第12話 またあとでと言える生活
「ごめんね唯斗!」
腕に押し付けられる柔らかさが俺の頭をショート寸前まで追いやる。普段であれば何とか対処できたであろうこの状況もいきなり現れた彼女と、直前までのやり取りでの疲労のせいあって対処が出来ない。
「会長!」
その場にいた女子たちは瑠夏の元へとやって来る。
「会長! この方は会長の彼氏さんですか!」
当たり前だがこの状況を見れば少なからず周りはそう考える。ただ、この状況を今の俺には覆せない。今この状況を覆せるとするならば――。
そう思い、俺は可能性のある瑠夏を見る……が……。
「ん~、ひ・み・つ!」
彼女は先ほど俺がやったような笑顔とは違い、より妖艶に、より意味深な笑顔を彼女たちに向けた。
そんなことをすれば、彼女たちの想像をより膨らませてしまうのは火を見るより明らかだ。
「あと、もう会長じゃないからね! それじゃあね!」
組んだ腕を解こうとはせず彼女は歩き出す。俺はそれについていくことしか出来なかった。
そのまま校門から玄関前の比較的露店の多い辺りまで向かい、そこでようやく彼女は拘束を解き俺を見る。その顔には俺が予想していたような冷静さは無く、頬を赤らめ、どこか恥ずかしそうな様子の彼女がいた。
「いやぁ、あれはやりすぎたかな……」
ポツリと呟く彼女に言葉を返す。
「さすがにやりすぎだろ! 誤解されたぞきっと」
「ん? 誤解?」
なぜか話が噛み合っていない様子、アンジャッシュ状態かな?
「あのタイミングであんな態度取ったら周りに付き合ってるって誤解されかねないだろって!」
「ああ、そっちね」
「え、どっち?」
どうやら本格的に噛み合っていなかったらしい。
「あれは狙ってやったから別にやりすぎじゃないよ?」
「じゃあ、あれって何の話?」
「気づいてないならいい!」
そういって彼女は強引に話を切り、歩き出す。
何の話をしていたのか分からない俺はモヤモヤしたまま瑠夏の後を追う。
「そういえばお前、会長なんてやってるんだな」
歩き出してから少し経った辺りで先ほど思ったことを聞いてみた。
「意外だって思った? ……あと、一応"やってた"、だからね少し前に任期終わってるから」
「いいや、どちらかというと瑠夏ならやっててもおかしくはないって思った」
「それ、褒め言葉?」
「うん、どちらかというと」
「なにそれ~!」
くすくすと笑っている。その顔が俺のよく知る瑠夏の顔で安心した。
「それよりさ! 何か食べようよ私お腹すいた~」
時間を確認してみれば、時刻は丁度正午を回ったところだった。
「何食べたいんだ?」
「ん~たこ焼き!」
「しゃあない買いに行くか」
「やった~!」
パタパタと走っていき、「たこ焼き!」と書かれた露店の列へと並ぶ。ふわりと吹く風に乗ってたこ焼きの焼けるいい匂いとソースなどの甘い匂いがやって来る。その匂いをかいでいると俺までお腹が空いてくる。
俺らの番まで回ってくると、瑠夏は俺の分のたこ焼きと自分の分のたこ焼きを注文。そして自分の財布を取り出そうとしたのを見て俺はさっと自分の財布から千円札を取り出した。
「これでお願いします」
「はい! 四百円のお返しです!」
おつりを受け取ると、やや不服そうな顔で瑠夏はこちらを見る。
「デートなんだろ? なら会計くらい彼氏が払わんとな」
「ばっ――! ばか……」
顔を真っ赤に染め上げた瑠夏は耐え切れず俯く。そんな彼女を見て、してやったりという感情を抱いたのと同時に、可愛いなという感情が押し寄せた。
「会長、愛されてますね!」
「私はもう会長じゃないから!!」
露店の売り子さんはすかさず瑠夏に声をかける。それを赤くした顔で瑠夏が答える。
それから行く先々で俺と瑠夏の組み合わせは声をかけられる。かなりのサービスをしてもらったし、恋人いたんですか! と聞かれた回数も十を軽く超える。そんな中、瑠夏は一人一人に対してちゃんと対応をしている。
対応してもらった女子に男子、それぞれが悲しい顔一つせずに笑顔で戻っていく。そんな姿を見ていると本当に慕われているんだなと嬉しい気持ちになる。
しばらくそう言ったやり取りにつかまった後、逃げるように学校の敷地の端のほうにあるベンチまでたどり着いた。
「ここで食べよ……」
度重なる会長コールにすっかり疲れきったご様子の瑠夏は近くにあったベンチを指差しそこを陣取る。俺はその横に腰掛け、「ふう」と息を盛らすと、お腹の虫も「ぐう」と鳴き声を上げた。
すっかり膨らんだレジ袋の中の料理たちの匂いが食欲をそそる。
「おなか空いたんだ……!」
にやにやと不敵な笑みを浮かべた瑠夏はここが攻め時といわんばかりに先ほどの意趣返しを企んでくる。
たこ焼きに爪楊枝を刺し、そのまま俺の口元へ寄せ「あ~ん」と一言。それを避けようとする俺を見て、「彼氏だもんね?」と告げる。
「あ~もう」
差し出されたたこ焼きをパクリと食べる。やってやったと思えばやり返される。恥ずかしさで味なんか分かる訳がなかった。
それを見て満足した彼女はそのまま自分もパクリ。唇についたソースを舐めるその仕草も、その油分が残りテカテカとつやの出た唇もやけにいやらしかった。
その後は忙しない喧騒の中に戻り、クレープの屋台にアイスなど色々連れ回された。そんな食後のスイーツタイムを済ませれば校内の展示品などを見て回りなんだかんだ楽しい時間を過ごす。どこに行っても誰かに声をかけられる彼女を見ていて大変だなと思いつつもそんな姿を静かに見守る。
結局色々なところを巡った俺ら、スマホで時間を確認すれば一般公開終了の三時を目前としていた。
「もう終わりかぁ、早かったなぁ」
「意外と楽しい時間を過ごせたよ」
「うん……私も楽しかった」
「じゃあ、俺はそろそろ帰るよ」
「うん……」
そういって寂しそうな表情を浮かべる。
今は人の少ない校門の辺りに向かっていた。
「家で待ってるから、早く帰ってこいよ」
先ほどまでの笑顔を少しでも取り戻すべく、彼女が今欲しいであろう言葉を選ぶ。
文化祭は終わる。だけど今日一日という時間を語りつくすのは何もここでなくたって出来る。だから彼女と語る時間が、場所があるのだと彼女に教えてあげるのだ。
「だから、またあとでな」
またあとで……、回りくどい言い方をすれば彼女が俺とまた、あとで会うということを確約する言葉だ。
ド直球な言い方をすれば……早く帰って来いってことだ……。
その言葉を聞いた彼女は寂しそうな表情をどこか楽しげなものへと変える。
「うん! またあとで!」
どうやら俺の作戦は上手くいったらしい。
大きくバサバサと手を振った彼女は俺とは逆方向へと駆け出した。勢いよく翻った髪からは秋の外の匂いとともに俺と同じシャンプーの匂いがした。
幕開けから波乱過ぎた文化祭は、最初のざわめきとは違い静かな幕引きとなった。それでもそんな終わり方が寂しくないのはそれだけ俺が楽しんでいたからなのかもしれない。
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