第3話 狼は赤ずきんの皮を被る。


「家、こっちなのか?」

「うん」


 意外なこともあるもんだな、こっち側ってことは俺の家からそんなに距離は離れていないのかもしれない。


「んねえ、お兄さん」

「なんだ?」

「名前、教えてよ」

「なんかあれだよな。色々と逆だよな」


 こういうのって普通男の方が色々聞いたりするもんだろう。最初の声かけだってそうだ。「君何してんの~?」って声をかけるのが定石じょうせきだ、それをすっ飛ばしてこうなるんだからいかにも型にはまらないタイプなのだろうな。


「唯斗、天城あまぎ唯斗ゆいとだ」

「下だけでも良かったのに……」

「ん……?」


 言っていることが良く分からん。


「私はね、瑠夏るかだよ。唯斗君」

「君は要らないよ、なんだか恥ずかしい」

「じゃあ、唯斗!」

「それで良いよ」


 隣ではしゃぐ瑠夏は、今日一日見せた大人っぽさのようなものを感じさせない年相応といったはしゃぎっぷりだった。何がそんなに嬉しいのやら。


 コンビニから勝手に俺の家の方向へと歩いているわけだが一向に彼女の足の向く先が俺の進むべき方向から逸れることが無い。どういうことだ……?


 ただ、こいつがついて来ているといった様子は無い。なぜなら先ほどから俺の前を歩くとかして俺の進路と重なっていることを示しているからだ。もし家の方向が違うならこんなにも上手い具合に俺の家の方向に進むはずが無いからだ。


「じゃあ、今度は俺から」

「ん~? 何」

「瑠夏の家はどこ?」

「うわぁ、それ聞いちゃうの? ストーカー?」


 いぶかしげに俺を見ているが、目が笑っている。おちょくっているというのが良く分かる。


「ああ、気が変わってついでに送り届けてやろうかなと思ったからな」

「送り狼だったりして」

「だったら気をつけるんだな、すぐ傍にいるぞ」

「きゃー怖いー」


 棒読みがすぎるんだが。ったく、本当に危機感があるのやら。

 過ぎ去っていく景色を見ていると、もうすぐ俺の家の前までつくのがわかる。角を曲がった先だ。


 そこには比較的新しめなマンションが見えてくる。そこが俺の住む家である。

 一人暮らしをするというには贅沢そうな少し良さげのマンション。


「俺の家そこだけど」

「じゃあ、ついていこう」


 この高校生、がちで俺を犯罪者にするつもりか。

 自転車置き場に自転車を置き、家に入ろうとするがどこかに良く様子も無い。


「あの~、まじでこのままだと俺犯罪者になるから……」

「えい」


 鍵を持った俺の左手からその鍵を奪い取り、オートロックのドアを開ける。


 やばい、本気でこの子どうしようという気持ちと、もうどうにでもなれという二つの気持ちが互いに殴り合っていて喧嘩中。決着はつかなそう。


 どうにかアドリブで対応するしかない、頑張ってくれよ俺の心の中の天使と悪魔。


 そんな頼りにならない心の善悪のことなど知らず彼女は階段を駆け上がる。というか何でこいつ俺の部屋の位置知ってるの。

 するすると階段を登り的確に俺の部屋を突き止めた瑠夏は俺の部屋の鍵を開ける。


「いやいや、おい!」


 さすがにチョップを決めさせてもらう。


「いだっ――」

「常識的に考えろ」


 廊下は声が響くので少し抑え気味に声をかける。

 特に部屋にものが無いので変なものがあるというわけではないが、それでも女子高生を家に連れ込むってのはモラル的にやばい。


「大丈夫、変なものがあっても見ない振りしてあげるから。それに私、そういうのは理解あるほうだよ」

「だから、そういうことじゃなくて――」

「安心して、別に何かされたって文句いわないし通報もしないから」

「それで安心できるとでも?」

「大丈夫、音声ちゃんと撮ってるから」


 いつの間にか彼女は動画を回しており既にその秒数は分の単位まで行っている。それも五分。つまりオートロックを解除する前から既に回していたことになる。


「ちゃんと、動画は唯斗にもあげるから」

「あーもう、わかったよ」

「そういう物分りの良いところ、良いと思うよ」


 今の彼女に対して何を言っても無駄だということを悟った俺は、背後の扉をしっかりと施錠し家の中へと入る。


 これじゃどっちが送り狼なんだか分かったもんじゃないな。

 赤ずきんはどうやら狼のフェイクだったらしい。本物に見える狼こそ赤ずきんだったようで、立場が逆転している。


 一旦部屋に戻り着ていた衣類を放り投げ、彼女が向かったリビングへと向かう。


「なんか、油っぽい匂いがするね」

「今日はデリバリーのバイトだったからな。その店の臭いがついたんだろうな」

「ふ~ん」


 鼻をすんすんとこちらに寄せる。なんだか恥ずかしいな。それに良い匂いがする。


 なぜか同じ外にいたはずなのに彼女からは外の匂いと同じくらい甘い匂いが漂ってくる。シャンプーの匂いだろうか?


 匂いの元を知りたくなるが、変に近づいて悲鳴を上げられたらたまったもんじゃないからな。誘惑を断ち切ってそのまま着替えのために風呂場のほうへ向かう。別に油っぽい匂いを気にしたわけじゃない。ほんとだからな。

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