第5話 夕飯

「そういえば、数日こっちにいるんだよな?」


 昼食の一件がありすっかり忘れていたが雫はこちらにオープンキャンパスのために来ている。


「今日と明日に、休み明けの日に帰るからあわせて三日間かな」

「休み明けって学校は?」

「創立記念日なんですねこれが」


 何ともタイミングの良いことだ。


「そう言えば雫はこっちに泊まるのどうするの? それともうちに来る?」


 最大の問題はここだろうか。


 俺としてもこっちに泊まることは何の問題もない。それは雫としてもそうだろう。瑠夏も普段通りにするつもりらしいのでこの場合由香は一人だけ帰ることになってしまう。それは個人的に省いているみたいなので嫌なのもあるし、雫もせっかくこちらに来てるのだから由香と離れるのは嫌だろう。

 かくなる上は――。


「うーん、ゆーちゃんも一緒にお兄ちゃんの家に泊まるのは?」


 俺がまさに今提案しようと思っていたことを雫が代弁してくれる。さすが兄妹、言わずとも同じことを考えていたようだ。


 由香の方はというと、嬉しさ半分、困惑半分といった感じでどちらかというと嫌という感じではないらしい。多分俺待ちなんだろう、ちらっと俺に視線を送ってきている。


「いいんじゃないか? 由香さえいいのであれば俺は全然構わないよ」

「そう? それなら私もここに……泊まる」


 少しだけか弱い声で答える。


「やったー! じゃあ今日は一杯話しようね!」


 由香の声とは対照的に力強い声で雫が応えた。

 そのようなやり取りを横目に俺はキッチンへと向かった。


「わたしもこっち泊まりたい」


 キッチンで少し体力を回復していた俺にそう語りかけるのはこの場で唯一ここに泊まるという話に加わらなかった瑠夏だ。


「いいぞ」

「え? いいの?」


 俺の二つ返事に驚いた顔を見せる。どうやら俺がオーケーを出すとは思っていなかったらしい。


「別に、あの二人がいて嫌じゃないなら構わないよ」

「やった!」


 嬉しそうに笑う。この状況で一人だけ除け者にできるほど俺も酷い人間じゃない。そもそも俺がこいつを泊めていないのだって一人だけで泊めれば間違いが起こるのでは? という不安があるからで別に一人じゃないのであれば問題はない。


 元々家族三人分泊まるだけの布団も用意されているので三人泊まるだけの準備はある。ただ、場所の問題なだけで。

 我が家は学生の一人暮らしにしては少し広めな1LDKの間取りだ


「夜ご飯は何にしよう!」


 俺の悩みなど露知らず我が家の調理担当はうきうきした表情で献立を考えていた。まあ、場所の問題なんてなんとでもなるか。


 とてとてとリビングのほうに戻り夜ご飯について雫や由香と話し合っている三人を見てほっと一息つく。元々出会い方が出会い方だっただけで三人とも相性は悪くは無かったんだろう。俺としても自分の仲の良い人同士の仲が険悪というのはつらい。だからこそこんな光景を近くで見れて良かったと本気で思う。


「おい、夕飯のことなら俺も混ぜてくれよ」


 だからそう、この輪の中に俺も入っていこう。

 


 同じ釜の飯を食うとは言うが、俺の目の前に広がっているのは穴のついているホットプレート、同じ穴の飯を食うといえば良いのだろうか。


 じううという生地の焼ける香ばしい匂いが室内にこもる。焼ける生地、きゃっきゃと楽しそうな女子、悪くない。

 眼前に広がる光景は男子としてはとても喜ばしい光景だ。


 一人は妹といえども見目麗しい女子に囲まれての夕食、なんて豪華なのだろう。丸く焼きあがったたこ焼きなんかよりもよっぽど美味しいシチュエーションだ。


「お兄ちゃん、全然食べてないじゃない! 早く次焼きたいからちゃんと食べてね!」


 たこ焼き番長と化した雫によって俺の皿にたこ焼きの塔が建築されている。

 ……というかさ、さっきあんなに多く食事させた癖に俺に分配される量が多いって何、拷問ですか? お腹破裂させるまで食べさせる的な……。


 苦行に耐えつつ先ほどから消化しているのに、消化した先から次の塔が建築されていく……。


 女子陣が楽しそうなのは何よりなんだけど、俺にかかる負担の方を考えて欲しい。

 目の前に建築されたたこ焼きの塔を眺めながら一人思った。

 これ、食いきれるかな、残してもダイジョウブダヨネ?

 


 夕食を終えて、ある程度の片づけを終えた俺らは各自思い思いの時間をすごしている。

 俺は電子書籍を、雫は俺の右隣でひっつくようにスマホを弄っている。その俺の左隣では瑠夏がテレビを見ている。唯一この場にいない由香はというと風呂に入っている。 


「そういえば女子は俺の部屋で寝てもらうってことでいいの?」

「うん、もちろんうちは構わないけど」


 じっと視線を横に投げかける。その先にいる瑠夏はひらひらと手を振って「わたしも問題ないよ~」と緩い声を上げている。


 あとは由香か……。


「お風呂上がったわよ~」


 狙っていたかのようなタイミングで由香が戻ってくる。直前まで視線で語り合っていただけにその場にいた六つの瞳が彼女のほうへ向けられる。


「……なによ」

「いや、女子たちが寝るの俺の部屋でも大丈夫かって話してたから」

「別に私は大丈夫よ」

「なら女子たちは俺の部屋使ってくれ」

「それって、唯斗は部屋で寝ないってこと?」 


 不思議そうな様子で瑠夏が問いかけてくる。


「そりゃあ当たり前だろ、さすがにそこまで俺もあほじゃない」


 ある意味じゃ自衛のための手段であることは言うまい。理性の面もそうなのだが、雫は寝相が……。


 というか雫はいいとしても(年頃としてはよくないが)、こいつも最近俺とほとんど一緒に過ごしてるから感覚があほになってるのだろうか? 俺に対する警戒心が薄すぎる。


「なんか、ひどいこと考えてない?」

「いや、別に」


 深くは考えるまい……。

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