第16話 デートみたいだね……?


「着いた~!」


 声の調子からも由香の気分の高まりを感じる。俺も似たようなものでどこかうずうずとしている。


「さて、じゃあ行くか!」

「うん!」


 駅の改札を抜けると、少し強めな風が出迎えてくれる。果たしてこれが潮風というやつなのだろうか。ちょっと匂いが薄くて分からない。


 現時刻は十一時を少し過ぎたところだ。俺らはそのまま駅前にあるバスの停留所からバスに乗る。


 タイミングがいいことに丁度バスが待っていたのでそれに急いで乗り込む。動き出したバスから流れる町の光景は俺らの地元に似ていて少しだけ安心感がある。それもまたいい。


 由香と俺で調べていたことだが、この町はやはり海のすぐそばと言うこともあり海鮮が有名だ。昼食も海鮮系にしようかとも思ったが観光地故なのか、海鮮丼などはとにかく高い、学生としては手を出し難いというのが正直なところだ。


 だけどここまできたところで探し当てたのが一つの食堂だった。海鮮系をほかよりも安く提供しているし、評価もいい。


 ありがたいことにその食堂はこのバスに乗って向かいたい目的地の近くにあり、ここならということで決まった。


 バスに揺られ、降り立った俺らはその店へと向かう。

 なんというか食堂というと昔ながらといったイメージがあるが、俺の思い描いたイメージを裏切らない光景が広がっていてかなりテンションがあがった。


「やば! まじでなんていうか食堂って感じ!」


 美少女とも呼べるような女子を連れての昼食がオシャレなカフェでも、イタリアンでもないのは雰囲気ぶち壊しのような気もするがそれが現実である。


 店の外ではまさにその店の名物といわれるニシンが炭火で焼かれている。そんなのを見てれば少し早い時間といえどおなかが空いてくる。


「すごいね唯斗!」


 何を隠そうこの店を見つけ出してここにしようと提案したのは彼女なので、その当人がこんな風に喜んでいるのなら同行している俺も文句はない。


「早く入りましょ!」


 俺の袖を引っ張るように彼女は店内へと入っていく。






 俺は結局高いと分かっていて刺身の乗った定食を、由香はニシンの定食を食べることに決めた。


 クールという言葉を体現したかのような彼女がこれからやって来る料理をウキウキした様子で待っている。そんな普段の彼女からは予想も出来ない笑顔にこっちも笑顔になってしまう。なんだかんだ俺もこの旅行をとても楽しんでいるんだなと感じていた。


「おまたせしました~」


 そういって運ばれてきたお盆の上には先ほど入り口で焼かれていたニシンが丸まる一匹とご飯に味噌汁。それに小鉢がついてくる。


 ニシン一匹丸焼きされたその姿に思わず「おお!」となってしまう。それに対し俺は新鮮な海の幸が刺身となってやってくる。


 イカやつぶ、えびやホタテにニシンといった刺身が盛りあわされて見ているだけでよだれが出てくる。


「「いただきます!」」


 手を合わせ早速刺身を一口。新鮮な刺身の甘さやこりっとした食感がたまらない。おもわず「んん~!」といった声が出てしまう。


「由香も刺身食べてみ!」

「え……でもっ」

「いいから! ほらっ!」


 俺は自分の皿に乗っている刺身をとりあえず前種類見繕って由香の皿へと乗っける。


 申し訳なさそうな顔をしながら「ありがとう……」と刺身を口に運ぶ。


「おいしい……!」


 直後そんな申し訳なさそうな由香の顔から小さく笑みがこぼれる。そんな笑顔をこんなもので作れるのなら安いもんだ。


「唯斗……おいしいよこれ! 刺身すごい!!」

「ああ、その分は由香も食べな!」

「じゃ、じゃあ唯斗も、ニシン食べてみて!」

「そういうなら貰うかな!」


 それから俺らはそんな海の幸を心行くままに堪能する。「おいしい!」と盛り上がって食べさせあって、そんな楽しい食事の時間を過ごす。


「「ごちそうさまでした」」


 最後も声を揃える。


 会計を済ませた俺らはその幸せな表情のまま店を出る。

 少し歩いた先には防波堤があり、海をとても近く感じる。それと同時に駅前ではほんのりと感じた潮風がその磯臭い匂いを運んでくる。


「おいしかったね!!」

「ああ、めっちゃおいしかった!」


 とても興奮気味な由香を連れその先にある目的地へと向かう。

 今回この穂樽に来るにあたって一番最初に決めた目的地。それがこの水族館だ。やはりここ穂樽に来るならばまず欠かせないであろう観光スポットなんじゃないだろうか。


「じゃあ、いくぞ」

「うん!」


 奇妙なオブジェをすり抜けるように館内へと歩みを進める。

 チケットを買って館内を色々見て回るが驚いたのはこの水族館の範囲だ。

 館内だけに限らずその範囲は外まであり、海のすぐ真横まで広がっている。


「エイ、ぶさいく!」


 なんていいながら館内を回っている。


「この子、腕が片方しかないんだ……」


 水槽を泳ぐ亀を見て悲しげな表情を浮かべ。


「カワウソ可愛い!!」


 通路の間を通るように設置された筒状のところを通り抜けるカワウソを見てはしゃいで……。


「鰯すごい!!」

 

 鰯の群れに驚きの反応を見せる。

 館内の中だけで彼女の表情がコロコロと変化を見せている。こんなに喜怒哀楽ハッキリしている奴だったか……。


 時には二人で写真なんか取りながら館内を回る。というか、そんな俺らの数時間の行動を通して思ったことは、普通にデート過ぎて困る……だ。


 こんな可愛い子だったかこいつ……いや、本当に。

 俺の前では氷と言わんばかりにクールの権化である彼女がいまやそのクールが一人どっかに行ってしまっている。


 二人でイルカのショーなんか見ているとまるで本物の恋人なんじゃないかと錯覚までしてくる。それぐらいに由香の魅せる表情はキラキラとしている。イルカを見つめるその横顔を見つめていると、俺の顔を横目にポツリと呟いた。


「なんか、恋人みたいだね」


 俺の心の中を覗き見ているんじゃないかとも思える発言に思わずドキッとしてしまう。


 ただ、俺は動揺を押し殺すかのように合えて軽口に返す。


「一瞬、マジでそうなんじゃないかって錯覚してた」

「……ふん!」


 ムスッとした表情を返された。

 その後もペンギンやアザラシなど色々な海の生き物のショーを見た俺らは来た道を戻り、そのまま水族館を後にする。

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