深夜、コンビニ前に腰掛けていた君があまりに綺麗で。
音ノ葉奏
第1話 その日、君を見た。
その日の二十三時、俺はたまたま外の空気が吸いたくて外に出た。秋の夜の少しだけツンとした冷たさの空気が、妙に心地良くてつい散歩が長引いてしまう。
そんな時だった、俺が彼女を見たのは。
その女性の歳は、俺と変わらないくらいに見える。
蛍光灯の白い光がまるで彼女だけを照らしているかのように、一人コンビニ前に腰掛ける彼女が輝いて見えた。
茶色がかった長い髪が夜風に揺られてはらはらと舞っている。
ただ何かを見つめている彼女の姿があまりにも
俺はそんな彼女を横目にコンビニへと入る。隣を歩いた俺を気に留める様子も無く、同じような景色をただただ眺めていた。コンビニの中から彼女と同じ方向を見るがその先には特に何も無かった。
一体全体、彼女が見つめる先に何があるのか、そればかりが気になった。
買い物を終えコンビニを出ると、いつの間にか彼女はその場を去っていた。なんだか幻想でも見ていたのかと思わされるような、一瞬の出来事だった。
こんな時間にずっとあんなところにいれば俺みたいな変な男が寄ってくるかもしれないからな、早く帰るに越したことが無い。そんな優しさなのか自虐なのか分からない気持ちを抱いて家へと戻る。明日の昼からバイトがあることを憂鬱に思いながらも、どこか秋の夜風を堪能していた。
ピピピピと朝を告げる目覚まし時計が、寝起きの頭に響き渡る。
スマホの目覚ましの音って妙にぞわっとする音を出すんだよな……。なんとも言いがたいあの音に共感してくれる人はいないのだろうか。
カーテンを開けば、今日も元気な太陽さんが俺に朝をお知らせする。おはようございます……と。ギギギと窓を開けば冷たい朝の風が俺の寝ぼけた頭を少しだけスッキリとしたものにしてくれる。
時刻は朝の八時、学生からしてみれば少しだけ遅い時間かもしれないが今日は土曜日、少しくらい遅くても誰にも文句は言われまい。むしろ早いくらいじゃないだろうか。
俺、
一人暮らしの生活にも、大学生活にも慣れを見せ始めた九月は少しだけ去年とは違って見える。なんといっても自由な時間が増えた。
大学までの朝の時間、大学後の時間。今までは高校生という肩書きが邪魔をしていたことで色々と不便を被ることがあったが、それも殆ど無くなり今はかなり自由な時間があると実感している。きっと将来的に見たらこの時間がとても愛おしく、喉から手が出るほどに欲しい時間となることだろう。だからそんな時間を満喫するのが今の俺にとっての最重要課題である。
そして今日は昼から単発のバイトが入っておりそのために睡眠時間を削って準備をする。今日のバイトはデリバリーのバイトで車を使って商品を届けるわけである。
別にお金が必要な訳ではない。だけど、その時出来る経験がしたかったからバイトをすることにした。なんとなくスタッフとして一つのバイト先に縛られるのはナンセンスな気がした。色々な経験を積む上でやりたいときにやってみたいバイトをするというのが今の俺のやり方である。
セットしておいたトースターからこんがりと焼けたトーストの匂いが漂ってくる、そんな匂いとともにコーヒーを淹れた。
朝食を済ませ、ある程度の準備をすれば時刻は十時半、十二時からのバイトに向かうには少しだけ早い。
「寄り道していこう」
……が頭に思い浮かんだのは、昨日のコンビニだった。
ガチャリとしまる重たい金属質のドアの音とともに昼の風が乗せる太陽と木の匂いが一杯にやって来る。なんだか今日も頑張れそうだなと思う自然の匂いだった。
今日も町はたくさんの音を響かせている。
ププーと車が、ガタンガタンと電車が、がやがやと人が、生きるもの動くもののすべての音が今日も世界が回っていると証明してくれている。
ガチャガチャ、ギコギコ。
ガチャガチャ、ギコギコ。
俺の愛車は今日も、そのうち壊れそうな危険な音色を奏でている。そんな音とともに今日も俺は旅に出る。なんてちょっとかっこつけすぎたな。
ここに足を運んだ理由は、なんとなく昼だったらここからの眺めに変化があるんじゃないかと思ったからだった。でも残念、やはり俺には何も見えない。
止めた自転車は再度その体を動かし、今日は今日のバイト先へと俺を乗せて運んでくれる。
「お疲れ様でした」
六時間ほどの勤務を終えて、停めてあった自転車に
行きと変わらない道を少しだけ違った景色とともに通り過ぎる。九月の初め、秋となったばかりのまだ夜にもなりきれず、だからといって夕方でもないそんな曖昧な時間が見せる、曖昧な景色がサーッという音とともに流れていく。夜の空気は少しだけ冷えた。
家まであともう少し、そんな時だった無意識のうちに行きと同じルートを辿った俺はコンビニの前で腰掛ける一人の女性を見つけた。
思わず、自転車のブレーキをかける。同時にキィィという甲高い音がその女性が作り上げた特別な世界観をぶち壊した。
でも、もしかしたら。それが良かったのかもしれない。
退屈な彼女の瞳が、こちらに向いた。
「昨日も、このコンビニに来ていたよねお兄さん」
想像よりも少しだけ低い彼女の声が俺に向かって問いかけた。
彼女と俺の人生が交差した瞬間だった。
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