第9話 従兄妹
「げっ」
「げってなによ、げって」
「げっ、元気?」
「どっかの誰かさんと違ってね」
久しぶりの大学開始となった今日、俺は授業のため大学に足を運んでいた。そして、その初日から少しだけ会いたくなかった人物と顔を合わせることとなる。
「俺は元気だぜ!」
「そういうのは重要な日に風邪を引かなくなってから言って欲しいものだわ」
「まさしくその通りです」
少し俺に冷たく当たるのは、俺の
彼女は昔から顔を合わせているため当たり前だけど付き合いは長い。小学と中学に関しては家の問題で違ったが高校は同じであったため結構な頻度で顔を合わせている。
まさか地元から離れたこの大学も同じになるなんて予想もしていなかったが、それでも家がそこまで近所というわけでもないのでたまに顔を合わせる程度である。
「
「知ってる」
「でしょうね」
向かっている先が同じなのできっと授業も同じなのだろう、彼女は変わらない表情で俺に語りかけてくる。
「折れて早めに謝った方が良いわよ」
「いや! 俺は謝ったって、あいつが納得しなかったってだけで」
今俺と彼女の間で話している話は俺の妹に関することである。天城雫、それが俺の妹の名前で、少し前……といっても夏休みの話だがちょっとしたことで喧嘩した。
由香はきっと向こうで雫から俺の愚痴を何度も聞かされていたに違いない。
「まあ、すまんな俺のせいで愚痴ばっか聞かされて」
「べ、別にそれはいいのよ」
「何があいつをあそこまで怒らせたのやら」
「結局のところ、その埋め合わせをしなかったことじゃない?」
「あ~、まあ……そうだよな」
この話は夏休みが始まる少し前まで遡る。
俺と隣の由香は夏休みに入ってすぐに実家に帰省する予定でいたのだ。結果から見て分かるとおり俺は帰れていない。それはひどく簡単な理由で帰る前日に風邪をこじらせたからだ。
実家はここよりも結構田舎で、帰るのには都市間を繋いでいるバスに乗って帰らなければいけない。そのため念のため早く取っていたバスをキャンセルせざるを得なかったわけだ。
ただ問題はそこからで、夏休みシーズンということもあり皆考えることは同じなわけでバスは連日満席、予約も全然取れないわけだ。
そうなってくると夏休みが一日、また一日と過ぎていきそれと同時に俺の中で帰るのをやめようかという気持ちになっていったわけだ。
都市間バスは、最低でも四時間半バスに揺られ、それに加え往復で一万円ほど。それを考えたときに、帰るのにお金を使うのならそれに見合った時間を地元で過ごしたいと思うわけだ。だが現実はそう上手くはいかないので今回は帰るのをやめたわけだが、それに対して怒ったのが妹だったわけである。
「でも、とりあえずありがとうな、雫とはまたそのうち連絡取るから」
「別に? 雫と久しぶりに会えたのは嬉しかったし良いんだけど……」
「雫と仲良くしてくれて嬉しいよ、由香くらいしか仲良い親戚居ないからさ、あいつも慕ってるみたいだから……それもありがとな」
「……恥ずかしい」
いきなりの感謝の言葉に赤くなってしまった。雪のように白い肌に差す朱がとても綺麗で、思わず見つめてしまう。
「……なによ」
「いや、何でも」
思わず見惚れていたなんて言えるわけも無く、ただただその場をごまかす。幸い彼女の俺への冷たい態度はなぜかそこで収まる。
「今日講義後何個?」
「後一つ」
「それなら私と同じだし授業終わったらお昼食べに行かない?」
「別に良いけど次の授業何?」
「あなたと同じでしょ」
「そうか」
大学の授業には大きく分けて二つ授業がある。一つが一般科目で、もう一つが専門科目である。両者の違いは学部関係なくとれるか、もしくはその学部の人しか取れないかである。
一般科目は、全学部共通の授業で、専門科目がその学部専門の科目ということになる。この中から必要単位数とかまた色々と面倒なことがあるわけだがそこは割愛。
科目の中には、その学年の全員が取ることになる必修授業というものが存在して、それを取れないと来年同じ授業を取らないといけなくなるというものらしい。由香が俺の次の授業を予測できたのも次の授業が必修の課目だったからだ。
「何にする?」
「無難にファミレスで良いんじゃない?」
「そうだな、おっけー」
二つの授業を終えた俺らは、大学を出て歩いて十分ほどにあるファミレスへと向かうことになった。周囲を歩く学生がチラチラとこちらを見る。どちらかというと俺の隣にだが。
昔からの仲という贔屓目を抜いても水口由香という女子は綺麗な女子にカテゴライズされるだろう。正直中学まではそんなことは無いと思っていたが、高校に入った辺りから一気に大人っぽくなった。
今の俺個人の意見だが、中学高校のときって綺麗な女子よりも可愛い女子が人気が出るという印象だ。綺麗な女子はどちらかというと目立ってモテるとか、表立って人気って感じにはならないが意外にも固定ファンが多いみたいな。
高校生的にはやはり、大人びた綺麗さよりも年相応の弾けるような可愛さの方に目がいきがちだ。俺もそうだったから良く分かる。
少し大人になった今だから分かること。それは大人になるとあまりに行き過ぎた可愛さは"イタい"人と紙一重なのだ。だがそれとは逆に綺麗は変わらずに人目を引く。いや、むしろ自分たちがその大人に追いつくようになるからこそその綺麗に目を奪われるのかもしれない。もちろんこれは俺の勝手な考えで、証拠も無ければ確証もない。ただの戯言、そう受け取ってもらっても構わない。
なので由香は、高校のときは目立ってあの子可愛いという感じではなかった。ただ、たまに実は俺……といった感じで好きな奴がいるタイプの女子だった。
だから今の同世代からすれば綺麗な女子である由香を目で追ってしまうのかもしれない。
「なに?」
じっと由香を見ていたせいかあからさまに嫌そうな表情で俺を睨む。
「いや、別に綺麗な女子の横にいると肩身が狭いなぁって」
「な、なにいってんのよ!」
彼女のバッグが勢いよく飛んできた。それが俺の脇にクリーンヒット、結構なダメージを負った。
「
「いや、わりとマジなんだけど……」
さっきから視線が由香に集まるたびにその横にいる俺は査定されるような視線に晒される。それはもう上から下まで舐めるように。非常に居辛い気分だ。
「別に、そんなの気にせず自然体でいればいいのよ」
「んじゃそうかい!」
ポンッと俺は由香の頭に手を置く。指どおりのいいさらさらしたミディアムの髪には天使の輪が出来ている。
「もうっ!」
ぷんぷんと怒りを露にする由香、それでもその綺麗な腕は俺の手を退けようとはしない。いつからかこれが俺らなりのスキンシップになっていた。
周りの目線はなおこちらを向くがそれでもいい、結局俺らは俺らなんだから。
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