第10話 いつもの通学路


「じゃあ、とりあえず俺と由香は雫のことを送ってくる」

「わかったよ!」


 元気よく答えるとテレビの方に視線を戻す。もちろんだが自分の部屋に戻るような素振りは見せない。まあもう今更の話なのでなんとも思わない。

 由香は怪訝そうな表情を浮かべてはいたが家主の俺が何も言わないのを見て諦めたようだ。


「なんか、不思議な気分だね! 自分の住んでる町じゃなくて、違う町でこうして三人だけで学校に通うのって」


 俺と由香は同時に顔を見合わせる。そしてお互いとも同時に「ふふっ」と笑いを溢す。

 だけど笑いの理由に気づかない雫は一人できょとんとした表情を浮かべている。


「むぅ、なんかうちだけ仲間外れな気がする」


 ぶすっとした表情を浮かべる。それを見た俺と由香は再度笑いを溢してしまった。

 大学生が始まってから半年近くこの通学路を歩いて学校に向かっている。

 しかし隣を歩く由香や雫にとっては新鮮な道だろう。雫に至ってはそもそもこの合幌という町自体が新鮮なこともあって新鮮の塊のようなものだろう。それとは違って由香にとっては俺と同じだけの期間をこちらで過ごしていても、普段自分が通う方向からは違う道で、普段とは違った景色が見えているのだろう。

 それだけで俺にとってはなんでもないただの通学路が少しだけ特別なように思えた気がする。


「こんなとこにこんなお店あるんだねゆーちゃん!」

「そうだね、私もこっちから通ったことないから知らなかった」


 たかが十数分の通学路にこれほどまでの新鮮さを覚えたのはこれが初めてなんじゃないだろうか……。

 いや、違うか。これはきっと俺が見ようとしていなかっただけで、実際はいつも見えていた景色なのかもしれない。


「こういうことなのかもな」

「ん、どしたのおにい」

「いや、なんでも」


 少しだけ、世界が変わって見えるという意味を理解した。




「じゃあ、いってくるね!」

「おう、行ってらっしゃい」

「がんばってね」

「ありがと!!」


 大学構内には、すでにちらほらとオーキャン参加者が見えている。普段とは違う空間にどこか落ち着かないのか周囲をきょろきょろとしていて、なんとなく参加者なんだろうなと思ってしまう。


「なんだか懐かしいわね」

「そう?」

「私たちも去年あんな感じだったじゃない」

「まじか」


 一年越しに気づかされる自分の姿にちょっぴり悲しくなってしまう。俺結構クール気取ってたんだけどな……。

 どうやら自分が思っていただけだったらしい。


「私たちは知り合い同士で来ていたからまだお互い話をして気を紛らわせていたけど傍から見たら高校生丸出しだったわよきっと」

「うっそ~」


 そういえば俺も去年は周りを見る余裕なんてなくて、由香とばかり話をしていたかもしれない。

 …………去年のことは忘れよう。

 俺は静かに自分の中から去年のオープンキャンパスにまつわる記憶を抹消した。


「でもね、私は唯斗がいてとても助かったわ。一年越しだけどありがとう」

「いや、こちらこそありがとうな……」


 突然の感謝の言葉に照れてしまう。そのせいでなんだかぶっきらぼうな返事になってしまった。

 今の状況を見返してみると、先ほどまで一年前の自分に恥ずかしさを覚えていたはずなのにいつの間にか現在の彼女に照れている。俺はどうやら一年前から進歩をしていないのかもしれない。


「それじゃあ、いったん帰りますか」


 だから、少しでも照れ隠しをしようと今度は俺の方から由香の手を取った。


「ふふっ、わかった」


 心なしか由香が楽しそうだったのが声の調子から感じ取れた。

 ……しかし、俺の浅はかな考えはどうやら由香には丸分かりだったようだ。

 

 

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