第7話 二人……暮らし?


 ふんふんと鼻歌を奏でる彼女は私物を運んでいる。俺の部屋に……いや、なんで?


 最初は違った、調理用具とか食器類だった。うん、その時点でもおかしいのだけど、まだ許容範囲内だった。


 そしてなぜかその次に運び出したのは主に彼女の私物、もうそろそろ俺話聞いてもいいよね?


「あの、瑠夏さん? お話聞いても?」

「なんでしょう、唯斗さん」

「なぜあなたの私物が俺の部屋に運び込まれているのでしょうか?」


 いや、普通に聞くのすらおかしい問題なんだけれどね。


「私の基本的な生活の場をあなたの部屋にしたいからです」

「それがなぜ?」

「私が、唯斗とそうしたいから」


 駄目だ、話が見えてこない。


「私さ、思うの」


 彼女がポツリと呟いた。


「私に、足りないものってこういう時間なんだって」

「どういう意味だ?」

「私、最近までずっと穴の開いたバケツのような、水を貯めても貯めても穴から漏れていってしまう。ずっと満たされないようなそんな生活をしてきた」


 作業をしていた手を、足を止め、俺の瞳だけをただ一心に見つめ言葉を漏らす。


「でもね、昨日一日は少し違った。開いた穴の箇所が一つ減ったかのように少しだけ私の心に満たされるものがあったの。唯斗といればそれが分かるかもしれないってそう思った」

「それは、瑠夏にとってってだけだろ?」


 そう、それはあくまで彼女にとってってだけで俺にとっては何の理由にもなっていない。俺が「駄目だ」とキッパリ一言告げてしまえば吹き飛んでしまうような言い分なのだ。


「そうだね、唯斗にとって何のメリットも無いことは分かってる。だから! 私が唯斗のためにご飯を作る……じゃ駄目かな?」


 今にも泣き出しそうな、潤んだ瞳。それに加え上目遣い。そんな男性殺しなシチュエーションを持ってこられて断れるほど俺も強くは無い……。それに、誰かがいて、そんな誰かとご飯を食べる。そんな状況に飢えている俺にとってとても魅力的な提案だった。


「あ~、もう分かったよ。いいよ別に……」

「……本当?」


 まさか了承してくれると思っていなかったのか疑いの眼差しでこちらを見る。


「俺が瑠夏にとって開いた穴を塞げる存在なのかは分からない……けどまあご飯おいしかったし、その提案も悪くは無いって思っただけだよ」

「やったぁ!!」


 勢い良く俺の胸に飛び込んでくる。転ばないように支えた肩があまりにも細くて、華奢で驚いた。力を入れれば壊れてしまいそうなそんなガラス細工のような体を、そっと優しくその場に立たせた。


「色々言いたいことはある。だからそれを話すためにも一旦これを終わらせるぞ」

「うん!!!!」


 初めて見ただろう彼女のその年相応な笑顔は。まるで夏の向日葵を想起させるようなぱあっと明るい笑顔だ。


「(んだよ、そんな風に笑えるんじゃん……)」


 今まで見てきたような妙に大人びた微笑みよりも今の彼女の笑顔の方がよっぽど魅力的に感じた。




 着々と俺の部屋が彼女色に染まっていくのを俺は横目にコーヒーを飲む。俺色の部屋に彼女の色が入ってくるというよりも、白色だった画用紙に色をつけている感覚に近い。つまり余り物が無かった俺の部屋に物が増えた。


 白とか黒の系統のものばかりが多かく、つまらなかった部屋の印象は、彼女のポールハンガーに掛かっている色鮮やかな服たちによって少しだけ色鮮やかになった。


「それで、まず俺の部屋で時間を過ごしたいというのは?」

「そうですね、一人が寂しいので食費とか水道高熱を半分出す形にしていきたいなと思っています」

「なんていうか、まあ妥当なところだな」


 ここまでの段階で俺にデメリットになるようなものはとりあえず無い。


「なので、まあ半同棲ですね!」

「それ言わなければすごく安心したまま話を終えられたのに……」

「でもまあ寝るときとかはきちんと家に戻りますし、そういう面では安心してください!」

「ああ、まあそれは安心した」


 そもそもの話、何故俺がこの彼女のお願いのようなものを引き受けたのか。それについては色々あるが、一番大きいのはやはり一人だということである。


 俺が大学に入ってから真っ先に理解したこと、もちろん食事の面でもそうだが、誰かと対面で話が出来ない環境は辛かったりする。電話などでは顔までは見れないし、今ならビデオ通話だってあるがそれでも対面でのコミュニケーションとは違いラグもあれば回線落ちだってある。結局対面には適わない。


 そういう彼女にとってのストレスの捌け口になってやっても良いかなと思ったのだ。もちろんこれは俺にとっても言えることで。


 まぁ最後に言うとしたら、可愛い女の子だったという点があることも否めない。これは男性的な視点として、可愛い女の子と一緒にいるのが嬉しくないと思うほど男を捨てていない。


 それらを総合的に考えて、俺は今回の申し出を受け入れた。


「それじゃあ、あのこれからもよろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ」


 合っているのかも間違っているのかも分からない。世間一般から見たらおかしいのかもしれない。それでもなんとなく彼女とそういう少し変わった生活をしてみても良いかなと興味が湧いてしまったのだ。


 握手の形で繋がれた瑠夏の手から感じる人の体温。まるで人の気配が感じられない冷たかった部屋に二人分の体温がある。

 それがなんだか不思議だ。


 でもこれこそよく言う誰かがいる温かみって奴なのかも知れない。

 瑠夏にとっての満たされない何かも、俺にとっての空虚な生活も、もしかしたらおれらのこれからが満たしていってくれるのかも知れない。

 

そんな期待が今の俺の胸にはあった。

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