第3話 兄妹


 昔から、俺と雫は二人でいることが多かった。

 今回、雫との間に出来た溝はそもそもがそれと関係している。


 齢十八、つまり俺の一個下である。瑠夏と比べるとなんだかまだまだ子どものように見えるが、それでもやはり俺にとっては可愛い妹である。


 話を戻して、俺と雫は昔から結構仲が良い。今の姿とは似ても似つかず、それはもう近所で「二人は仲が良いねぇ」と言われるくらいには仲良しの兄弟をやってきた。その理由はすごい単純な話で、昔から仕事で親の帰りが遅い日が多く、二人で協力して色々こなしていたからだ。


 日々の生活を協力して過ごしていれば当たり前のように家では一緒にいる。

 俺は妹のことが心配だったし、雫的には俺の手助けがしたかったのだろう。そんな協力を俺が中学生になった頃からし始め、去年くらいまでずっと続けてきたわけだ。そりゃあ仲良くもなければやっていられない。


 だからこそ、今回の一件が雫的にも怒りに繋がったのだと思う。


 夏休みの帰省をすごく楽しみにされていたこともしっていた。だからこそそれに対してなんでさって気持ちが向いてしまうのも無理はない。だから俺はその雫の怒りに対して何も言い返さなかった。雫だってきっと心の中では分かっていたはずだろう。俺が風邪を引いた事だって不可抗力だし、それに対して怒りを向けるのは筋違いなのかもしれないと。


 もちろんこれらはすべて俺の勝手な思い込みなのでそれこそ見当違いかもしれない。でも大きくも外れてはいないと思う。


 だからこそ今回自分からもこうして会いに来た。もし本当に今もまだ怒りが続いているのならわざわざ来たりしないだろう。


「ほんっとめんどくさいよな~俺も雫も」


 あいつは昔から、喧嘩したときにはよく川が見える場所に行く。きっと本能なのだろう。

 この家から川が見える場所と言えば近くに河川敷がある。


「これで外れてたら笑えんな」


 言葉とは裏腹に確信めいたものを持っている俺は足を河川敷の方へと向けた。

 まだ時間も昼前と言うこともあって温かい。

 時たま風に揺れて枯れ葉がカラカラと大合唱をしている。そんな秋が俺は嫌いじゃない。


 河川敷への石階段を下り、河川敷の場所でも特に川に近い場所へと目指す。川に近づけば近づくほど川のザァァと言う音はゴォォと力強さを増す。そんな川のすぐ目の前の石段に雫は座っていた。


 相変わらずの分かりやすさにホッとする。もしかしたらこいつは俺が追いかけてくると思ってここにきたのかもしれないと想像してみたり……。俺キモッ……。


「お嬢さん、俺と一緒に遊びませんか」


 肩をポンとたたくと、雫の体がビクンと跳ねる。

 体を強張らせ、恐る恐る俺のほうへと振り返る。


「おにい……」


 強張らせた体から力が抜け、隣に座った俺のほうへと体重を預けた。


「ごめんね、強く当たっちゃって」

「いいよ」

「帰省の事だって、おにいは何も悪くないの分かってたのにきつく当たっちゃって」

「しゃあないさ、楽しみにしてくれたんだもんな」

「さっきだってあの子の言う通りで……」

「いいよ、全部許してやる」


 そういって俺は雫の体を抱きしめる。少しだけ冷えた体が俺の胸へと収まって静かに嗚咽を零す。


 彼女のすべてを許してあげるように俺はその背中をぽんぽんと優しく叩き、頭を撫でる。


 川の音が近くて、そして大きくてよかった。雫の嗚咽の声が、周りに聞こえなくて済む。







「ありがと、おにい」

「おう」


 数分か、それとも十分くらい経っただろうか……。ともかく彼女は泣き止み、少し赤くした顔で俺を見上げる。


「ゆーちゃんと、あの子には秘密ね」

「仕方ないな、黙っておいてやるよ」


 小指を絡める。子どもの頃よくやった指きりだ。


「もう少しだけここにいても良い?」

「付き合ってやるよ」

「ありがと」


 先ほどまであった棘のようなものが消え去り、今までの仲の良い俺らがここにいる。兄妹の喧嘩なんてそんなもんだ。大抵なんでもない小さなものから怒りのようなものが膨れ上がって大きくなる。それでも大きい風船だって先のとがったもので突けば割れてしまう。それか萎む。俺ら喧嘩も似たようなものだ、膨れ上がったって結局なんでもないただのやり取りで中の空気がどっかにいってしまう。そんなもん。


 仲の良い兄妹だって人間だ、喧嘩だってする。よく言うだろ喧嘩するほど仲が良いって。俺らもそういうものなのだ。


「なんだか、場所は違うのに懐かしい」

「そうだな、懐かしいな」


 俺らの家の近くにも川があった。ここほど大きな川じゃないが。

 喧嘩して出て行ったとき、こうやっていつも最後は川を眺めている。それとどこか重ね合わせているのだろう。


「おにいはおにいだね」

「なめんな、たった数ヶ月会ってないだけで人間そうそう変わるもんか」

「たしかに」

「だから、ちょっと会えなかったくらい何の問題もないんだよ」

「そっか」


 これは別に嫌味じゃない。むしろ逆だ。

 俺のこいつに対する愛情を示してやったまでだ。


 それから数分ほど川を眺め、どちらからともなく「そろそろ」と声を掛けた。なんか通じ合ってたみたいで妙に恥ずかしい。


 先に階段を上る雫が振り返る。


「さっきさ、おにい数ヶ月会ってないくらいでそうそう変わらないって言ったじゃん」

「言ったな」

「少しだけ変わってると思うよおにい」

「ほう」

「少しだけかっこよくなったかも」


 先ほどまでとは変わって大きな笑顔で俺に言葉を返す。


「雫は全然変わってないな!」

「もぉ!!」


 じゃれあいにも似たやり取りを家に帰るまでの間交わす。

 昔とは違った町や、景色、匂いなどがたくさんここにはある。それでも俺らの間の絆にも似たものは、今も昔も変わらず胸の中にあるのだろう。

 ま、恥ずかしくて口に出来たもんじゃないけどな。



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