第11話 あるべき生活


「あのさ、唯斗」

「ん? どうした」


 家路に着いてまもなく、由香のほうから声をかけてくる。


「あの子、瑠夏ちゃんのことだけど」


 先ほどとは一転、どこか俺の様子を伺うように語りかけてくる。


「言いたいことは大体分かってる」


 きっと由香は誰よりも俺の心配してくれているのだろう。その表情や態度から痛いほど感じられる。


「たださ、あいつも俺もお互いを理解したうえでそうすることを選んだんだからどうなろうとそれは俺らの問題だからまぁなんだ、見守っててくれよ」

「うん、唯斗がそれでいいのなら私から言うことはない」

「いつもありがとうな」


 目の前の不安げな様子の彼女に精一杯の笑顔を返す。


「別に、心配なんかじゃ……」

「照れんなって!」


 ワシワシと由香の頭を撫でる。


「やめ――」


 口では嫌そうなことを言っているがその手を払う気がないあたりきっとそれほど嫌ではないのだろう。少しだけその口角が釣りあがってるのがわかった。


「ほら、ここらで騒いでたら注目浴びちゃうからさっさと帰ろうぜ!」

「誰がこんなことをしてるのよ!」


 パチンという音と共に俺の額にほのかな痛みが走る。


「仕返しよ」


 ほら、嫌がってないじゃん。

 先ほどまでの不安そうな表情は、さらりと肌を撫でる秋風が攫っていった。





「おかえり~」


 家に帰ると、ソファにだら~っと寝転んだ瑠夏が出迎えてくれる。


「あのさ、いやいいんだけどさいいんだけどね? さすがに男もいるこの家でそんな無防備な格好するのもどうなん? いや、俺は眼の保養だからいいんだけどさ?」


 そんな俺の本音を聞いて横からじーっと嫌な視線が飛んでくる。


「……なんだよ」

「そこまで自分の心を赤裸々に語るのもどうなのって思っただけよ」

「唯斗も私にそういう気持ちを抱いてくれてるんだね。いいよいくらでも見て」


 どうやら俺の誠実な対応が裏目に出てしまったようだ。

 俺が抱く気持ちを包み隠さず伝えておいた方が瑠夏にとっても、気を引き締めるいい薬になると思ったんだけどな……。

 本当に難しい。

 

「とりあえず私は一旦荷物を取りに家に帰ってくるわ」

「あいよ、わかった」


 家を出る直前、振り返った由香は鋭い視線を俺の背後にいた瑠夏へと送る。


「どうしたの?」

「いえ、なにも」


 カチャリとやさしい音を残して由香がこの場を後にした。朝まではにぎやかだったこの空間もいまや俺と瑠夏の二人だけとなっている。


「なんだか急に静かになっちゃったね」

「そうだな、これがあるべき生活なはずなのにどこか寂しいな」

「へえ~」


 にやけ顔がクスクス笑いへと変化する。そんなに俺の発言は面白いものだっただろうか?


「そんな面白いこと言った覚えはないぞ」

「いや、そうじゃなくて!」


 少し乱れた息を整えると瑠夏の口が開かれる。


「面白かったというよりも嬉しかったんだよ」

「ん? なにが?」

「そういうところだよ!」

「いや、だから――!」

「唯斗のあるべき生活の中にしっかりと私がいることだよ」


 俺は瑠夏の言葉を聞くまで、自分の発言に対してなんとも思っていなかったことに素直に驚いた。

 まさにご指摘の通り、俺は瑠夏との生活に対して何の疑いも抱いていなかったのだ。


 うっかり口にした言葉が物語っているように俺のあるべき日常の中にしっかりと組み込まれていた。無意識に、あるいは自然に言葉が出てきてしまっている。


「私もね、唯斗との生活がもうどこか当たり前になってるって自分の中でも思ってた。ただ、それが私だけが思ってることなんじゃないかって不安だったけど唯斗もそう思ってくれていて安心した」


 ここ最近不安に思っていたことなのだろう。それが解消されたからかどこか安心した表情を見せる。


「だからなんだ、とりあえずこれからもよろしくな……」


 改めて言葉にするのにすこし恥ずかしさのような、むず痒さのようなものを感じるが、それでもこれからも今のこの心地よい関係を崩すことのないという旨を伝えるべく瑠夏の手を握る。


「うん。これからもよろしくね!」


 俺の手を力強く握り返す。

 その力が女の子だからか強く握っているはずなのにどこか心地の良い感触に感じてしまい、笑みを漏らしてしまう。

 二人だけしかいないこの静かな空間をどこか楽しみながら、俺らは由香の帰りを待った。



 

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