第6話 一人暮らし

 大学生活が始まって約半年になろうとしている。この期間一人暮らしをしている俺にとって食事というものに大きな意味を見出せなかった。なぜなら俺にとっての食事は自分のために作って食べるというすべて自分の中で自己完結してしまうものだったからだ。


 自分のためだったら見栄えなんて気にしないし、食べられれば味なんて特段気にしない。準備するのさえめんどくさければ食べなければ良い。


 誰かのために作らない。それだけで料理に対するモチベーションがかなり下がってしまうのだ。どれだけ手間隙かけてもそれを評価するのは自分で。どれだけおいしくてもそれを分かち合う相手はいない。


 その空しさを知っているから、いつからか食事をおいしいと思って食べることが無くなった。だから、食事をおいしく感じたのは久しぶりで、それがなんだかとても嬉しかった。


 まるで機械のようになってしまった自分の心が、実はちゃんと人間だった知ることが出来て安心したのだ。だから俺はそんな嬉しさをくれた彼女に一言、


「ありがとな、瑠夏」


 感謝の言葉を述べた。

 そんな俺の突然の感謝の言葉に瑠夏は、頬を赤く染めて「い、いいえ」と返す。

 どこか照れたその横顔に可愛さを感じてしまった。



「それで? 朝早くからきて何したいの?」

「特別なにかしたいことがあったわけじゃないよ」

「おい、俺が叩き起こされた意味!」

「ただ……」


 まただ、時より彼女から感じられるこの、大人な表情。それが一瞬俺をドキッとさせる。


「唯斗に会いに来ただけ」


 そして、本当か嘘かもわからない言葉をそこに残すのだ。


「なあ、俺ら正確には昨日初めて会ったわけじゃん? なのにそこまでするだけの理由は無いように思えるのだが」


 普通に考えて、会ってたった一日の男に次の日も会いたいという感情を覚えるのだろうか? 一目惚れするほどの容姿が俺にあるわけでもない。だからこそ余計に彼女が分からない。


「乙女には色々あるのです」

「ふぅん」


 色々あるらしい。


「したいことは無いって言ったんだけど、そういえば少しだけ手伝って欲しいことがある」

「まぁ、ここまでしてもらったら手伝うさ」


 朝からご飯を作ってもらえるなんてことそうそうあるもんじゃない。まあこれを見越しているにせよ、素直に満足できる内容だったわけだし不満は無い。


「ではとりあえず一旦うちに来てもらっても?」

「いや、大丈夫なの? 家族とか……」

「一人暮らしなので大丈夫」

「あ、ああそうなの」


 さらっと重要な内容出てきた。普通すぎて見逃すところだったよ。


「お前、一人暮らしだったのか」

「ええ、色々あったので」

「そっか、まあ色々あるよな」

「色々あります」


 世間一般じゃ小中高を実家で暮らしながら通うなんて当たり前、むしろ高校の時点で一人暮らしなんて……そんな固定観念を払いきれない人だっているし、それも理解できる。


 でも、色々ある家庭だってある。

 彼女がそうであるみたいに、きっと普通とかそんな簡単な言葉じゃ言い表せない何かがあるのだろう。だから俺は詮索しない。


「じゃあ、とりあえず来て」


 そんな彼女の背を追いかけるように、彼女の部屋へと向かった。

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