第8話 深夜三時、家を出る


 結局俺の心の弱さもあり、瑠夏はそのまま俺の横で「すぅすぅ」と寝息を立てていた。これも狸寝入りだったら俺はもう何も信じれない。


 ちなみに最初こそ本当に真正面から抱きしめられていたが、本当に眠りに入ったからか寝返りを打ってそのまま真横で寝ているという形になった。


 一方勇気のない俺は、彼女の「ばか」という言葉が頭の中でぐるぐるめぐって、あのときの俺の行動の何がばかだったのだろうかなんてことを必死になって考えていた。


 隣で寝ている瑠夏を起こさないために、まるで親に隠れて夜中ゲームをするかのごとくスマホの電源をつけると先ほど確認してから一時間ほどが経過しており、眠れないまま三時に突入していた。


 こうなってくると寝ないまま朝を迎える覚悟をしなければならないと思いつつ布団のぬくもりを手放しトイレへと向かった。


「ふぅ」


 無事しっかりとお花を摘めた俺がトイレから出ると、そこには水色のパジャマを着た由香の姿があった。


「うわぁっ!」


 ここで俺が主張したいのは、驚きつつもしっかり周りに配慮して声を抑えたという点だろうか。


「なによ、そんなに驚いて」

「いや、普通に自分が逆の立場だったらって考えてみろ」

「……ごめん」


 どうやら分かっていただけたようだ。


 由香の白く透き通るような肌がこの場合逆効果で、その白さゆえに生気のない幽霊のように思えてしまう。あくまで思うに留めている。なぜなら口に出したら殴られるから。


 ただ驚いた理由はそれだけじゃなくて、この時間に由香が起きてることなんて露ほども考えていなかった。

 俺が眠れないまま朝を迎えるんじゃないかと考えた理由の一つに由香の目覚めの早さがある。


 由香は基本的に朝六時に目を覚まし何かしらの行動をしている。学生という身分でありながらその身分に甘えることのない徹底した朝型の生活サイクルに恐れ入ってしまうほどに朝が早い。


 だからこそ、この時間ぐっすり眠っていると思っていたはずの彼女が目の前に立っているだなんて想像できなかった。それ故にそこにいる可能性なんて万に一つも想定していなかったのだ。


「起こしちゃったか?」

「ううん、なんだか目が覚めちゃって」

「へえ、意外」

「お泊りなんて久しぶりだから、すこし舞い上がってるのかも」

「それはあるかもな」

「もしくは興奮してるのかも」

「それもあるかもな」

「もしくは発情して――」

「それは違う」


 食い気味だった。それはもう反射的にツッコンでいた。

 こいつがこんなボケするなんて思ってなかったせいで、他の奴らにやるような勢いでやってしまった。


「むぅ」


 その結果、彼女の不満そうな声が返ってきたことをお伝えしておこう。


「あの……さ、唯斗」

「ん? どした」


 体をモジモジさせて語りかける。もしやトイレの妨害をしてしまったのだろうか、それはそれは申し訳ないことをした。


「すこし、外に出ない?」




「ほらよ」


 完全に徹夜だな……と俺は確信する。彼女はトイレを済ませた後に玄関で待っていた俺と共に家を出る。どうやら俺の予想は半分くらい当たっていたらしい。


 由香は俺の手渡したコートを羽織り、俺もそれに倣ってジャンパーを着る。そしてお互いの準備が整ったのを確認してマンションのオートロックを抜けた。


 秋の夜のすこし冷たい風が火照った体を冷ましてくれる。


「こっちいこ」

「ああ」


 行く先を決めているのかいないのか、それは分からないが彼女はグイグイと歩みを進める。そんな、前を進む彼女に少しだけ懐かしさを覚えた。


 俺と彼女はこんな感じでよく一緒にいた。


 従兄妹というよりも友達に近いような、そんな感じの距離感。近すぎず、だけど遠すぎず、そんなこれまでの距離感を、この瞬間壊したのは彼女の方だった。


 ぎゅっとした感触がやってくる。いつの間にか俺の真横に来ていた由香が俺の手と彼女の手を重ね合わせている。そしてその手を彼女はポケットの中に入れた。


「――っ!?」


 今まで一度だって彼女の方から手を繋いできたことなんてなかった。いや、俺の方からもないのだけど、彼女がこういう行動をするなんて想像すらしてなかった俺にとってかなりの不意打ちだった。


「なによ、嫌なの?」

「別に、嫌じゃないけど」


 そしてぎゅっと、今度は確認をしたこともあって先ほどよりも強い力で握られる。

 思わず彼女の方を見ればその顔は朱で埋め尽くされたかのようで、見なければ良かったとすら思った。


 白い、雪のように白い肌に差す朱の色がこうも綺麗だなんて……。俺は知らなかった。

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