第9話 「やっぱりなんも変わんねぇな」
繋がれた俺らの手が離れたのは、すこし先にあるコンビニに入ろうというときのことだった。
さすがの俺も、いくら知っている人がいないとはいえ周囲の人たちにコンビニの中まで手を繋いで入ってくるカップルだって思われるのはすこし恥ずかしい気持ちがあったので、自分の方から手を離した。
「あったかい」
コンビニで温かい飲み物を買ってコンビニの外で飲む。冬ほどの風情はないが隣にいるのが女の子ってだけでそれ以上の価値はあるんじゃないだろうか。
「不思議よね」
「なにが」
飲み口から口を離し、俺に語りかける。
「私たちのことよ」
彼女の目はどこか目の前を見ているようで、違う場所を見ているような気がした。
「地元にいたときよりも、少しだけ近く感じる」
「確かにな」
どこか納得できた。というか俺も感じていたことだった。
不思議も不思議、俺とこいつが高校まで仲が悪いとはいえないまでも、めちゃくちゃ言いというわけでもない。もちろん近い距離感で過ごしてはいたが俺の中で壁がなかったとは言えない。
身体的な距離感こそ、手を繋ごうと思えば繋げる距離感で今と変わりないが、俺の中で精神的な距離はきっとそれ以上に離れていたことだろう。
だが、今はどうだろうか。
今まで親しんできた地元の空間ではなく、親しみのない土地で俺らは親しくなっている。それが不思議でたまらない。
不思議といえば、あの日初めて瑠夏をここで見たときのことを思い出す。
彼女のとの縁だってそれはそれは不思議なものだった。
「(……そういえば、あの時あいつもこうやって何もない夜空を眺めていたっけ)」
何もないこの夜空をただひたすらじっと眺めていた。
世界が変わってみえる。そんな単語を思い出して俺は今眺めている空を少しだけ注意深く眺めてみた。
「やっぱりなんも変わんねぇな」
「なにが?」
「いや、なんでもない」
「ふうん」
事情が分からず不満気な様子。だけど、本当になんでもないただのひとりごと。
世界が変わって見えない。それはつまり普通、当たり前、平凡、なんでもないってことなのだ。
「まあ……」
「まあ?」
「やっぱり本の謳い文句につられちゃいけないな」
「本当に何を言ってるの?」
「いや、独り言」
「本当に訳分からないんだけど」
俺はそういって立ち上がる。
「さあ、帰るぞ」
いまだ困惑の表情を浮かべる由香の手を引いて、元来た道を引き返す。
いつもはうるさいはずのこの町も静まり返り、今は俺ら二人だけの声しか聞こえない。
「それじゃあおやすみ」
「おう」
こそこそと布団の中に潜り込む、瑠夏はなにも変わった様子もなく出るときと同様「すぅすぅ」と寝息を立てていた。
時刻は四時、それだけ確認するとすぐに目を閉じる。
「(色々あったな)」
日を跨いでからたった四時間の間に色々ありすぎた。そのおかげもあってかなんだか寝付けそうだ……そう思うと体ってものはそう思い込むらしい、俺は目を閉じてからほどなくして夢の世界へと誘われていった。
ちなみに、目が覚めたとき俺の隣でさも何かが起こったかのように寝ている瑠夏と俺のことで雫がキレたことは言うまでもない出来事だろう。
「まったくもう」
まだ、少しだけ怒りを含んだような雫の声が聞こえる。
いつもは早起きの由香も深夜のお出かけのせいあって目が覚めるのが遅れ、保険としてかけていた雫の目覚まし音で目を覚ましたらしい。
そして由香と共に起きてきたときに俺と瑠夏がそこで寝ているのを発見した。
由香に関しては夜の段階で気づいていたが、俺と一緒に出かけていたこともあって何も言わなかったが。この深夜の騒動にまったく関係せず、ただひたすらに眠っていた雫は一人朝になってから盛り上がっていた。それを由香が止めたことで一応その場が収まったがなんだかんだ今もその尾を引いている様子だった。
「なあ、もう許してくれよ。こればっかりはもう俺にはどうしようもない出来事だったわけだし」
「そうよ雫、私たちだって気づかなかったのがいけないんだし」
「そうはいっても」
「大丈夫雫ちゃん、寝ぼけてこっちに来ただけだから」
「むぅ……」
由香と瑠夏の援護のおかげもあって雫は何も言えなくなる。しかし、雫はしらない。この二人もまた自分をのけ者にして深夜に俺と何かしらの行動をしていたことに。
まるでさも何もなかったかのようにしている由香と瑠夏を信じているのに俺のことは信じてくれないのは腹立たしいが、これ以上事を荒立てたくないのでこの場は抑える。うん。
「今日のオーキャンって何時からだ?」
強引に話題を切り替えた。
「ん~っと、一時からだよ」
「おっけ後で送ってくな」
「ありがと!」
どうやら、話題逸らしは上手く行ったようだ。俺がやったこととはいえ、俺の妹の将来が心配になった。
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