「仲がいいのは分かったから、とにかく帰ってくれないか?」
「え?」
『え?』
呆けた表情を浮かべた俺とエリー。そんな俺たちに、店主が怒鳴る。
「お、お前達のせいで今日は仕事になんねぇ! だからさっさと出ていけ!!」
酒場から追い出された俺は、隣ですました顔で着いてくるエリーに向かってジト目を向ける。
「追い出されたじゃないか」
だが、言われたエリーはすまし顔だ。
「街中で現れるのはやめてくれって言ったろ?」
当のエリーは今もすまして隣に着いて来ているが、自分で認識阻害の魔法を掛けているために周囲の目には見えていない。
さっきもそうすればいいのにと思ってしまう。
『そうね』
「気のない返事だな。だぁーっ!……今日こそ行けそうな気がしたのに!」
『ハイハイ』
エリーがすまし顔のまま俺の目の前へと進んで浮かび、片目だけ開けて顔を覗き込んでくる。
『……あの女、あなたには相応しくないわ。それにあの子の魅力って、おっぱいだけじゃないの?』
「は?」
それの何が悪い。露骨に顔に出す。
今度は俺の右肩にふわりと寄り添う。
『……ムカつくわね』
「何がさ」
目を合わせてはダメだ。ここは毅然と……。
『わたしもおっぱいには自信あるんだけどな』
ええ、ええ。
俺の視線は、毅然と豊かな双丘に向かいましたとも。
◇◇◇◇
宿に戻り、宛がわれた部屋に入ると上着を脱いでテーブルに投げる。
『……せめてクローゼットに掛けたらどうですか?』
「うるへー」
ブーツを脱ぎ、ベッドに飛び込む。
首だけ回してエリーの方を見ると、指先を動かし、俺が投げた上着を器用に操作して畳んでいる。
相変わらず器用なことだ。そこまで自在に魔力を操作できるとはね。
『……何でしょう?』
「相変わらず器用だな」
『魔力の扱いは慣れてますもの』
「はぁ……その才能、俺に譲って欲しいわ」
エリーの手がピタリと止まり、俺を見つめる目が嬉しそうに若干細められる。
『……私と一体になる?』
「何でそうなるのさ」
俺は静かにベッドに頭をうずめる。
「はぁ。今日こそは上手くいくと思ったのに……」
すると、ため息交じりにエリーが傍に寄ってくる。
『……まだ言うの? あの女はおっぱいだけよ』
「おっぱいおっぱいうるさい。それにそれだけじゃない。あれだけの美人、きっと心も綺麗に違いない」
『という事は、私の心も美しく澄んでいる』
エリーの物言いに感心する。
まあ、確かに絶世の美女だから尚更だ。
「……そーだね」
適当に相槌を打ったのが勘気に触れたのか、眉が僅かに吊り上がる。
『……あの娘に私が憑りついて身体を乗っ取ろうかしら』
「うん、それいいね。採用」
『でも相手はあなた……』
「……残念そうな目で見るくらいなら、最初から言わんでくれ」
僅かに口元を綻ばせるエリー。
こうしてみるとかなりの美人だ。生身の女性だったらといつも思う。
まあ、そうなったら俺なんか眼中にないんだろうけどな。
『……ふふっ。でも、あなたに相応しくないのは本当よ』
「何を根拠に」
『知らない方が幸せな事だってあるの』
「なんのこっちゃ」
ため息交じりに起き上がってベッドサイドに腰かけると、エリーがふわりと隣に座ってくる。
『明日はどうするの?』
「正直に言うが、金が無い」
『もう?』
使ったものは仕方がない。
それに、俺はどうしても買い続けなければならない物がある。それを差し引いたら大した額は残らない。宿代でさえもだ。
「まあ、明日稼ぐさ」
『潜る?』
「そうだな。潜るか……はぁ」
この世界には至る所に迷宮がある。基本は洞窟が主だが、塔の場合もあれば遺跡そのものが迷宮化している場合がある。
迷宮と言えば魔物がいる。魔物は人々に危害を加えるが、逆に魔物を狩ると貴重な資源を落とす。だが、魔物が落とした資源はそのままの状態では使えない。何故か知らんが、高名な学者が言うには『呪われて』いるのだそうだ。
だが、そんな呪いを解除しさえすれば、魔物の落とす資源は非常に貴重だ。
だから、それを有効利用しようと生まれた組織がある。危険を伴う魔物の討伐や迷宮探索が仕事の一環となるため、冒険者と呼ばれる彼らを管理する団体のことだ。
その組織は『冒険者ギルド』と呼ばれている。
俺も登録しているから迷宮には潜れるのだが、如何せん移動するのが面倒くさい。
ため息交じりに俯くと、しばらくしてエリーが魔力で背中をさすってきた。
「本当に器用だな」
『これぐらいしか出来ないもの……』
「……じゃあ寝るわ」
『ええ。おやすみ、ダリル』
そう言って、エリーが微笑みを浮かべながら静かに消えていった。
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