第13話 番外編 おかえりと言ってくれる人がいる。
私はこれまでの生活においてお帰りを言ってもらったことがない。正確に言うとお帰りと言ってもらったのが大分昔過ぎて、そんな記憶忘れてしまったと言うのが本当の話。
私の家は元々裕福な家で、私が高校に入るまで何の不自由もなかった。だが、私が中学の頃母が死んだ。それ以降父親に育ててもらっている。もっとも育てているのかは謎だけど。
私はその中学の母の死後父親とまともに会話をした記憶がない。高校に入るときに部屋を決めるって時に手伝ってもらったくらいで基本的に家にもいなかったし何をしているのかも分からない。
単身赴任で家に滅多に帰ってこなかったし、帰ってきたとして荷物を取りにくるくらいでその大半が私がいない時間だった。いつも私の口座に振り込まれる余るほどのお金が父の生存を知る唯一の手段くらいだ。
だから私が高校で生徒会長を目指したって、実際になったところで褒めてくれる人はいなかった。それを別に辛いとも思ったことはない。
大学に行くという旨は事前に伝えてあるし、合格したとメッセージを送れば必要なお金とかが振り込まれるんじゃないだろうか……。
「はぁ……文化祭も終わりか」
私の高校生活の大きなイベントが次々と終わっていくのが分かる。青春と言える高校生活も残すところ半年、年が明ければ自由登校だから実際そんなにもないだろう。
大学は推薦を貰える事になっているからそこまで心配しなくていいし、あとは高校生活最後のクリスマスとかバレンタインとかくらいかな……。
唯斗、予定空いてるかな……。
「またあとでな」
べつに誰にとっても特別でもなんでもない言葉、でも私にとってはとても大切な言葉だった。
いつも帰っても一人で、誰もいない。何をしても、何もしなくても誰にも何も言われず。日々に何の特別さも感じていなかったけど、たった一言、何てことない一言が私の日常に色を加えてくれた。それは多分暖かみのある暖色かな……心がポカポカするような。
私の無理やりなお願いもいやいやで受け入れてくれるそんな優しい彼が、私の求めていた誰かの居る生活を与えてくれた。
「はぁ……がんばれちゃうじゃん」
なんていうのだろうよくテレビとかで見る子どもがいるから頑張れるとかって結局のところそういう感じなのだろうかと理解させられる。
生徒会が終わった私だけどもなんだかんだこの文化祭だけは元生徒会として手伝いをしていた。だからこそ実は間に合わないことを分かっていたけど何とか無理やり唯斗をこの文化祭に呼ぶことが出来た。
皆には迷惑をかけたかもだけど、それを快く手伝ってくれた。そんな皆だったからこそ最後まで手伝ってあげたいと、そんな気持ちにさせられた。
そんな時間ももう終わり。
今日をもって、私が彼らのためにしてあげられる仕事は終わった。
「今日までありがとうございました! 会長!」
「お疲れ様です会長!」
新生徒会の会長副会長コンビが私の元にやって来る。
「あのさ、私もう会長じゃないでしょ! 会長はあんたでしょ!」
「いや、会長はいつまでも俺らにとっては会長なので!」
「都合いいなぁ……」
そんなやり取りをするけれど私にとっては可愛い後輩なのは変わらない。
「今日……ていうか急なお願い聞いてくれてありがとね!」
「まぁ急ではありましたけどそこまで大変なことでもなかったので!」
「でも、これで私の役目は終わりだね、後はこのメンバーで頑張っていくんだよ!」
「「「はい!!」」」
その場にいた全員が声を上げる。
「じゃあ、私は帰るから!」
「わざわざ残ってくれてありがとうございました!」
「は~い!」
ガラガラと生徒会室のドアを閉じる。私にとっての居場所だったこの部屋とのお別れは寂しいけれど、私には帰る場所がある。
靴を履き替え、外に出れば既に外は真っ暗で、時計も六時半を指している。
そんな暗い中でふんふんふんと私の鼻唄が漏れる。
いつもよりもテンションが高いのが自分でも分かる。
今まではいつ帰っても真っ暗だった自分の部屋。誰もいなくて自分の掛けた声に対して、静寂が返ってきたこの家とは違う、一つ横の部屋のドアノブをぐいっと捻る。
バタンというドアの閉まる音を聞いてか、この部屋の主である唯斗が顔を出す。
「お帰り、瑠夏」
私がずっと掛けて欲しかった言葉を掛けてくれる人がいる。
私が長年求め続けた暖かみを届けてくれる人がいる。
静かな部屋にただ、機械のように、あるいは流れ作業のような気持ちで発していた言葉を、私は精一杯の感情を込めて、そこにいる彼に対して返すのだ。
「ただいま!!」
笑顔で「おう」と答えてくれる彼に導かれるまま私も部屋の中へと向かう。
今はこんな不安定な関係で、彼と私の関係に名前がない。友達ともいいづらいし、だからと言って本当の彼氏と言うわけでもない。そんな不思議な私たちだけど、今はこうして一つ分の部屋に私たちがいる。
いつかこの関係が終わるのかもしれないし、続いているのかもしれない。
それでも今は、こんな関係がとても愛しいものであると胸を張ってそう言える。
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