第2話 ファーストコンタクト
「すごいね、良く分かったと思うよ」
「なんとなく、私のことを見ていた気がしたから」
どうやら、俺の視線に気づいていたらしい。でも、それならどうして。
「ねえ、お兄さん」
ぞわりと感じるくらい優しく、それでいて甘美な声音で俺を呼ぶ。
「お兄さんって言われるほど、俺は――」
そこでようやく、俺の視界には彼女の身分が分かるそれが映った。
当時はどこか見飽きていてうんざりしていたはずのそれは、現役の彼女が着ることでどこか新鮮な、きらきらとしたものを感じた。
「高校生だったんだな」
セーラー服特有の学生っぽさが、大人っぽく感じさせる彼女と上手く調和していて、子どもっぽすぎず大人すぎない絶妙なバランスを保っている。
当時はなんとも感じなかった、むしろ飽き飽きしていたまで言えるその装いが今ではなんだか特別のもののように感じる。
「だからお兄さんって言ったんですよ」
なんでだろう、この子はまるで最初から知っているかのような言い回しだ。
「まあ、いいや。それで君はこんなところで何をしているんだ?」
彼女に対しずっと疑問を抱いていたことである。言い方は悪いが、こんなどこにでもあるようなコンビニの前のブロックに腰掛けて、ただじっと一点を見つめるように。
俺がそう問いかけると、彼女は昨日と、先ほどと同じコンクリートブロックに一人分の空間を空けて腰掛ける。空いた分のスペースをトントンと叩くと「どうぞ」と俺を呼ぶ。
正直腰掛けるべきか迷ったが、俺は自分の疑問の解決のためにその空いたスペースへと腰を下ろすことに決めた。
彼女と同じ視点となって彼女の世界を覗き込もうとする。
夜のこの町の生活の営みが、一つの光となって輝いている。だが、それだけだ。べつに特殊な世界の入り口があるわけでも、そこから誰かがやってくるでもない。ごく普通の景色だ。
そんな景色を眺めていると、まるで俺の耳元で囁いているかのように彼女の声が近くから聞こえる。
「お兄さんはさここからの景色、どう見える?」
「俺にはごく普通の、ありふれた景色に見えるよ」
「そっか、お兄さんは大人なんだね……」
何故だろうか、世間的に見たら褒め言葉のはずのそれがどこか皮肉めいたもののように聞こえた。
「君にはどう見えているの?」
「ん~? ただの普通の景色にしか見えない……かな」
「おんなじじゃん」
「うん、同じだね」
ふふっと彼女が笑う。なぜかそれがとても大人っぽく感じた。
「なんかさ、本に書いてあったんだよね」
「なにを?」
少しの間の静寂を挟んで彼女がポツリという。
「世界の景色が変わって見えるって」
「ほう」
「それなら、ここからの景色だって変わるんじゃないかなって思ったけどやっぱり駄目だった」
彼女はスマホの画面を俺に向ける。するとその本の帯には堂々と"世界が変わって見えます"と書かれてあった。
そんな単純な理由に俺は思わず笑ってしまった。
「ははっ!」
「あ~笑った! 酷い!」
「だって、そんなあまりにも釣りワードに引っかかる奴いるんだなって!」
「何事も信じてみないと始まらないでしょ!」
ひとしきり笑うと隣の彼女はぷくっと頬を膨らませてこちらを見ていた。
「ごめんって」
「つーん」
拗ねる彼女を置いて俺は立ち上がる。一瞬瞳が「行っちゃうの?」と問いかけるかのように揺れる。
「少し寒くなってきたから飲み物買ってくる」
その場から一旦離れる。俺はココア、彼女は……ミルクティーでいいか。
レジで会計を済ませている間もしかしたら昨日の様にいなくなっているのでは? と思って急ぎ目に出てくれば、彼女は先ほどのままどこか遠くを眺めていた。どうやら彼女の存在は俺の妄想でも幻想でもなかったようだ。
「ほい」
「あつっ!」
手のひらの間を行ったりきたりさせて熱さに慣れようとしている。
俺はそのまま先ほどのスペースに腰掛けココアの缶を開ける。ほわっと香る甘い匂いの後に遅れるように熱がやって来る。
まだ八時前とはいえこの時間になれば冷える。ココアの温かみがじんわりと冷えた体に染み渡る。
心臓から押し出された血液が全身に行き渡るように、口の中から入っていく熱が全身へと行き渡った。
それをみた彼女も同じように口をつけた、缶に触れているその唇がやけに艶かしくて、思わず視線を逸らしてしまう。
「あたたかい~、あと、ありがとう……ございます」
「別に敬語じゃなくて良いよ、歳だって離れてないし」
「いくつなの?」
「今年十九」
「え、なら私の一個上か、意外……」
「おい、どういう意味だ!」
「なんか落ち着いているから、もう少し上かと思った」
「残念だな、意外にも近くて」
「良い誤算だった……と思うよ」
「……? それってどういう」
言い切る前に彼女は勢い良く立ち上がり、大きく伸びを一つ。釣られて俺もする。
「なんか、恥ずかしいね」
「そうだな」
傍から見たら何やってるんだあいつら状態だからな。
「それじゃあ、帰ろうか」
きっと彼女とはこの会話が最後になると思った。
ギコギコと音を鳴らす自転車とともにその場を離れようと歩き出すと、その横に並ぶように彼女は歩き出した。
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