第8話 一人の時間

 九月も既に半月ほどが経ち、夏休みの終わりをもう目前としている。夏休みが始まる前こそ一ヵ月半の休みを無限のように感じてはいたが、九月に入ってからは殊更過ぎ去る時間が早く感じた。


 彼女と過ごすようになったからだろうか。それは俺にもわからない。 

 それでもただ退屈に、無関心に過ぎ去っていた日常が自分にとって意味を成すものに変わっているということだけはしっかりと分かっている。

 あんな彼女との急展開から早くも一週間が経つ。


「ね~唯斗、服裏返しにして洗濯機に入れるのやめてってば……」

「ごめんごめん、次からは直す」

「それ一回聞いた……」

「あ~……すまん」


 ある程度の時間を二人で過ごすことになれば、俺と彼女の距離感もなぜかこんな風に少しだけ近いものに変わっていた。だからといって近すぎず遠すぎず、そんな適切な距離感で今日も過ごしている。

 少し前であれば考えようも無かった生活、だけど今の俺にとってはそんな今の生活が嫌いじゃない。


「じゃあ、私行って来る!」

「はーい、いってら」


 朝のそんなやり取りの後、彼女は笑顔で学校へと向かっていった。

  そんな彼女の笑顔にホッとする。きっと彼女にとっての笑顔はこっちが本物で、あの大人びた笑顔は、彼女のこれまでの生活が作り上げた"大人としての瑠夏"の笑顔なのだ。それは彼女にとっての歪みのようなものなのかもしれない。


 だから今の笑顔はそんな瑠夏の仮面の姿じゃなくて、本物の瑠夏に近い気がして安心した。


 俺は一人部屋に残って、そんな彼女がいない今までの俺にとって当たり前だった時間をどこか違和感のように感じながらすごしていた。


 今まで俺はどんな風にこんな日常を過ごしていたのか。それが少しだけ分からなくなる。

 案外歪んでいるのは彼女じゃなくて俺のほうなのかもしれない。


「どっか出かけるか……」


 夏休みが終わるまで後三日、そんな三日間をどう過ごせばいいのか、どう過ごそうとしていたのか思い出せない。彼女と出会ってからの生活があまりにも濃くて、薄味だった元の俺の生活に満足できなくなっている。あれ……こんなもんだったっけ? と……。


 なんとなく家の中にいるのが嫌だった俺は、散歩をするべく外に出る。

 周囲の木々の色は緑から茶色へと変わりつつあり、本格的に秋なのだと感じさせる。俺はまだ夏休みの期間だがその夏休みという単語と今の季節のギャップが激しい。


 普段向かう方向とは反対の方向に向かって歩き出す。その先に何か新しい出会いがあることを期待して一歩踏み出す。


「へえ、こっちの辺りただの住宅街って思っていたけど意外と店とかあったりするんだな」


 まだこの町に住み始めて半年くらい、今までの環境とは大きく変わって慣れるのに必死だった俺は自分の住んでいる地域をあまり見て回る機会が無かった。それだけに俺の知らない店や公園、そんなものが一つ一つ新鮮だ。


 そんな感じで小一時間ほどぶらりと歩き回る。

 帰る途中に見つけたケーキ屋で瑠夏も喜ぶかと思いお菓子を何個か買った。そんな何気ない一日。だけどその生活の中にいつの間にか瑠夏が自然と組み込まれていて当たり前化している。

 そんななんでもない一日だった。

 


「わあ! どうしたのこれ!」

「なんとなく今日散歩に行ったときに見つけたケーキ屋さんで買ってきた。ご飯食べ終わったら一緒に食べようぜ」

「やった~! なんか今日学校で疲れていたので嬉しい!」


 喜ぶかと思って買ってきたわけだがいい反応だっただけに選んだ俺も嬉しくなってしまう。


「えぇ~、どれにしようかなぁ~!」

「好きなの選びな、俺はどれでもいいし」

「それでも、やっぱり女の子的には甘いものは敵なので!」

「ああ、そうなん」


 あれでもない、これでもないと楽しそうに選んでいる彼女を見ているとすこし口元が綻んでしまう。


 そんな日常が今の俺にとって当たり前なものとなっている。

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