第17話 旅の終わり
バスに揺られ、再度駅前に戻ってきた俺らは第二の目的地である通りへと向かった。
駅前からまっすぐ伸びる緩やかな下り坂をあるいて十分ほどすればその通りまでたどり着く。道路の左右にずらっと並ぶように立っている出店の数々に目を引かれる。
いつかの修学旅行でも訪れたこの通りが今回の第二の目的地である。
ここ穂樽を本店とするお菓子が発売されているのだ。
そのケーキの美味しさたるや、言葉で説明するのは難しい……。
「あ、あった!」
駆け込むようにトトトと走っていった。
追いつこうと俺も走る。楽しげな二人分の靴の音がコツコツと響き渡った。
陳列されている商品のどれもが美味しく見えてしまうのが洋菓子店の不思議なところだ。正直なところをいえば全部欲しい。
買いたい欲を必死に押さえ込み、当初からの目的であるチーズケーキを俺は二種類、由香は定番のをそれぞれ買って店を出た。ケーキは郵送にしてもらえるらしい。
手持ちは一切増えずに俺らはそこらので店をぶらぶら、そこから日が暮れるまでの間ステンドグラスや、オルゴールといった有名なものを見に行った。
日も暮れだし、周囲が暗くなり始めた頃最後の目的地とも言える運河の傍にやって来る。
周囲のガス灯に照らされた小道やこの日没の時間に開始されるライトアップが周囲を煌々と照らしている。
なんといってもそんな小道を男女が歩いている、そんなシチュエーションがとてもロマンチックでどこか幻想的だ。
暗い世界で、由香の横顔がガス灯のオレンジ色の光などに照らされて大人な雰囲気をさらに美しく見せている。
「綺麗だね唯斗」
「そうだな、本当に綺麗だと思う」
運河の水面を照らす黄金色、そんなゆらゆらと揺れる金のカーペットを俺らは心行くままに眺めていた。
帰りのJRは六時半すぎのに乗り込む。
秋とはいえこのくらいの時間は冷え込む。さすがに夜の時間に風に当たるのは女子的にも良くないので帰る事を選んだ。
揺りかごのごとく揺れる列車が眠気を誘ったのか、隣の席に座った由香はコクンと舟を漕いでいる。
「寝てもいいぞ」
「……うん、ありがと」
言うとすぐに力を抜いたのか背もたれに頭をつける。
ガタンガタンと揺れる列車はそんな彼女の体を右へ左へ揺らす。そして、揺れに耐え切れなかった由香の上半身が徐々に俺へと近づき……、ポスンと小さな音をたてて由香の頭は俺の肩を枕に選んだ。
「……ったく」
なんの気なしに列車の外を眺める。
来る頃はきらきらと輝いていた海もなんだか薄暗く底の見えない怖さのようなものを感じる。それとは対照的にすぅすぅと小さな寝息を立てて眠る由香。その安心しきった寝顔を見ているとなんだかどうでも良くなった。
「くすぐったいっての」
由香の髪が少しだけ頬に触れたり離れたりを繰り返す。それがとてもこそばゆい。
少しだけムカッときたので鼻先をツンと突いてやった。「むぅ」と小さく呻くその声が面白くて一人で笑った。
「ごめ……寝ちゃってて」
「いいよそんなに長い時間じゃなかったし」
俺らを乗せた列車は、三十分の時間を経て出発した合幌駅へと戻ってくる。地下鉄に乗り、数駅進めば俺らの大学にある駅までやって来る。
外に出ると穂樽の空気とは少しだけ違う都会の空気が俺らを出迎えてくれる。
「それじゃあ帰ろうか」
「うん」
旅は家に着くまでが旅だ。男の子としての役目を果たすべく由香を家まで送り届ける。
「今日は一日ありがとな」
「どしたの急に」
「なんていうか、こっちに来てからあんま由香とゆっくり過ごす時間がなかったからな、提案してくれてありがとうってことで」
「別に、こちらこそありがと……」
若干恥ずかしそうにお礼の言葉を述べる。
「じゃあ、ここで」
「ああ、風邪引くなよ」
「それ、こっちの台詞」
お互い、笑顔を見せる。
「じゃあ、またそのうちね」
「おう」
小さく手を振る由香。俺が角を曲がるまで由香はそこに立っていた。
「ただいま」
「おかえり~」
家に帰ると俺の挨拶に返事が返ってくる。そんなことが少しだけ嬉しかったりする。
「はい、これお土産」
俺は鞄の中からそれを取り出す。
「え、なにこれ」
「キャンドルホルダー」
「へぇ! うれしいありがと!」
嬉々とした表情で受け取り中からそれを取り出す。
「穂樽に行ったのかぁ~、いいなぁ~」
「意外だな、行き飽きてそうなのに」
「一回も行った事ない」
意外だった。合幌に住んでいればいつでもいける距離だし、彼女くらいであれば行きたい! の気持ち一つで行ってしまうような気がしたから尚更。
「そうなんだ」
「今度、連れてって」
「なんだ、デートのお誘いか?」
「そう」
「お、おう」
何ならからかうくらいのつもりで言ったが逆にからかい返されてしまうというなんとも不甲斐ない結果だ。恥ずかしい。
「じゃあ、来週ね!」
「ばか、早いわ」
「じゃあいつ?」
「そうだな、冬で」
「わかった!」
きっと雪が降れば、あのガス灯に照らされた運河がとても綺麗に見えると感じたから今度はその季節にいってみたい。
隣で嬉しそうに先ほど渡したキャンドルホルダーを眺める彼女を見て、きっと楽しい旅になるんだろうなとか考えていた。
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