第4話 清算

 久しぶりとも言える兄妹の時間を過ごせた俺らは少しだけ遠回りした後に俺の部屋に戻る。離れた時間分、喧嘩した時間分少しだけべたべたしてくるが反動みたいなものなので少し時間が経てばいつもの雫に戻るだろう。


 家のオートロックを開き、自室の前まで来たのは良かったのだが……。部屋の中からあふれ出てくる良くないオーラのようなものが俺が部屋に入るのを躊躇わせる。


「何してるのおにい!」


 俺の開けようと思っていたドアを雫の手で開けられる。

 中へ入っていく雫の背を追う形で俺も部屋の中に入っていく。


「お帰り、無事に仲直りできたみたいね」

「お帰り唯斗!」


 外へ溢れ出ていたオーラとは対照的に笑顔なお二人、そのギャップがやけに怖い。

 まじ、視線だけで対決するのやめて!


 笑顔なお二人の前を通り、先ほどと同じく雫と由香、俺と瑠夏の組み合わせで座っている。

 雫は対面に座る瑠夏へとまずは頭を下げた。


「あの……さっきはごめんなさい」


 こんな状況もあってか一瞬面食らった瑠夏だったが、すぐに笑顔となる。


「私こそ、さっきはあなた追い詰めるような言い方をしてごめんね」


 互いに微笑みあい、先ほどの言い合いに決着がついた。



 帰ってきてから幾ばくか経ち、時間もすでにお昼に突入しようとしている。俺は朝が遅かったこともありまだお腹はすいていないが、他の三人は少なくともお腹が空いてくるような時間帯だろう。


「お兄ちゃんは、何か食べたいのあるの?」


 すっかり元の調子に戻った雫は「うちはお腹空いてきちゃった」と恥ずかしそうにお腹をさすっている。


「うーん、そうだな個人的には――」

「「待って!!」」


 そこで声を上げたのは今まで口を閉じ、不気味に笑顔を保っていた二名だった。


「今、唯斗は食べたいものがあるんだよね?」

「まあ、ちらほら浮かんでくるものはある」

「じゃあ、それを私たちが予想して買ってくるってゲーム、楽しそうじゃない?」

「いや、別に――」

「「楽しそうじゃない……?」」 

「あ、はいそうですね……」


 おかしい、圧に負けて肯定してしまった。というかいつの間にそんな息ぴったりになってるんですかね。


「ま、まあ俺は今すぐ食べたいってほどお腹空いてはいないから良いんだけどさ」

「それなら、由香さん勝負といきましょうよ」

「ええ、受けてたってあげる」


 結局二人は近くのコンビニで買い物対決をすることになった。ちなみに雫は菓子パンとラーメンを二人に頼んでいた。


 いや、それでいいなら俺もそういう感じがいいのだが……なんて言葉を発せられる空気でもなく、俺は渋々二人にお金を渡す。


 何がおかしいって、俺の分の食事代をなぜか自分で二人前分出さなきゃいけないってところだよねうん。普通に雫の分くらい出すしそれは全然良いんだけど、なぜか俺はこの時点で二人前食べることが決まっているのだ。


 ただ、そんなことに気づいているやつなど俺以外に誰もいない。


「じゃあ、行ってくるわね二人とも」

「行ってきます!」

「はーい、いってらっしゃーい」


 雫に見送られる形で二人は近所のコンビニへと向かっていった。

 ちなみに俺が頭に思い浮かべていたのはハンバーガーと少し前に見た有名店がプロデュースしていたつけ麺のどちらかだった。意外とコンビニのラーメンって完成度高いから普通に気になっていたんだよな。ハンバーガーはなんていうか久しぶりに食べたくなったのだ。もちろん二人の買ってきたものなら食べるんだけどさ。


「おにいって意外とモテるんだね」

「いや、ないない」

「ほんっと損な性格だね」


 別に嫌われてるとも思ってはいない。だがモテるっていうほどの感情を向けられている気は――。


『彼氏だもんね?』

『なんか、恋人みたいだね』


 ここ最近にあった出来事が俺の頭の中でフラッシュバックする。


「……あれ、意外とそんなこともないかも」

「……?」


 俺が思っているよりも、二人からの好感度自体はそんなに悪いもんじゃなかったり?


「まあでも、あの二人の気持ちがどうであるにしろ、重要なのはおにいの気持ちだしね」

「俺の気持ちか……」


 今の俺は彼女らに対しどんな感情を抱いているのだろうか。


「でもまあ、二人にはまだまだおにいは渡さん」


 雫がぼふっと後ろから俺に抱き着いてくる。懐かしい実家のシャンプーの匂いがうしろからふわりと香る。それがやけに落ち着くような……だけど自分とは違うその匂いにどこか寂しさのようなものも同時にやってくる。変な気持ちだ。


「なんかおにいの匂い、新鮮」

「俺は雫の匂いが懐かしいよ」


 ただ、それでも変わらない雫という存在に安心感のようなものを覚えた。


「二人には悪いけど今だけはおにいを独占」

「兄妹なんだし、悪いも何もないんじゃないか?」

「おにいがそれならそれでいいよ」


 にししと笑い声を上げ、雫はひっつく力を強めぎううと俺を締め付ける。その力強さはまるで今までの分を清算するかのようにしばらくの間続いた。


「ねえ、雫どういうことかしら……」


 結局その後帰ってきた二人が俺に送ってくれたものは、冷たい目線とありがたくないハンバーガーとつけ麺の組み合わせだった。俺の昼食……重過ぎない?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る