第13話 そして連休が終わって。
「ふあああ、疲れた~」
三時間ほどの内容を終え、ヘトヘトな様子で雫が帰ってくる。
「お疲れさん! どうだった?」
「説明多すぎて疲れたけど……うん。良かった」
本当に疲れた様子を見せてはいるもののその表情からはそれ以上に得た何かがあるように感じた。
「なんていうか、大学生になるっていうイメージを感じ取ることが出来た気がする」
「へぇ~それは良かったじゃん」
「だから、来年の四月ここにいれるように頑張ろうって思った」
明るいいつもの表情がキリッと引き締められ、いい意味で緊張感のある表情を見せている。それだけ雫にとって有意義な時間となったのだろうことが窺える。
「向こうで由香たちも待っているから行こうぜ」
「うん!」
単身ここまで乗り込んできた雫にとって大きなイベントが一つ終わった。
「じゃあ、またね三人とも!」
「ああ」「ええ」
二人それぞれの返答を返す。
昨日は結局雫も疲れからかあまり長い間起きてられず、ご飯を食べるやすぐに眠ってしまった。俺らにしても、そんな雫を抜きにして遊ぶほどひどい奴らでもない。だからか三人とも空気を読んでその日はそれぞれ静かな夜を過ごした。
そして今日、雫が地元に帰る。
瑠夏は朝家を出る際に別れを済まし、今は学び舎でこれから帰る友達のことを思っているのかもしれない。もちろん俺の勝手な希望だ。
彼女にとっての親しい友達に俺の妹がなれたのであれば、兄として言うことはない。
「今度こっちにくるときは受験しに来るときね、勉強頑張りなさいよ」
「由香の言うとおりだぞ、安全圏に入れるよう頑張れよ」
「了解でござる!」
実に物分りのいい妹で助かる。
「とりあえず直近の目標として、推薦取れるように頑張る!」
「それが確実ね」
「頑張れよ」
互いにハイタッチを交わし、雫が乗車待ちの列に並ぶ。
「何か私たちの知らない間に少し大きくなったわよね雫」
「本当な、あんな手がかからない奴だったっけって思ったよついさっき」
あれほどまでに勉強に対するモチベーションが低かった雫も今はやる気を見せている。兄として出来ることはその小さなやる気という火を絶やさないよう薪をくべる、あるいはその火種を少しでも大きく出来るようサポートするくらいだろうか。
「でも、ここから先はあいつ自身の戦いだからな、俺らは遠くであいつの頑張りを応援するしか出来ない」
「そうね……でも何か意外」
くすっと小さく笑う声が隣から漏れ聞こえる。
「何が意外?」
「意外とちゃんとお兄ちゃんしてるんだなって。夏休みのときはあんなだったから」
「あのなぁ、あれはあれであって俺は基本的に雫のことを思いやってるんだよ」
「そう? なら少し安心ね……」
「だろ?」
顔を見合わせて今度は二人で笑う。
「あ~二人ともなんか楽しそう!」
乗車の準備を終え、自分の荷物を預けた雫が戻ってくる。
「何そんな楽しい話してるの!」
「雫のことだよ」
「ええ、雫のこと」
「なになに!!」
「……秘密」
クスクス笑う俺をみてムキになった雫が俺の肩を叩く。それを見て由香が笑う。そしてまたそれを見た俺が笑う。そんなスパイラルのようなものを繰り返しているととうとうお別れの時間がやってくる。
「それじゃあ二人とも、行くね! 瑠夏ちにもよろしく言っておいてね!」
「ああ」
「バイバイ雫」
小さく手を振った雫がバスの中へ入る。窓側の席に座って俺らの方を見ているのがこちらからでも分かった。
プルプルプルプルという発射音と共にバスの乗り口が閉まり動き出す。
先ほどは小さく振っていた手が、大きく振られているのがバスの窓越しに分かる。だから俺らもそれに負けないように力強く振り返す。
「雫~!! またねっ!!」
隣から由香のとは思えない大きい声が聞こえる。
それが聞こえたのかは分からない。だけど振られた雫の手は俺らがそれを確認できなくなるまで続いていた。
「行っちゃったな」
「……ええ」
ふと視線を横にずらせば瞳から涙をこぼした由香の姿が映る。
「またすぐに会えるさ」
「……少し、寂しくなるわね」
いつもは見送られる側だったから気づけなかったこの切なさにも似た感情。きっと雫は俺らを見送るときこんな感情だったのかもしれない。
夏休み、由香を見送ったであろう雫のことを考えて悲しい気持ちになる。
「少し申し訳ないことをしたな」
夏休みに帰れなかったことが少しだけ申し訳なくなった。
「冬休みはちゃんと帰ればいいのよ」
俺の思っていることが分かったのか、それに対する解答をくれる。
「……そうだな」
九月の終わりも目前の連休明け、もうすぐ十月を迎えるにしては温かい秋の風が由香の涙をさらっていった。
「帰りましょう」
「ああ」
長かったような短かったようなこの数日間も終わりを迎え、いつも通りの日常がまた始まる。
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